第253話 ミラクルから二転、三転。

 前回が11月の更新、今、もう2月なんだよ。どんなミラクルが起こったのか、書こうと思いながら忙しくしてた。そうしたら、またミラクルからどん底だよ。俺ねえ、何から説明したらいいかわかんねえ。


 俺たち、すっげー他に例を見ないような好青年っていうのは書いたよな。あのとんでもなく気難しい隣のムッシューに結局俺たちは気に入られた。なんだろな、俺、ホストっぽいの嫌なんだけど、結局、車椅子押して、毎週、美術館にムッシューを連れて行く流れになって久しい。


 うーん、いや俺、わざとらしいのは嫌いなんだけど、なんでこんなことになったんだろうか。ムッシューが歩けなくなったからだな、杖なしで。もともと、杖は使っていたが、手術の経過が思わしくなく、車で出かけられなくなったムッシューが、外に出たいと俺らを頼るようになった。語弊があるといけないが、このムッシューはかなりの合理主義者だし、もともとインディペンデントなタイプだ。だから、昼飯をおごる、美術館代を出すと言い、とにかくどうやってでも外に遊びに出かけたいところに、目の前に住んでる俺たちに頼む形になった。


 I先生の予言通りになるわけないと思うが、Bはちょっと浮かれた。というのも、ことさらBを気に入ったムッシューは、自分に何かあった時、不自由になったら、銀行口座をチェックする権利をBに託けたからだ。俺はこの件に関してはよく知らない。俺はそもそも外国人で語学ができない。それに俺はBとは違い、嫌なことは嫌だと顔色も伺わずにはっきり言う方だ。Bはさすがにプロだから、「お客様は神様」的にソツがない。俺は単なる良い人だが、Bの場合、理想的なやつに見えるからな。


 俺はちょっと面白くなかったが、俺にとって金はある意味、邪魔なものだった。必要なのにな。俺は金のない世界で、普通に暮らしたいようなちょっと世間から遊離したみたいな無茶な感覚があるが、Bはその点まともな男だ。俺みたいにわけわからない、ちゃらんぽらんな男じゃねえ。


 俺は黙って付き添ったが、一年に一度、行くか行かないかみたいなレストランに毎週とか、正直うんざりし始めた。俺は金や物や女や食べ物で釣られねえ。ただ、美術館は面白い。このムッシューの趣味がなんとなくわかってきた。金持ちのボンだな。もうすぐ死ぬのかもしれねえが、なんと言うか、そうなると寂しいな。俺はただその一点だけで、黙ってなんでも言うことを聞いていた。老人に接する時は、いつ死んでも後悔ないように良くしておくというのが俺の主義だから。俺よりも長く生きてる人間に敬意を払うというのは、なんとなく身についた習慣で、俺は、贅沢すぎるようなお供に辟易しながら、Bが嬉しそうにしているから、まあ、仕方ねえと思った。Bは根っからそういうふうに、ちょっとした豪華な毎日というのが身についてしまってるのは職業柄仕方ねえ。でなかったら、超高級リゾートなんかで働かねえ。Bは洗練されているから、ムッシューはご機嫌だった。むしろ俺とか邪魔なんじゃねえの、とBに言うと「そんなことない」とBは否定する。


 俺さあ、さすがにゲイじゃねーから、微妙なんだわ。


 Bが、大丈夫だって、と笑った。倒れたら、一人で起き上がれない老人が襲えるわけない、何、心配してんだよ、お前は。


 いや、そういう心配じゃないんだけどね、なんつーか精神的な影響というか。


 俺は勘がいいから、そこそこにしたいと思っていた。俺はいろんな影響を受けたくない。このムッシューは何も言わないが、俺は何となくいろいろ感じて、今と違って昔は大変だったんだろう、と微妙な気持ちになった。


 こんなふうに蜜月の数カ月が続いたんだが、俺とBは些細なことで仲間割れした。このムッシュー俺を追い出したいんじゃないのか、実は。

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