第304話 俺がおかしい


 必死でなんとか資料作って出して、頼まれたもの書いて、コンテストはまあ、草稿だけは上げても、俺は本当に出すのかどうかは不明だな、と思っていた。


 ものすごい時制のミスというか、俺の頭の中と全く同じだった。これねえ、無理なんじゃねーの。


 俺はシンプルに簡単に書くべきと思っても、結局書き込んで、わからないことになってた。まだ書きかけのものが2〜3本ある。それに6月締め切りの分は4月30日までに決定しなきゃならず、写真は提出していたが、それも「もし間に合わないならこれで行きます」という中途半端なものだった。


 俺ダメなんじゃねーのか。


 それでもお金をもらう仕事だけ、最優先させ、ほぼ片付ける。無茶な徹夜を繰り返して帳尻を合わせ続ける。そんな生活して、よく死なないねという無理をするから、病気になる俺は、まあでも仕方ねえ、と元気な時は無茶をしていた。


そして一ヶ月もしないうちに、今ヤバいと自覚が来た。


 日本人の女の子とお茶した時に、その直前に何をしていたのかわからなくなり、俺はテーブルでしばらく黙った。自然に頭を押さえたが、全く数時間前に何をしていたのか思い出せない。ここに来るほんのちょっと前のことなのに? アトリエを出て、何をしたっけ。昼飯食べて。


 俺は、名刺を切らしていることに気づき、さっき誰かにあげた気がしたが、それが誰だったのか、全く思い出せなかった。


 それで目の前にいた女の子が、私のことより、あなたの方が大丈夫か心配……と言った。


 俺はそうなるまで、自分がフラフラにめちゃくちゃに疲れていることに気づいてなくて愕然とした。俺やばい、立てない?


 何事もなかったふりをしてカフェを出て、女の子が歩くというから、治安を確認したら、絶対にそのエリアはダメ、と俺は、もう一緒に帰ろう、と女の子に言った。女の子は素直に、そうですか、とついてきた。あのエリアは、今日は金曜だが、土曜日はすごいことになるエリア。Bでさえも顔面蒼白に死ぬかと思った、というような暴徒が店を襲撃したエリアだった。Bも馬鹿だよ、なんでわかってて、ホテルから出ないように言わないんだ。Bの友人が他国から遊びにきてたんだが、全くホテルから出られず、結局、ホテルで夕飯食ったと言っていた。


 俺はテロとかそういう緊急事態にいつも遭遇してしまうたちだから、ものすごく注意深く、メトロが止まって大混乱になる前に、地上の乗り物でさっさと帰るべく、人が気づいて騒ぐ前に逃げるほうだが、今や地上も怪しいものだ。それでもメトロでガスのテロとか爆発とかあるよりはまだ、人がいないのであれば地上。人で溢れていたら?


 いや、俺、だから大都市とか嫌いだから。


 ドアが閉まる直前に、女の子が「無事に帰ってください」と言った。俺は苦笑した。何やってんだ、俺は。


 家にたどり着いたが、爆睡した。いや俺、この話書かなかったっけ?俺、爆睡二度もしてたっけ?してたかもしれない。わからない。


 で、週明け、俺は仕事を提出して、それから学校に向かっていた。なんだろうな、俺、そうだ母さんのこと思い出してた。


 俺は計算した。母さんは、俺に内緒で、いや父さんか。


 3〜4千万円か。俺が使ったお金。


 俺の口座に振り込まれるように父さんがちゃんとそんなふうに分けていたらしいが、俺は無意識に使ってて知らなかった。ちゃんと税理士を通して、きっちりしている不労所得だが、母さんが今になり、俺だけ不公平だと電話でそう言った。俺はそんなことを知らず、どういうことか、俺が兄弟の不平等を頼んだか、違うだろ、今、聞いて驚いてる、と詰め寄った。


 父さんが、俺があんまりこんなふうだから、念のために俺だけにそうしたのは、兄貴には会社、弟は一流企業に勤める前から、学生の頃からのバイトで、普通に貯金があることなんかと関係していた。父さんが亡くなったのって、今やもう長い月日の無効だった。いや俺だってちゃんと稼いでたよ。でも俺は海外にいるから、あっという間に底をついていたことに全然気づかないとか、いや、子供じゃないんだが、俺は通帳を母さんに預けっぱなしにして、母さんはその金を運用はしていたのかは知らないが、俺はとにかく、ほったらかしにしていた。母さん、俺名義でそういえば……あの件も宙に浮いたままだ。Bが、こっちなら貸さないというのはありえないけど、何でだろう?と言った。やっぱり、お前が帰ってくるのを待ってるからなんじゃないのか、Bはそう言った。それしか考えられない、と。


 お姉さんが俺の話を聞いて「そんな社会人、いるの?」と素っ頓狂な声を上げたが、俺にとって金って、稼ごうと思ったらすぐに稼げる感覚があり、その金銭感覚は俺の周りでは普通だったので、自分が変だと気づかなかった。俺たちは学生でもそれこそスポーツカーを乗り回し、家まで買っちゃうやつが普通で、大学に行くのがバカらしくなり中退し、起業するやつが普通だった。


 俺、失敗した方かな。


 俺が他の兄弟に不平等を強いた、と電話口で言う母さんに俺は激怒した。そんな風にしてあること、俺に一言も言ってないくせに、今になって?


 そんなの知らなかったよ、俺は、父さんがそんなことをしてくれてたと言うのをすごく驚いた。兄貴は会社継ぐから大事にされて当たり前だけど、俺に?


 父さんが俺のアトリエをさっと作ってくれた時、俺、本当に嬉しかったんだよ。200Vの工事、結構面倒臭いはずで、そんなのさっさと、多分業者を呼んであっさりしてて、悩んだ覚えとかもない。今こんなに苦労しているのに、学生の時は一瞬だった。俺、何か順番というか、努力がランダムすぎるんだよ、方向性が。


 俺は電話を切って、よしじゃ、その金返してやるよ、と真面目に考え、日本のクレジットカードにハサミを入れようとして、無効にするとまずいと思いとどまったが、財布をその後からどこかに無くしたままだった。家の中にないとまずいが、どこかにあるだろ。あれ、そういや、どこにやったんだろう。


 俺は今日も、良く考えたら財布を持たずに家を出ていた。すごいな、俺。


 計算したら、3〜4千万円だから、俺は、じゃ、一億円返せば文句はあるまい、と考えた。一億をキャッシュで返してやれば、文句は出ないだろう。


 俺は本当に頭に来ていて、見てろよ、とブルブル怒りに震えた。一億。どうやって稼ごう?



 その金を母さんに叩き返したら、俺が小説書こうが何しようが、文句はないだろ、俺は晴れて自由になれる。



 その時だった。俺は、立ち止まった。

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