第274話 春の努力の日々

 

満開の桜の時期になり、時間が経つのがはあまりに早いことに驚いていた。俺は最後の努力を決め、それまで否定していた最も正攻法を攻めていた。


 意味あるのか知らないが、初夏にグループで作品を出品する機会を得た。今更なあと心の底では思ったが、結果に繋がる道を探すしかない。例え何も変わらなくとも、最後の仕掛けの一部に有効なことはやっておくしかない。


 真面目な制作環境がなく、ストレスが溜まったが、家をサロンに使うことが頓挫した以上に、アトリエを持つということについても、実現不可能に見えた。


 この庭、改造しようと思ってこの家を買ったんだが……とてもそれどころじゃないな。


 俺はことあるごとに、それらしきことを言おうとして、隣の老人の鱗を撫ぜている状態になった。「どこでだ?」いやあ……隣の広大な*+@さんの土地でも、いつか買えたらいいなあ、と俺はお茶を濁した。ちなみに*+@さんの土地というのは、この隣の老人とは逆側の隣人だ。馬鹿でかいマンションを建てようとして、住民たちの反対運動にあった話は書いたか忘れたが、どうやら、許可が下りずに頓挫したらしかった。あれは秋の話で、今は春だ。


 確かに、もし金があれば、この隣の土地を買い取ってしまえばいい。そうしたら、裏口を作って、裏を増築して、爺さんと距離が取れる。


 でもそんな金はもちろんなかった。爺さんの家でさえ、親戚や友人に声を変えたが、買えると名乗りを上げた人はいなかった。


 ないものをあったら、と言っても仕方ない。俺は本当に初歩的な語学学校に週二回、4時間というそんな、そんな甘ちょろい努力でいいの?という程度に頑張っていた。アトリエも居心地は良くなかったが、そこでしか作れないから仕方ない。俺は、自分に見合った素材が見つけられず、最もまだ表現しやすい方法を使って制作していた。軽く設備を整えてしまえばいいのに、長く迷っていた。日本にアトリエを持っていたのに、俺も馬鹿だ。



 仕事は本当にダメだった。なんでもいい、バイトの求人欄を探した。こんな時、調理師免許があれば。会社員していた時に、夜間通うかと考えていたが、母さんが「調理師の学校なんて絶対ダメ。なんのために大学出たの?」と言った時に無視して行っておけばよかったのかもしれなかった。いつも調理師の求人ならたくさん出ている。向いてるか、向いてないかといえば、おそらく向いてないが、少なくとも、料理は嫌いではなかった。


 不定期すぎる仕事の状態に、自宅で何かしよう、何かできるだろうという計画が、全て流れたのも痛かった。いざとなれば、家庭教師や託児所の可能性さえ視野に入れていた俺は本当に甘かったか。とにかく、真逆を行っている。Bもなぜか知らないが、これまで反対したことなかったのに、家に人を呼ぶことをすごく反対した。俺は、今までたくさんの人を家に招いてきたが、この家になってから、ここまで誰も呼ばないというのは、本当に驚くくらいだ。確かにとても呼びにくい。


 お手伝いさんがJさんに向かって「どちら様ですか?ご職業は何ですか?」と話しかけたことについて、当のJさん自身はすっかり忘れていたが、俺は鮮明に覚えていた。隣の爺さんがお手伝いさんをよこしたんだよ。あのお手伝いさんは、無駄な口を一切聞かない。聡明なタイプだ。ヨアキンも比較的そうだったが、ヨアキンの方が、話しかけたら、うっかりしたことを喋りそうだった。なのに、あんなにあっさりと死んでしまって、俺自身もショックだった。だから、粉塵の出る作業は要注意だというんだ。俺はヨアキンに念のため、そう言いたかったが、おそらく言っても無駄だとはわかっていた。一般的に知られていない。


 俺もヨアキンが去ってから、密かにこの屋敷の鬱陶しい蔦をこっそり爺さんのいない間に払っていたが、目ざとく爺さんは気づくようで、こないだの金曜日も、金切り声で頭がおかしくなった?と俺に思わせる剣幕で、俺に対する不満をぶちまけるようにまくしたてた。


 蔦のことは言わなかったが、Bが出張の間、俺がゲートの鍵を開けるのを朝忘れていた件についてだ。俺は毎日、明け方まで作業してるから、朝の5時に寝るのに、8時前にゲートを開けるというのは無理だ。


 俺は、こんな南京錠の施錠が問題だ、と言ったら、「何が問題なんだ、朝起きてきて開けろ!」と脳溢血で倒れそうな剣幕でがなりたてた。


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