第343話 村へ

 Bに明日じゃダメ、と言われたのに、俺はシャワーを浴びていた。


んー めんどくせえ……



 俺は実は水の中で暮らしてもいいくらいに水の中が好きな男だが、海外ではそうもいかない。Bと暮らしてからというもの、ゆっくり風呂に入る機会とかない。


なんつーの、時間がないし、バスタブ自体がない時が多かった。


 チンピラみたいな色使いで出かける。もう誰にも会わないからいいだろ。


 俺は気を抜くと、目立つ色使いの服を選んでしまう。真っ青のチノパンにピンクの穴柄のハワイアンシャツをボーダーのTシャツの上に羽織る。


 上から黒っぽいもの着てりゃいいか。


 ぼーっとしてると、意味不明な色の組み合わせを選びがちな俺は、海外では気をつけていた。黄色やピンク、赤、目立つ色は全部、ゲイカラーだ。蛍光グリーンとか、蛍光オレンジとか、俺は、普通にしているとそういう色を着てしまうために、真面目に気をつけて服を選ぶようになっていた。


 かくして、家の中ではわけのわからない服を着ている。Bと一緒の時は、多少派手な色でも大丈夫だが、変に目立って、掘られたくないです。


 俺はBと一緒の家の近所では、結構、派手な色を平気で着ていた。夕涼みに散歩するような気軽さで家の近所は歩ける。


俺はたったったった、と音を立てて、坂道を勢いよく駆け下りた。


ギリギリ無理っぽい。Bにメールする。


「今ここ。店開けといて、って電話してよ」


 クリーニング屋についたのは5分後の19時35分。


 バッチリ閉まってました。



 この国では、定刻きっちりどころか、15分前に閉める店さえある。時間を1分でも超えて開けている店は珍しい。ある種、楽な働き具合だろ?


 俺はごめん、とBにメールした。こうなると思った。


 だいたい知らせるのが遅すぎる。無理だから。俺。


 Bに「お前、パジャマだっただろ……」と言われると思いながら、パン屋へ。


 昨日の今日、大丈夫だったかな、結局。



 ドアを開けると、パン屋の子がいらっしゃい、と言った。俺は小銭を出しながら、どうだった?と聞いた。



 彼女は気まずくなってからキスしてこない。俺もぎこちない。意識しちゃった。


 「見て」


 

赤いセーターの胸元から、ネックレスを出す。



 金の鎖。おそらくメッキだろうが、金の鎖も持っていたのか。だったら、そこまで大きな穴で作る必要もなかったかな。汚れているからメッキに見えるが、1ミリ幅の喜平型チェーンだから、18kの可能性もある。


 俺はもうちょっとちゃんとつけてあげたい、と思ったが、彼女はいつも金具を後前うしろまえにつけている。不器用なんだろう。


 彼女はきっちり同じ形の赤いガラスのペンダントトップを選んで二つ並べてつけていた。上手に選んだな。


 「でも、片方は白の方が良かったかな!?」と彼女は言った。


「交換したい?」と俺が聞くと、ううん、別にいい、と言った。


 彼女はもっとたくさん欲しそうだった。かわいい。


そんなふうなペンダントトップも欲しい。


俺はちょっと狼狽した。昨日の今日で、このペンダントの謂れを知ってしまったから。


 これは奴が、彼女に母の日に送ったもの。完全な女性ものだった。


 俺は実は全く気にせず使っていたが、普通はありえないだろ。彼女が欲しそうにするのも無理はない。また俺がつけてると目立つ。



「金の細工は無理だが、銀ならできる。また何か作ってやろう」


 俺がそう言うと彼女は微笑んだ。限りなくいろんなものが欲しい、と言う若い女は可愛い。見るもの全て欲しくなるような、そういう感じ、結構、俺は好きだ。もし俺が、自由になる金をいつも持っていたら、どんどん買ってあげるだろう。この辺がBと違う。Bはちゃんと教育的配慮をする。


 俺は女を甘やかすようなところがあった。だから下僕系になるんだよな。


女がつけあがって、どうしようもなくなると、俺はさっさと飽きて捨ててしまうような残酷さがあって、それは真面目に良くない傾向だった。


 俺はそういう、自分の良くないところが、できるだけ出ないように、気をつけていた。女が泣いても喚いても、もう俺は気持ちを変えないで去ってしまうというのなら、最初からそんなに甘やかすべきじゃないだろう。



 俺はどこか一癖あるのか、そういう一般的じゃないところ、気をつけたほうがいいといつも思っていた。いやこれはね、血だよ。兄貴もそうだと思うから。俺の外科医のおじさんも、祖父も、きっとそうだったと思う。似ているんだ。



 パン屋の子が急にアクセサリーに目覚めたのは、男でもできたのかな、と俺は思っていた。家に来ない?と誘って引かれてから、微妙に俺たちは気まずかった。でも、とりあえず喜んでくれてるようだから。


 あっという間に二人の客が俺の後ろについたので、俺は「またね」と店を出た。久しぶりに彼女に自然に微笑むことができた気がした。ずっと気まずかった。


こんなに簡単なものを、作ってあげることくらいで、俺は気まずくなるのか。


一ヶ月も真面目に、壊れないようにと思って作る俺、なんかビギナーじゃねえか。


 アクセサリーをここまで真剣に作ったのは久しぶりだった。昔、ギャラリストが結婚する時に、式でのアクセサリー、披露宴の着替えのドレスのアクセサリーから、髪飾りから、招待客の胸の飾りまで何から、一式注文してくれた時は、全然、緊張なんかしなかった。


 なんだろう、俺。まるで別人みたい。


 もっと自由だったし、自信もあったし、なんでも深く考えずに、こなせていたのに。


 それはとても不思議だったが、あの頃の俺は自信に満ちていたからな。今の俺は負け犬を通過して、犬死を避けたいから頑張ってる段階だから。


 俺は苦笑した。人間、自信を失うと、犬以下だな。

 








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