第344話 テロか?Jさんからの電話


 俺は朝から、のんびりしてた。爺さんが窓から見えた。なんだ、よかった、フラフラしているが、出かけて帰ってきたらしい。タクシーを使って、週に二度ほど出ていたのが、最近、見かけないから、心配していた。


 朝のキャラメルミルクティーを飲む。なんだよ、この女みたいな朝ごはんは。好きで飲んでるわけじゃない。棚をのぞいたら、これしかなかったから。


 ん?


 i-phoneに立て続けに物騒な写真が届く。四月バカか。すげーな。加工に見えない。赤紫。見慣れた教会がそこに写ってる。


 誰でも知ってる一発でこの国のどこにあるかすぐわかるランドマーク的な場所が燃え盛ってる。映画の撮影じゃあるまいし、CGにしては、美しすぎる。


 俺はJさんに「すぐ電話してよ」とメッセージした。Jさんが「岬、昨晩テレビ見たか?」と、その写真を送ってきたのだ。


 電話はすぐにかかってきた。俺は、真面目に言った。


「Jさんなら、すぐわかるんじゃねーの。フランソワーズさんに聞けば?」


Jさんはテロかどうか、わからない、おかしいと言った。最初の第一報は、火の手が上がったのが二箇所。なのに後からの報道では、一箇所となっていた。


 教会なんかさ、燃えるもん少ないのに、テロだとしたら戦争だね。


 俺はそう言ってミルクティを飲んだ。Bが淹れてくれたコーヒー飲むの忘れてる。緊張感のある会話をしてるのに、俺が飲んでるの、ミルクティ。俺、Jさんといるとワクワクするんだわ。俺は不謹慎だったが、よく寝たせいでスッキリしていた。


 Jさんは「当局は隠すから、わからない」と答えた。「バタクランみたいな場所で人が死ぬのとは全然違うから、まずいね」俺がそう言うと「そうなんだよ」とJさんは言った。


「石でできてるのに燃えるの?」


俺がそう言うと、Jさんは、いや、木の部分があるんだよ、と言った。おまけに工事中で、どこから出火したか、二箇所……


 そんなのさあ、ヘリから放水すれば良かったんじゃないの?


Jさんは「いや、爆発しちゃうからさ、それもできない」


「でもさあ、結局全焼するなら、結果は同じだね。死者は?」


 俺はこんな大きなニュースを知らないでのんびりしてたわけ。知らないってすごいね。


 工事中の場所から出火?俺は、ネットで調べようにも、一切出てこないことに驚いていた。俺が検索かけても、ネットが重くて画面が開かない。他の普通ニュースは出てくるというのに。


 昨日うちの近所で不審な工事人が、何か工事してたが、関係ないか。


 ガッチリした鉄の箱を開けて、何か作業して、小さなプラスティックを散乱させて言ったが、ちゃんと閉まってない。俺が取っ手を押すと閉まった。それで鍵がかかったようで、閉めちゃった。


 あれ?もしかして開いてたから、閉める前に中を確認すべきだったか?


 電力か、情報ケーブルか何か。最近そういう工事がこの辺に多い。ケーブルの工事。俺はすごく何にでもナーバスで、話しかけると、ポルトガル語しか通じないらしい。なんなんだよ、この国は。無国籍になってくるにもほどがある。


 二箇所からの出火だと、放火なんじゃねーのか。


 昨日の天気は良かったのか、考えた。凸レンズ効果とか?透明な工事カバーに溜まった雨水?


 俺は、工事のカバーが透明っていうのはないだろ、と考えたが、事故なら、作業員のタバコのポイ捨てとか、そういうことくらいしか思いつかなかった。だいたい、出火場所で想像つくだろうに。窓の木枠などが木製でも、だいたい教会はロウソクなんかがあるような場所は石造りでも燃えるものなどない。


 俺が一番最後にあの教会に行ったのはいつだったかな。


 案外、最近だったような気がする。爺さんにメダイユを買ってあげて、この間、突き返されたのはあそこのものじゃなかったのか。


 俺は、あまりにも被害が大きいことで、これがテロなら大変だから、そりゃあ、発表どうなるのか、気になった。Jさんが何か面白いネタを仕入れてきたら、不謹慎ながら、裏の話が盛り上がる。


