第325話 俺、ヤバい人
結局、明け方までまた起きていた。俺、眠いはずなのに寝られない。昨日書いた最後の一文は、完全に意味不明。
何が20hなんだろう?
もはや、真面目に意味不明だ。
朝、Bに起こされた。Bは今日、会社ない。
「起きろ」
Bに「何時?」と聞く。
「8時15分」
ゲッ
今日は、30分早い。一本前に乗らないとダメなのに、いつも通り。いつも15分早く着くから、今日は15分の遅刻になる。
次の電車、無理だろうな。
俺は朝飯も食わず、シャワーだけ浴び、準備してなかった箱を探した。
割れまくるから、単純な形しか、もう無理。
現場で組み立てられたら、とか思ったが、無理だろ当たり前。
火のついたバーナーを振り回すなんて、普通のギャラリーでも無理。
ここはちゃんとした日本政府と関係ある場所だから、絶対無理。キンコン、と俺の持ち物が金属探知機に反応する場所だ。
めんどくせえ。何もない広い箱はないのか。
俺はそう思ったが、とりあえずさっさと電車に乗り込んだ。イースターのバカンスに出かけたのか、フォトグラファーと出会わない。イタリアに行くと言ってたな。あの人の作品、大好きな俺は、また新しい作品を楽しみにしていた。
時々、俺に、メッセージしてくる。写真の。俺、その度に感動する。そういうアーティストは結構、実は滅多にいないのだ。
年配の渋い人だが、カッコいい。なんというか、何がカッコいいのかわからないが、女の影とか一切ない、穏やかで家庭的な人だ。とにかくジャーナリスト的な感じなのに、そういうなんだろ、俺のような怪しさは皆無の人。
ジャーナリスト系は、かくもすれば怪しい人になりがちだ。俺は自分が怪しいというのはもちろん隠す。俺が銃や警察、特殊部隊などに特化されたマニアックな雑誌を買ったりするのを知ってる人はいないわけ。本屋も選ぶから、近所の本屋は使わない。車程度なら気にせず買えるが、もっと詳しく書いてあるものはないのか、と思いがちな俺は、図書館であっても、まずい本は借り出さない。記録が残るから。
俺は本棚を人に見せない。あらゆる言語の辞書がなぜか本棚にあったが、ほぼ開けたことはない。不思議だろ? 必要な気がして買ってしまうんだ。あるいはノスタルジー。
俺は古い聖書の全集のようなものを古本屋で見つけ、ずらりと買ってしまい、かあさんにこっぴどく叱られた。
なんなの、あれ。
古本屋から取り置きの電話が来て、取りに行った母さんは引いたらしい。聖書って一冊じゃないの?なにこれ、なんでこんないっぱいあるの?
確かキリスト教系の大学を出た母さんは、ニュー・テストメントのことを言ってるのか。ホテルに備えてあるような一冊。
俺、結局まだ読んでないんだよ。海外にいるから。何年も放置になってる。
いつか悪魔を祓うのにきっと要るんだよ。自分で祓わないといけない事態が起きるかもしれないから。
俺は魔術の本も買っていたが、即効性のあるような呪文なんかは全く興味ない。そんなの自分で勝手に降ろせばいいから。
俺はわざわざ人が書いたものを試したりはしない。自分のアカシック・レコードから引っ張ればいいだろう。なのになぜ、買うのかといえば、呼ばれるからだ。必要なものしか、もちろん買わない。
神道の札を書こうとして、俺、全然、清くないわ、と反省した。もう
風呂に入ったぐらいじゃ無理。肉を食わないようにしていた間は全く違ったが、肉はダメだね。もう真面目にダメだ。女。女も最悪だね。俺、生身じゃない女とたまに気づくと寝ちゃってるからね。最悪だわ。無意識。
アトリエに入って、先生に挨拶して、この間のおばさんにも挨拶した。微妙に鬱陶しい気持ちだったが、彼女にしてみたら、あの色が欲しかったんだろう。俺も、普段の俺なら、どうぞどうぞ、と言うから。
俺、真面目に感じ悪い。
絶対、結果出すと決めたら、良い人でなど、いられない。
俺はよく、兄貴から「お前ブルドーザーみたいにいきなりやってきて、ジャングル整地するみたいな勢いで全てをなぎ倒して、去っていくから」と言われたが、やる気になった俺はそういう強引な男。
人のことなど考えない傍若無人な感じ。
