第346話 やっちゃった


 俺はその後、まだぶっ続けで他のことをやっていた。6月締め切りの分。全然最後が良くなくて頓挫してた。


 実はほぼ。重要な出来事なんて何もなくて、好きな女に無理やり迫っちゃうだけの話だった。俺、ポルノ作家が向いてるんじゃねーのか。


 苦笑したが、最後が全然決まらない。最後ごまかしたら、なんか尻切れ蜻蛉トンボになる。ああ、もうちょっと無理やり無茶したい。


 俺が悶々と夜中に、頭を抱えて、滅多にそんなことしないのに、小さなショットで梅酒を何度か煽った時だった。


「コンコン」


 誰だ?


 俺はギクリと振り返った。鳥? 俺んちの暖炉、最近変な音を天井で立てる。鳥か、それとも何か、家の軋み?ポルターガイストほどは激しくないが、最近急に怪しい。俺、天井が気になり、昼間一度、外に出たが、鳥などいない。この深夜に、何の音だ?うちはすぐに庭に面してる構造だから、俺がここにいるのが、窓越しに見えてたかもしれない。そういや、車の音が外でしていた。賊じゃねえだろうな……この国、金目の金品強奪のために、人一人が家にいるくらいじゃ、臆せず入ってくるから。


 俺は忍び足の険しい顔で、側にあった重いテープカッターを手に、窓に近づいた。無理矢理、侵入しようとするなら、これで先制攻撃してやる。まずは侵入を許さないことが先決。俺は電話を目で探す。通報しても警察がすぐに来ることはない。今日はBは出張で帰ってこない日。カーテンは開けたままだった。迂闊。


 俺は床に屈むようにドアのすぐそばの壁に近づく。窓の外。うちはドアもガラス張りという物騒な構造だった。明かりがついていたから、外から丸見えだ。幸いなことに、入り口以外の木製雨戸は全部閉めてあった。俺の影は外からでも丸見え、だが、侵入できる場所は一箇所しかない。人が起きているのをわかってて侵入して来るやつは確実に武器を持ってるし、一人じゃない。無理矢理に来るつもりか。俺はもっと長いものを目で探した。あいにく、高枝切り鋏は裏にしかなかったが、下駄箱の下に剪定用の巨大なハサミがあるのを思い出した。首もちょん切れそうな武器。こんなの使ったら相手は死んじゃうよ。相手が銃じゃなければな。


「……なんだ」


壁に張り付き、もう一度外をのぞいた俺は、拍子抜けした。人影は彼女だった。「あ!」と俺に気づいた彼女は、「今日、春なのに寒いッ!」と無理矢理ドアを開けて、飛び込んできた。俺は思わず、シィっと唇に指を当てた。


 彼女は普通に何か言おうとするから。カーテンをシャっと引く。


「びっくりしたじゃねーか」


こんな夜中に大声で喋るな。爺さんに聞こえるだろ。どうやってゲート通ったの?


 Bのいない日に女連れ込んだ俺、という不名誉な噂が頭をよぎる。いや、噂する相手など、あの孤独な爺さん以外にはいないが。Bに確実に告げ口される。


 彼女は「ごめんごめん」と首をすくめた。「えへへ。来ちゃった。裏の家の柵、よじ登っちゃった。」


「来ちゃったじゃねーよ。柵よじ登るとか、誰か見てたら、確実に通報されてるぞ。よく怪我しなかったな。地面、平らじゃないだろ、危ないな。今、何時だと思ってるの?」


俺は時計を見た。11時半。


「だって、岬くん、そんなに早く寝るわけないの知ってるもん」


彼女は唇を尖らせた。「寂しかったんだもん」


「寂しい、とかねーよ。こんな時間に、男を訪ねるな。俺だってこんな時間に目の前に女がいると、我慢できねえよ。帰りなさい」


「嫌」


彼女は言った。


「嫌じゃねえ。襲われたくなかったら帰りなさい」


「一人で寝るの寂しいもん」


「カピパラ連れて帰りなさい」


俺はそばにあった、カピパラのぬいぐるみを彼女に押し付けた。


「何書いてるの?」


俺は狼狽して、さっとノートのPCを後ろ手で閉じた。


「あ……わかった。えっちなやつ?」


彼女は笑った。「見せて!」


俺は思わず赤面して「ダメ、お子様には刺激が強すぎるから」と矛盾するようなことを言った。


「なんで。アタシ、お子様じゃないよ!おねーさんだよ!岬くんこそ、子どものくせに」


意地悪そうに笑った。



「俺はもう、昔の俺じゃないの」


 彼女はさっさと履いていた靴を脱いで裸足になり、ズカズカやってきて、ノートに手を伸ばした。PCを開けようとする彼女。



「あ、こら、やめなさい!」


 小柄ですばしっこい動きで彼女は「危ないよ、PC落としたら大変じゃん」と、笑いながら、パソコンの蓋に手を伸ばす。


俺はその右手首をさっと掴んで、軽く後ろにひねった。後ろ手になる彼女。


「きゃーいてててテテ! 岬くん、それ痛い! 痛いッ」



 当たり前だよ、犯人拘束する時、これで膝をつかせるんだよ。


 彼女は簡単に捻られて、両膝をガクッと床に着いた。


 俺は反射的に時計を見て呟いた。「11時38分。住居不法侵入、器物破損未遂の現行犯で逮捕する」


 彼女は「痛い痛い痛い、真面目に痛い、離して……」


黄色い声を上げた。



 俺は思わずそのまま、自分のポケットに入っていた手錠をガチャリとかける。


「え……」


冷たい金属の感覚に彼女が驚く。


「ちょ、真面目に何これ、手錠? なんでそんなもの持ってんの……」


「話は署で聞くから。黙秘権は与えられている。さ、立ちなさい」


俺は後ろからつついて、彼女を二階に上がらせた。



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