第161話 何もかもが逆境状態。

 

 母さんが日本のマンションを売りたいとか、日本の会社の土地を全て売却し、規模を縮小したいなど、同時に言い出して、俺のストレスはマックスになった。


 ただでさえ、俺のこの生活が、日本に負担をかけてる、頼むから、もう日本の口座のお金使わないで、と懇願されてるのに。


 俺は自分勝手な理論で逆ギレした。


「日本と違って、物価が高すぎて、お金使うなと言われると、餓死してしまう!」


 まあ、良い大人、実家に寄生パラサイトしている人間のクズなわけなんだが、小島と違って、全く仕事もないこの状況、俺はいろんなところに声をかけたが、ことごとく人は要らないと断られていた。みんな必死なのだ。だいたい、首を切られた現地の女性がまずいとみんな言ってる状況で、まだ、首を切られやすいのは女性だけマシかもしれなかったが、語学が怪しい外国人がここの就職市場に食い込むのは本当に難しかった。


 俺は体力がないから、日本食レストランは無理だ。家で運ぶお盆でさえブルブル震えるのを見て、俺、ここまで非力じゃなかった、というか、タンスも一人で持ち上げるような「馬鹿力」が自慢だったんだが、恐ろしいな、手術というのは。カルシウムか何かが不足しているのか?というくらい、骨が軋み、俺、これなんかマジーんじゃねえか、と思ったが、魚をこの国で食べることがないから、当然かもしれない。魚がまずい国。日本に比べれば、どの国もまずいかもしれないが。


 食費は俺の担当だったが、ほとんど無駄なペンキや梯子、そういう道具類にも金は消えていた。純粋な食費のみではない。俺は頼むから、Jさんから借りれるものは借りようぜ、梯子なんかそんなに使わない、と懇願したが、Bは無駄に梯子を2台買い、まだ低いからもう一台いるという。



 頼むからやめてくれよ。落ちたら死ぬぞ。


 俺は普通の男になら言わないが、Bなら落っこちかねないから、言った。



 この男、高い梯子の場合、一人が下で念のため梯子を支える、という基本を知らない。


 まさか俺にさせるつもりじゃ……


 Bみたいな重いやつが、上から降ってきたら、下にいる俺も死ぬ。


 Bだけは全く信用できない。お前、なんで子供の頃、何にもしてないの? これだから教師の子は。


 教師は自分とこの子を放ったらかしに育てるので有名。例外はあるだろうが、俺的に、教師の子はイマイチ、と思ってた。わりーな、俺、毎度ながら、偏見で一杯で。


 教師の親は他の子の教育に忙しく、自分の子供はおざなりなパターンが多い。



 俺は、Bが子供の頃、本当に何も家の手伝いをなーんもしてこなかったことについて、Bの親を恨んだ。過保護の逆だったはずなのに、お前、何もできない知らないっておかしくねーか?


 Bは料理できない、裁縫できない、日曜大工できない。要するに何か自分の手で、作ることはできないわけ。



 俺ははっきりと言うのは避けたが、正直、ストレスに狂いそうだった。Bはゴリ押しするから、やると言ったらやるかもしれない。反対したら、仁王とか、大魔神のレベルで機嫌が悪く、以前のBからは想像できないが、即座に怒鳴り散らすからな。しかも暴力的になる。


 俺は俺の神経もやられてると思ったが、Bも心療内科に行くべきだと、密かに思っていた。勧めてもダメだ。


 酒量とか、やめてたタバコを吸い始めたり、気分のアップダウンにこっちはついていけない。


 ちょっと前まで、何か病気かもと言っていたのもBだ。怠い、しんどい。便を見ると、俺は、医者にかかったほうがいい、といつも思った。せっかくかかっても、血液の検査がなかったりと、ほぼ意味ない。B、お前、病気発覚するの、怖がってるんじゃねえか? ちゃんと検査受けろよ。



 せめてJさんに応援に来てもらいたかったが、Jさんもそれどころじゃない。


 JさんがいてもBは言うこと聞かない可能性があって、Jさんも密かに関わりたくないだろう。俺もだ。



 誰か他の人に指摘されて初めて、サンダーやマシンを使うのに、あまりに薄着じゃ危ないと言い出すB。



 当たり前だろ、お前。作業の基本を知らんのか。刃物や重いものが足の上に落ちてきたらアウトだから、安全靴を履くとかな、巻き込み防止する衣服とか、素足露出させないとか、ヘルメットやゴーグル、粉塵マスク、イヤーマフなど、その時々に応じて当然のごとく使うぞ。おめえ、死ななきゃわからないらしいな。指の一つも二つも落とすとか、俺らの世界じゃ「普通のよくある事故」だぞ。


 革手袋とか、革のエプロンとか軍手とか、耐熱シールドや防護メガネ。火花や炎の作業だと必要不可欠になってくる。幸い、Bの作業はそこまでのものは必要じゃないと思ったが、俺がゾッとしたのは、溶接用のバーナーを勝手に買ってきた。安くなってた、使えるだろ?と言って。


 俺は、中古の展示品なんて怖くて使えねえよ! と言った。だいたい日本じゃ一応免許がいる。俺、何を思ったのか免許取らずじまい。そういえば父さんが「溶接だけはやるな」と言っていた。目に悪いから絶対にダメだ、と。


 まあ、俺、ただでさえ目が悪いから、父さんがそう言ったのもわかる。ほっとくと失明するから点眼しているが、これは遺伝的で、先天性の可能性が高いとわかって来た。もともとちゃんとあまり見えてなかったんだ、と。通りで俺がよくぶつかるのが、左側にあるものに限られるわけ。俺はどうも、左目の視野が欠けていて、よく見えてない部分があるらしい。


 そんなことも、検査しなきゃわからなかったわけだが、俺は単に自分が鈍臭いだけだと思い込んで来た。なんだ、理由があったんじゃん。そんなふうに実は全てのことには理由がある。おそらく俺の脳に起こったことも、後になればちゃんと理由がわかるような劇的な変化に違いなかった。あんなに簡単な一泊二日の手術で手術から一ヶ月近くは、まっすぐ歩けなかったわけだが、平衡感覚が完全におかしくなっていたらしい。片方が黒く見えるような感覚があった。そういうのって、ネットで検索してもあまり出ない。ただ、手術の麻酔の後遺症で、香水アレルギーになった、という人が出て来て、俺はそれも理解できた。何らかの影響があるのは当たり前だと思う。



 Bが俺の言う諸注意さえ、ごく素直に、普通に聞いてくれたら。


 なんでいちいち、当たり前のことで揉めなきゃいけないんだ。俺はBが感電する、と思った時、本当に生きた心地がしなかった。


 なんで大丈夫だったのか未だに謎だ。たまたま……濡れてなかったとかか?


 どういう火花が、どこに散ったら発火の危険とか、ガスでも電気でも、扱うのなら、当たり前に知ってないと、死ぬぞ。



 俺は巻き添えを食いたくない、という気持ちで一杯になり、Bにできるだけ触らせたくなかった。


 プロでもこっちの人、怪しい手つきで作業するのに。水なら失敗しても、あふれるだけで、死なないが、電気は本当に触るな。


 俺はBが素人的に触った部分から発火しないか、いつも不安になった。B、小島にいた時、火事にあった子いただろ。あれは古い家屋ゆえの電気系の「漏電」が原因なんだよ。漏電が原因の火事とか、シャレにならねえ。マジやめてくれよ。





















 

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