第319話  しまった、やられた


 俺は遅い朝ごはんを食べていた。キャラメル味の紅茶。


彼女が好きなんだよ、ミルク入れるの忘れてた。


 それにしてもおかしい。彼女はあんなに胸はないはず。髪型も、顔の形も、話し振りも、何から何まで俺の知る人じゃないんだ。俺とそっくりなはずなのに、明るすぎるだろ?俺なぜか疑問に思わなかった。でも、彼女はノーテンキじゃないし、明るくもない。むしろ繊細で、思い詰める、真面目なタイプだ。全く違う。俺、なんでそんなふうに思ってた?おかしいだろ、俺も。


 俺、一体、誰と寝たんだ、とちょっと頭を抱えてた。なんか違うんだよな。何かが確実に。だって、目に見える特徴、話しぶりからしても違う。もうちょっと繊細というかさ、そもそも、セックス、あんな感じでするような人ではないんだ。あんな気軽に、いい加減に?


 俺は、うーんと、ヌテラを塗ったパンを食べていた。ヌテラってさ、そういう発音しないからさ、こっちじゃ。なんか嘘っぽいよ、日本語の発音。それはいいとして、俺、突然に思い当たった。


 やっぱ、彼女じゃない。



 俺は、仕事を回してくれてるのは彼女、でも俺と寝た人は彼女じゃない、とはっきり思い当たった。


 やられた。これだから悪魔は怖い。


 恐ろしい勢いでシンクロニシティが回り始めてる。だんだん早くなってる。俺、考えることを、まともなものに自重しないと、不味くなりすぎる。


 違うじゃねーか、彼女じゃない!


 俺は、悪魔が人をたばかる時のやり口に愕然とした。いつから彼女じゃなかった?俺の家に訪ねてきた時か?


 最初からじゃないか。俺、なんで気づかない?


 とりあえず良かったのは、身内とうっかり寝たわけじゃないということだけだった。彼女じゃない。


 彼女はもっと真面目だし、言うことから何から、全く違う。体型も。髪型も。何もかも。気づかない俺の頭がおかしいが、悪魔の怖さというのはそういうところにあった。何だよ、この騙しの手口。


 完全な幻覚だ。だって何もかも違う相手を、そうだと思い込んでた。


狸からもらった、葉っぱをお金と思うくらいの幻覚だ。やられたな。


 俺は、くだらないエロを書くからだ、と反省した。行動するくらいなら、書く方がマシだろと思ったが、聖書の教えの通り、頭で考えたことは、実際にやったも同然だ。


 俺が悪いな、うん。欲望のまま、淫らなことを思ったからだ。


 そうはいっても、なかなか煩悩は断ち切れない。昔の俺はこんなじゃなかった。まるで死ぬ間際みたいに、とにかくヤりたい。


 馬鹿だなあ、俺。ため息をついた。こんなだから、悪魔に付け入る隙を与えるんだ。

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