 俺の友人はリアルで会うのじゃない限り、こういう話はしたことがなかった。俺は電話やネットは全く信用していない。だから話さない。


 だから酒場、とりわけ自分の店があればいいんだろうがな。


 俺は、自分の周りに案外そういう気の置けない人がいない今の状態が不自然というか、なんというか、Jさんがいてくれて良かった。仲間が全くいないというのはつまらない。電話やネットが使えないのなら、普通に付き合う友人がいればいいが、Bはこの手の話を毛嫌いするから。Bの友人はコソボにいたというのに、俺が目をキランとさせて話を聞きたがったら、俺の口を塞ぎ、ズルズル外に連れ出すようなBだからな。


 まあ確かに俺、目立つからダメだわ。「間抜けな囮」になるにはぴったりでも、ターゲットに対して陽動作戦の「当て馬程度」にしか使い道ない。


 俺は頭をかいた。本当に野次馬だな、俺は。不謹慎極まりないな。


 俺は最近テロの現場に出くわすことは少なく、それから、もういつ死んでもいいやと思ってるせいで、気分的に大胆だった。やっぱり、すっごい痛いとかそれが抜け切ってしまうと、どうでもよくなるらしい。痛くて苦しんでいた間、それどころじゃなかったが、痛みが薄れたらケロッとしてしまう。


 まるっきり治ったわけじゃなかったが、うさぎちゃんが言うように「あなた、死ぬの怖がってないみたいですね」と言うのが当たっていた。どうせ死んでも、また生まれ変わるし、生まれ変わらないなら、その方が楽だ。俺は、「結構何でもどうでもいい」という域に達しつつあった。多分、悲しいとか辛いとか、そういうことが多くなりすぎると、今度はどうでも良いと思う方に振れてしまうんだろう。いろんな凄惨な場面を見てくると、今度は感覚が麻痺してくる。痛いとか苦しいとか、わからなくなってくる。


 きっとJさんも俺に似てる気がする。自分に似てる人が側にいると、それだけで安心するものだ。


 本当に現場だと、こんな呑気なことは言ってられない。とても不謹慎だし、俺は、学生に戻ったような気分だった。こういう明るい気分のまま死ねたら、すごいベストなんじゃないか。こんなこと言うと、またまともな女性たちが読めば、説教されてしまうが、どうせ100パーセントの確率で人間はいつか死ぬことが決まっているのだから、実のところ、悲しんでも仕方ない。生きることの方がずっと苦しく辛い。むしろ、明るく一瞬であっさり死ぬ方が幸せというもの。


 俺はよくそんな風に教えられたが、俺もそう思っているから、実際に宙ぶらりんに落ちたら死ぬんだけど、という恐怖を味わってない限りは、あっさりとしていた。一番怖いのはそういう時で、ああ、もうダメかも、という状況にしがみついてる時なんだよ。やっぱりそういう時は、さすがに死にたくないなと思うから、心配しなくとも、できるだけ死ななような選択するからさ。


 普通の人は、そんな瀬戸際ばっかり経験しない。俺がそういう経験ばっかりするのも、選択しているせいだ。その方がドラマティックで面白いから、無意識に選択しているに決まっている。俺がもしも、ゲームに参加していたら、きっとそういう極端な二者選択ばかり繰り返すだろうと思ったが、まさに俺の人生はその通りを行っていた。ものすごく無責任な感じがするが、それも個性なんだろう。



 B、昨日何も言わないで、スッゲー機嫌悪く、遅くに飲みから帰ってきて、当たり散らして、ご飯をほとんど食べないまま、寝てしまった。


 そんなデカいニュースあったなら、言ってくれたらいいのに。Bの職場からはさほど遠くない場所だが、見えたとしても黒煙程度だろう。


「水面下で何が起こってるのか、誰か捕まえて、聞いてみればいいじゃん」


 俺は軽くJさんをつついた。「俺もそっちにいたらね……」とJさんは残念そうに言った。Jさんはいつも最近はこの辺にいない。田舎の中央にいるから、情報の収集も難しい。俺は最初、そんなに移動するって、何か任務があるんじゃないのか訝っていたが、未だにわからない。


 イマドキは使えるものは何でも使うと思うから、リタイヤしてる人間でも、軽く駆り出すんじゃないの?