さっきもまずかったんだよな、電車の中で。
俺は、ゴクリと自分の喉が大きな音を立てた気がしてゾッとした。
ーーー
さっき。
電車の中で俺の真ん前に座っていた女。
すごく大柄なんだが、俺、吸い寄せられるようにその女を見てた。
なんていうか、綺麗とかっていうよりも、とにかくエロい。
赤い唇とか、俺は弱いと思うが、赤くない。赤くないというよりも、ナチュラルな化粧なしの顔なんだが、すごく綺麗だ。
微妙にずっと、5ミリほど唇を開けたままの女なんだよ。気になる。
目をつぶって眠っているわけでもないだろうが、もう真面目に気になる。キスしたい。
肉感的な唇は、好きとか嫌いとかそんなの関係ない。開けとくなよ。
まつげがびっしり長い。ものすごく大きな瞳をぎょろりとたまに開けるんだが、微妙に三白眼になる。
だめ、この女、俺、何も関係なくやっちゃえという気分になってしまう。
俺、我慢できないな〜と思いながら、前に座って、今朝、サングラス忘れてなくてよかったと思ってた。俺がジロジロ見たって、向こうからはわからないから。
長い髪はセンター分けでない、ちゃんと前髪があるんだが、何がこんなにエロいのか、白い肌?
白いって言ってもすごくむっちりしていて、俺は女の手の甲をジロジロ眺めた。二つホクロがあるが、この手の甲が、もう本当に俺を我慢できなくさせる。綺麗だ。この体、絶対に綺麗。この手だけでも、本当に気が狂いそうなくらいそそる。むしろ顔、要らない。
俺は脱がせたいな〜と思ったが、首元はきっちりした服を着ている。なにも見えないくらい肌見えない。不思議なことに彼女、ゴスロリみたいな雰囲気のくせに、アディダスみたいな男から借りたようなジャージ系のものを羽織っている。なんだよこの、アンバランスさは。
男の家からの帰りというわけでもあるまいし。
首には革紐のチョーカー。太陽のような大きな金属の安っぽいアクセサリー。でも、彼女には似合ってるんだ。革紐のアクセサリー、俺大好き。
女の首に太めの革が巻かれてるのは、本当に大好きで、時々、俺自身、作ってあげたりする。
裸でそれだけピッタリつけてる女を飼いたいな、と思うことがあるが、実際は世話が大変だから。
もう真面目に本当にワガママなのは目に見えてる。世話しないと、死んじゃうくらいに依存しがちになるのも目に見えてるから、俺はそんな残酷なことは実際しない。
そうできたらいいな、と思うだけで、実際そういうことに嵌ってしまう女に捕まったら、俺自身がマズい。出口がなくなってしまう。
女が何度も、目を閉じ、目を開ける。唇は少しだけ開いたまま。
何がエロいのか、俺は分析しようとしたが、口元のホクロか?
太ってるというほどではないが痩せてはいない。もう本当にこれはぴったりな何にぴったりなのかわからないが、セックスするには、子孫とか関係ない遊びでするには、もうこれ以上の適任な相手はいないような感じの……
げ
マズい。
こんなところで勃つのはマズいです。
俺はギクッとしたが、ちゃんとカバンと、たくさんの箱を抱えて座っていた。うわ〜、俺、こんなところで変態みたい。俺、ほんと、最近おかしいよ。
Jさんが時々、綺麗な女を車の窓越しで見て「あ、今、勃っちゃった」と言ってたが、俺、いや、そういうの、絶対、人に言わないです。恥ずかしい。
俺は目を泳がせ、外、外を見るんだ、と目を反らす。真面目に恥ずかしい。
女は相変わらず、ぎょろっとした大きな瞳を開けたり、閉じたりを繰り返す。魔性というのは、こういう感じの女。
俺はよほど、モデルになってくれない?と話しかけようかと思ったが、無理と思った。この女と密室にいて、何もしない自分はいない。ありえない。おさまったかと思ったものも、また復活しそうになり慌てる。
俺、後先考えなくなってる。春だから?春だからか?
心臓がバクバクしてきた。ダメだ、やりたい。我慢できない。
これ、電車の中でこんなの最悪じゃね?俺ね、あんまりそういう感じじゃなかったよ。だって真面目だし、性欲なんて俺、ない方かな〜と、余裕だった。
違うんだな。もしかして、俺、大人になったってこと?
