第309話 働く。


 昨日は普通に寝た。出張中のBに「おはよう」とメッセージをもらい、その時俺はすでに昨日の仕事の続きをしていた。Bは、初めてなんじゃねえの?と思うくらいにラブリーな、花壇の写真を送って来た。「春だね」と書いてあった。


 永世中立国は、何もかもお行儀がいいんだよ。花壇でさえも。俺は苦笑した。何もかもちっちゃくて綺麗なこの国、各家庭に地下シェルターあるって噂だ。そういや、俺が行った時、確認するのを忘れてた。食べ物がほんと、清潔そうだから、住んでもいいくらいに素敵だが、いかんせん、狭すぎるし、物価も高い。


「俺ね、昨日23時に寝た」


即、そう返事すると「当たり前だ」と返って来た。なんだ、褒めてくれないのかよ。


俺は自分で苦笑した。やったね岬くん、まともじゃん!


誰かにそう言って欲しいわけ。単純だね、俺も。


 頭の中で、どうやって一億円返すの?という思いが渦巻く。日本の金を使わない、と啖呵を切っておきながら、俺、仕方なくまた、昨日4万円くらい使った。どうしても仕事に必要な必要経費じゃん、仕方ねえ。


 ああ、これ絶対取り返す仕組み組まないともうダメだ、俺。そういうことに興味が全くなかった長い時間が悔やまれた。これはキリスト教的に金は悪魔の使徒、と思ってるせいからなのか?


 俺、そういやBがいないせいで、昨日、飯食うの忘れてた。冷蔵庫に入ったままだった豆腐を小さな鍋から食べただけ。って言うか、Bいないからって、めちゃくちゃじゃん俺。


 温めて、それからすっかり冷えた。気がつけば冷えていたが、温めなおすのも面倒でそのまま食べる。なんなの。俺は、豆腐と、そうだ、紅茶でも飲むかと紅茶を入れて、そのまま寝た。


 歯だけ磨いて、朝起きてきたら、パック浸かったままの紅茶がテーブルに置いてあった。台所が壊滅的。俺ね、さすがに不潔ではないんだわ。なのに、いつ調理終えたの?って鍋が積み重なっていた。ここ数日、ずっと仕事して、ひと段落して、アテナイ更新して遊んで、また仕事。で、家が壊滅的だよ。Bが、まあいい、という顔をしていたのは「俺稼ぐから!」と宣言したせいだ。


 主夫じゃねーんだからさ、仕方ないだろ。働けばこうなるんだよ、当たり前だろう。俺は、当たり前じゃないとは思ったが、洗濯物も溜めていた。しかたねーじゃん、フル稼動なんだよ、俺は。


 そうは言っても、実はほぼ終わった。だから、Jさんに伸び伸び朝からメッセージを送ると、むしろ逆に心配してきた。


「岬、この国にいろよ」


 なんだよ、と俺は思った。心機一転、よし出かけようかと思った矢先に。Jさんはすぐに緊急事態ばっかり考える。俺もそうだけど。


 Jさんは俺を監視するために近づいたんじゃないよな。俺はいつもそう思うが、だったら良い仕事だ。だって俺、何もしてねえ。


 捨て駒に使われることには常に注意しているし、俺は大体、なんでもノーと言い、予測外の行動を取るから、使いにくいはずだ。俺、ちゃんと分かってて、ランダムな行動しか取らねえ。誰も俺のやること、事前に想像つくわけないからな。


 俺は苦笑した。大学でも入るか?


 それにしても、Bが怒ったのは、俺ほんとね、B、読めないわ。


「案外スパイって、儲からないらしいな」


俺がそう言うと、Bはあからさまに怒ったんだよね。おかしくねえ?


 俺はうーん、読めねえ、と思った。一緒にいても、本当に奴のことはわからないからなあ。別にわからなくとも、一緒にいて全く違和感ないが。


 B、そこで怒るのおかしいだろ。お前、いつも普通の会社員だろ。


 そういや、金曜に出会った女性の相手の男、俺、なんとなく感覚で、そいつ怪しいな、と思った。


 弁護士してたのに、やめて日本に遊びに行って、しかもまた大学院生で、真面目な日本女性と結婚?スパイじゃないのか?



 俺は、うーんと思ったが、他にもいろいろと引っかかる点があった。不自然な点が。まあでも、本人はそんなの関係ないところに生きて死ぬだろうから、俺がとやかく言うことじゃねえな。


 最後までわからないままというのは普通。


 Jさんところは、夫婦からして怪しい。実のところ、怪しいんじゃなく、ビンゴだよな。任務がなんだったのか、俺にもJさんは絶対言わない。死ぬ時にもしかしたら、教えてくれるだろうが。そういうパターンはたくさんある。俺は、死神みたいに人が死ぬのを待つしかねえ感じ?


 嫌だね、それ。


 Jさんを通して、もっと取材とかしたいとか思っても、Jさんは「俺、現役じゃないからねえ」と言った。一度だけ、特殊部隊の人と会った。その人も現役じゃなかった。


 外から見てわかんないものだね。でも、病でもう長くないかもしれないとは聞いていた。働いている職場に行ったが、顔色はとても悪かった。


 俺、真面目に、ちゃんとした文を書いた方がいいな。そうでないと、頭の中が、思いついたことをそのまま書くモードから直らないから。


心に移りゆく由無し事を書き付けたって、金にならねえ。

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