 俺がさりげなく振ったことがあるんだが、Jさんは「そうなんだよ……アンケートみたいなやつがOBには来るからさ」と言った。一応、俺は、断ったけどね、と言った。


 そうかな。


 俺は人の言葉を半分も信じない。別に、Jさんがというわけでなく、そういうものだとしか思ってない。この間、戦争かという緊張状態がアジアの端っこであった時、Jさんがいた国の飛行機が飛ばず、空港でずっと寝る羽目になって、大変だったが、あちこち行く場所で色々あるよな。


 たくさんの情報をどんどんつなぎ合わせると、出来上がるマップは興味深い。俺は、動かずにパズルのようなゲームに参加しているわけだが、まるで眠ってるみたいに動かない。この方がむしろ、面白いんだ。考えるだけで何もしていない。俺にとって、俺自身がまるでコンピューターみたいにただただ、起こった出来事から分析することを自動で繰り返すプログラムを走らせているだけで、ただそれだけで世界をおもしがることができるから。


 俺自身、もともと人でなくても良かったわけだ。プログラムとかさ。生命なんて要らない。だから、女性たちに命を大切に、なんて言われても、ピンとこない。もともと、俺自身、生命と連動していない。俺は昔から、数字や記号で良かった。自分自身生まれてきた時も、人として名前がついた時も、違和感があった。俺はもっと無機質な記号や数字でいいし、個人としての何かなど要らないんだ。


 感情は俺にとって、ある種、邪魔にしかならなかった。ノスタルジー。記憶。俺は感じやすい方だから、余計にそうだ。俺はほぼ、人として、あまり意味無さない。


 「フランソワーズさんと最近会わないわけ? 結局?誘われて出かけず?」



 Jさんは彼女に誘惑されたはずだった。Jさんは案外、そのままにしたらしい。適度に付き合いをしておくという手があっても、案外、男らしい。


 Jさんはそういう誘惑の機会、案外乗らないんだよな。良い感じになるのに。まあ、ハニトラ対策としては当たり前だが。


 食事に行こうと言いながらそのままになってた、とJさんは言った。俺とも会わせてくれる話が、そういえば流れたままになっていた。現役の間に本当はなぜか、3人で会おうという話があったのに。


 Jさんは、じゃ、連絡してみるかな、というようなことを言って電話を切った。


 Jさんなら、現地にいたら、どんな情報収集でもできる。それこそ感じの良い雰囲気で、どんな人からでも情報を簡単に「話術」で引き出せる。まあ、現地にいないのは大きいな。Jさんは、俺はリタイヤしたから、現役の知り合いがいないと言ったが、この間リタイヤしたばかりのフランソワーズさんなら、まだ中にたくさん友人がいるだろ。


 タンゴのダンスを踊ってきたような美女。俺が見た写真は10年前の写真だが、年相応にはとても見えない。Jさんの古くからの友人だった。昔はもっともっと綺麗だったんだろう。結局、Jさんと何かあったのかは知らないが、それにしてもなんというか、ギラギラした感じがいい。下手に手を出せない感じが、本当に情熱的で、そうだ思い出した。タンゴのパートナーだった男と最近になり、別れたと聞いて、Jさんは会わないと決めたのかもしれないな。


 そういう時に会うのはまずいから。


 俺は突然思い出して一人で苦笑した。そうだよ、念のためだ。Jさんが俺に電話してきて、情報聞くというのも笑ってしまう。ずっと家にいる俺、引きこもりになってる。俺ももっと普通に動いてればね。それにしても、規模が大きすぎて、俺自身もショックだった。やはり歴史的建造物に手をかけるのはあまりに卑劣だが、テロと決まったわけでない。


 Jさんに「まだエッフェルタワーの方がマシでしたね」と言うと、「そうなんだよ、俺も同じこと考えた」と言っていた。新しいし、作り直すのも簡単だ。今回はダメージが大きい。1163年の建造物とJさんのメッセージに書いてあったが、多くの画家が描いてきた。俺も、こんなことになるくらいなら、もっとよく見ておくべきだった。この間ジャンヌ・ダルクの話が出たが、いくら俺が、古い時代なんて昨日のようだだと思っていても、まだ現存しているそういう建物はかなり感慨深い。樹齢何年の大木もそうだが、長くそこにあるというだけで、全く感じる波長が違うからな。


 外に出かけようにも、俺は最近、本当に人と接するのがダメになっていた。何もかもめんどくさい。すぐにいざこざを起こしそうな精神状態だ。優しい俺がノーと言えば、周りの人間はすぐ逆上するような環境で生きているからな。でも、もちろん仕事はちゃんと考えてますよ、っと。



 俺が味のないミルクティーの二杯目を飲もうとした時、彼女がやってきた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る