女を見たら自動でそういうモードになる。これ、大人になったってことなのか??
それにしては春が遅い。なんで??
俺は席を立った。もしも女がやる気だったら、嵌ってしまう。こんな女、俺よりきっと、絶倫系。最後までやらない主義なんて、絶対、無理に決まってる。むしろ俺の方が食い尽くされそうな、そういうエネルギーを感じた。
こういう女は珍しいね。初めて出会った。ここまですごいって、魔女かなんかじゃないか。男を喰らって、千年でも二千年でも生きてる可能性ある。
俺だったら犠牲者になっちゃうなあ。前に立っただけで、ここまで魅了されるとなると、喰い殺されても気づかないね。
日本でこういう女、出会ったことないし、今まで出会ったことがない。
何かの末裔とかあるのかもしれない。あの大きな瞳は、人のものではないから。
俺はフラフラ電車を降りて、メトロに乗った。魂抜かれたみたいな気分だ。あの唇、まるで舌なめずりを繰り返すみたいな、柔らかな恍惚とした感じが、触れてもいないのにすごい。
勃っちゃったって、いやはや、俺も……
微妙に赤面しながら歩く。いや健康だったら当たり前だからと思っても、襲っちゃったら犯罪者。
アトリエでは、そんなこと考えてる暇ないから、良かった。何より年配女性ばかり。俺、全然反応しない。卵子の消費期限と関係あるらしい。そろそろもう、子孫残せない?というような年齢の人には全然、反応しないもの。すっげえ差別的だから、罷り間違っても、口には出せない。人格疑われてしまう。
〆切近いけどまだ全く進んでない。むしろ、女の匂いなどしない方が助かる。さっきみたいな状態で制作できないし。
実はさ、その締め切りの件、俺が噛むと、彼女にまた迷惑かけることになると思う、もうやめた方が、とちょっと彼女に言ってみて、そんなの関係ない、と強く言われたところだった。
そんなさ、また取り返しのつかないことになったらどうするの?信用なくすよ?
俺はそう言ったが、彼女は、「これで最期、だからいいの、悔いを残したくない」そう言った。
それね、うまく計算しないと、本当に馬脚だよ?
むしろ中にいたら、すごく単純な見落としするとか、あるよ。
彼女は言うことを聞かなかった。この機会を利用したい、と。自分なんてどうせ、これで終わるのだから、もういいんだ、と。
「岬くんに全てを賭けたいの」
真面目に彼女は言った。俺、そんな大それたこと言われても、責任取れないんだけど。
彼女は「私が死んで、あなただけが生き残ったらいい。私が死んで、あなたが生きてくれるなら、そうしたい」とまっすぐに俺を見る。
ん〜……
俺は何と返事をするべきか、間の抜けた感じで、ただ黙った。
ありがとう? いや、違うな。
俺に賭けるって、今の俺、ごめん「歩く生殖器」みたいなんだけど。
さすがにそれは言えないし、何と言うべきなの?
ん〜……
俺は困ったな、と。だってさ、結局、俺がこんなだと、彼女も恥かくわけ。
いや真面目に、買い被らないで。
「そんなの関係ないの。私にできないこと、岬くんなら何でもできるじゃない?」
いや、それはそうだけどさ、それだけじゃないでしょう。ほら、イメージとか、人から好かれるとか、信用されるとかさあ、俺だとね、イメージとか信用されるとか、そこんとこ、全くあなたと違うよ。
人からは結構、 好かれてきたけど、今の俺、「とんでもなく感じ悪い奴」だよ?
信用はさあ、俺、黙ってたら信用される。
くくっと俺は笑った。俺、正直だからさあ、はっきり思ったこと言うと、嫌われるし、不真面目だと思われる。俺は損得関係なく、ズバッと言っちゃうからね、相手が嫌がること。
彼女は「それは血筋ね」と言った。血は争えない気がする、とずっと思ってたの。
「岬くんの好きにしたらいいから。私が勝手にあなたに賭けてるだけ。あなたがいるだけで、全てのソリューションになってるの。私、もう死んでもいい」
死ぬ死ぬ言うなよ、俺とそっくり。
俺は笑った。Bの言葉を思い出したから。
「お前、やめろよ、死ぬ死ぬ詐欺」。
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