第348話 朝。


 俺ね、めちゃくちゃ朝が気まずかった。


 裸の彼女が俺に抱きついてきて、おはようと、聞いたことないようなラブリーな声で俺の耳元で囁いた。



あ〜……



 Bがいなかったせい。Bのせい。



 俺の最後の理性、ありがとう。Jさん、まさかのプレゼントが役に立ちました。


Jさんが言うには、心配するな、これはな、新品だ、と言って。


こんなもの、送別会でもらったが、俺は要らないから、と。


いや、俺に必要となんでわかったんスか。


Jさんの勘というのはすごいな。


こんなものでごまかさず、最後までやってスッキリしたい。


 でも、小説と同じで、やはり本当に好きな人じゃないとやりたくない。俺の構造的な問題が、結局、俺の書く小説にも出てしまう。


 


 最後までできない。



 彼女は、びっくりするくらい、寝顔が可愛かった。普段と違うじゃねえか。


 それにしても、最悪な俺。酔った勢いとはいえ、いや、誰にも話さないでいてくれるはず。さすがに自由奔放な彼女でも、これはまずいだろう。



「え?昨日のこと?……ふふふ」



 朝ごはんの時、彼女は照れ笑いした。


「びっくりしたよ。おかしくなっちゃった。今朝、声がガラガラだよ」


 彼女はあっけらかんと言った。


 俺は思わず下を向いた。あのね、実はあんまり覚えてな……


「え?」



彼女は素っ頓狂な声をあげた。「覚えてないの?すごかったのに?」



俺は目線を逸らした。「普通の女ならいざ知らず、あなたと僕じゃ、まずいでしょ」



 彼女は赤くなって笑った。


「岬くん、僕って言う方が絶対、似合ってるよね」


 彼女は的外れな返事を返してきた。


「あんなに上手って、何。どんだけ経験積んでんの?」


突っ込んできた。いや俺、そんないい加減な奴じゃない。


「……才能」


俺はボソッと答えた。俺の才能、ほんと無駄なところにしかないから。



「そうだよね、ほんと才能、アタシ、ハマっちゃいそうだよ……すごかった。なんであんなに上手なの。魔術みたいだよね!」


「馬鹿言わないでください。これっきりです」


俺は思わず敬語で言った。俺、そんな趣味ありません。



獣以下じゃねーか。やばすぎる。これはトラウマになるレベル。ダメだ、ダメだ、何もかも。真面目にダメだ、ダメだ、年齢から言っても。



俺が悪ノリしたのは、チョーヤの梅酒のせい。お姉さんの友人の会社の。


「大丈夫、大丈夫、アタシ、口かたいから!誰にも言わない、岬くんがそこまで達人ってことは!」


ノーテンキに彼女は言った。


「褒められている気がしません」


 俺は真面目に言った。俺的には普通の、普通の、普通の女の子と幸せに付き合って最後までやりたいだけ。



 なんでこんな、遊びみたいなことばっかりやってんの、俺は。


 やってきたからつい、返り討ちにしただけだ。そりゃあ気持ちいいだろう。他の奴にはわからないが、死んだかと思っただろ。俺、仕組み知ってるから。死ぬ時はあれくらい気持ちいいんだよ。意外だろう。どんな死に方でも、死ぬ時は快感マックスだから、知らない奴、信じなくていい。死ぬ瞬間にこういうことだったのかとわかるから、楽しみにしておけ。


 なんか褒められても全然嬉しくない。ハマって、迫って来られたら、ドロドロしてしまう。泣きながら追いかけて来られたら、また俺、逃げないといけなくなる。生き霊無意識で飛ばすような肉親だと、めちゃめちゃややこしい。繋がったコードで、エネルギーが勝手に漏洩するじゃないか。


 彼女は明るいし、あまり思いつめない、男に困らないタイプだからいいが、俺はとても微妙な気分の朝だった。こんなに明るくない系の守ってあげたいふうの女なら、うっかりしたら俺、監禁しちゃう。犯罪だよ、それは。


 なんでも言うこと聞きます、とか言われちゃうと、俺やばい。囲っちゃう。好きでもないのに。「本当になんでも言うこと聞くの?」じゃ、毎日メイド服ね。レースのカチューシャで、猫耳つけて。


 俺ね、ヤバイわ。普段の鬱屈が裏で出るのか。あまり良い人すぎて、長年それできて、何かがトチ狂った。俺だって結婚とか考えたい。普通に幸せになりたい。


 彼女は「岬くんにもしてあげる!」と破れかぶれになったように、最期、言ってきたんだが、俺が嫌。



 嫌なんだよ、本当に好きな人じゃないと。でも好きな人は監禁しないよな。俺ヤバイ。ストックホルム症候群にはまるような女に出会ったら、大変だ。思わぬ方向に行ってしまう。明るい幸せとは逆方向だぞ。


 俺は、黙って豆乳を入れたコーヒーを飲んだ。俺、このままずっとこんなふうに好きな人とは結ばれないで終わるんだろうか。


 俺が悪乗りしたせいだ。チョーヤの梅酒と、Bがいなかったのと。


 それから、彼女が悪い。あんな深夜にやってくるからだ。俺は泥棒と格闘するつもりで、アドレナリン・マックス。小説で行き詰まって、悶々としていたから。ああ〜やりたいな、どうしようかな、小説の中でくらいは良いかな〜ポリシー曲げたいな〜……なんて、この小説書き始めた理由と全く同じじゃねーか。


 かわええ。うさぎちゃんとやりたいなww から出発してこの落とし所のなさ。彼女、本当にしっかりしてる人で、俺がまさかこんなこと書いてると未だに知らない。俺の左の痛みは結局、取れたから、それだけ伝えたい気もするが、会話することも憚られてそのままだった。あんなに可愛い小学生みたいに見えるアイコンなのに、ママさんなんだもんな。ネットの世界、恐るべし。


 ま、でもたまにはこんなこともある……と思うしかねーな。


 

 彼女はヌテラを器用にパンに塗りながら、言った。日本にも輸入されているカカオのスプレッド。Bが馬鹿みたいにそればっかり食べる。


「もうBくん、今晩、帰ってくるんだよね?うわ、すっごい残念……もう一晩くらい、一緒に居たかったな」


「いやいやいや、もう来ないでください。しばらくは」


 俺はもう学校へ行かなきゃ、と彼女を急かして、一緒に家を出た。これだから、清純で、真面目で、男をまだ知らないような、まっさらな女性が俺は好きなんだよ。居座られる恐怖。押しかけて来られる恐怖。


 それと、他の男と俺を比べるな。同じなわけがねえ。






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