第145話 お化け屋敷の購入と俺の野望

 

 たくさんのアンティークに囲まれた築200年の小さな屋敷。それはまるでマリーアントワネットのプチ・トリアノンのように、時代から取り残されたようにひっそり息をしていた。俺らはタイムスリップに息を飲んだが、同時に苦難の始まりだった。何もかも古いということは、どれもこれも、触ったらボロボロと、まるで光に当たって崩れていく骸骨のようなものだ。実際にカーテンは、洗ってみたところ、跡形もないまでもいかないものの、ボロボロになった。


 もちろんたくさん捨てたが、壁と共布のものだけはどうすることもできず、残した。ここの家の壁は全て、布張りという不思議な作りだった。その布とカーテンが共布。俺は気持ち悪くて仕方ないものをできるだけ捨てた。そうじゃないと住むのは不可能だ。Bは反対し、俺らは揉めに揉めた。だが、最終的にどうしても我慢できない、洗えない布とソファ二台は捨ててしまった。それについていた埃だらけのクッション、入れ替えることができそうなカーテン。


 どれもこれも高級だが、正直少なくとも60年近く経過している。布や紙製のものは、触ったら、朽ちていくようなものが多い。どうすることもできない。


 たまたまこっちに遊びに来た兄貴と母さんが手伝ってくれて、本当に引越しは助かった。俺はボロボロに疲れていて、実は引っ越すのは嫌だった。引越し先は、いくら内装が綺麗でも、お化け屋敷のように不気味で、至る所が蜘蛛の巣だらけ、ゲジゲジが飛んで出て、俺をびっくりさせるような家だった。


 あまりに長く無人で、家の中に蔦が入り込んでしまった形跡のある窓などがあった。俺は、触ると埃だらけになるような家に、ものすごく神経質になって、とてもじゃないが、もう少しまともになるまで、あんなところで寝たくはない、と、すっかり家具がない、自分たちの元のアパートに一人で床に寝た。俺は、埃だらけで汚い場所に寝るより、何もない綺麗な床に寝たい。


 Bが呆れたが、俺にとっては不気味な屋敷は落ち着かなかった。まあ、どうやら幽霊は出ないらしいが、兄貴に寄ると、Bも兄貴抜きでは、一人で泊まるのは不気味と躊躇していたらしい。それで兄貴が、俺が行くよ、と言ってくれて、俺と母さんは元の綺麗なアパートの床で寝て、そっちの屋敷は、兄貴とBが一緒に泊まった。


これは前の話。今、書いてる段階では、なんとかなった。時系列に沿わないと、読者は混乱するな、すまん。


 すぐになんとかならないレベルのお化け屋敷なんて、本当に不思議な話だろ? 俺は、そんなお化け屋敷を、なんとか普通の家まで持ってきた。振り返ると本当、命削ったな。日本にあんな建物はない。どんなに古い田舎の古民家でも、ちょっと違うもんな。泊まるのが怖いお化け屋敷なんて、そうそうない。不思議なことがいっぱいあった。


 真冬に真っ黒な蝶が、いきなり家の中を飛んだりな。どっから降ってわいだのか、不気味なことが起こる前兆じゃないか。


 蛾じゃないぜ。黒い蝶。どんな意味があるのか、俺はそういうことが起こるたびに怖かった。俺がこの屋敷の購入を反対したせいで、この屋敷はヘソを曲げ、なんとか俺だけを追い出そうと、不可思議なことばっかりが起こった。俺の目の前にだけ、ゲジゲジが現れたり、とにかく、Bでさえも、思わず、ヒャッ、と女みたいな声を上げてしまうくらいのことが日常茶飯事だった。


 タランチュラみたいな大きな毒グモみたいな毛の生えた手足を持つ蜘蛛が2度ほど出て、後でそれは、毒などない、とわかったが、大捕り物だった。ゴツい、7センチほどある蜘蛛で、俺は、サハラ砂漠じゃあるまいしと、毒がないと知るまで生きた心地がしなかった。紙袋に生け捕りにしたが、外のゴミ箱へ。


ベッドの中からミミズだとか、そんなもの、乾いたベッドに普通は出てこないだろ。どうなってるの?


テーブルに百足と、とにかく虫だらけ。


 本当に不思議だったんだが、徐々にそういうことが減っていった。この家には女神のような彫刻があるんだが、俺よりデカい。俺が購入を見送ろう、と何度もBに言ったせいで、俺に大層ご立腹らしく、俺の目の前にだけ、不思議なことが起こる。


俺はノイローゼ気味になり、こんな気持ち悪い家に住めるか! と、何とかしようとして、知り合ったのがI先生というわけだ。俺は過去世で何度も占い師をやってるから、そっちは勘で得意だ。だが、現世では独学のため、大局は読めない。俺が俺の寿命を知ってるのも、過去世のせいだ。俺はI先生をネットで見つけ、俺の苦手なジャンルについての調整アドバイスをもらった。俺は人間関係相性や人の性格の分析しかできない。過去世では占いを使い、その年の収穫を占ったり、政治に携わったが原始的な社会だった。俺は男より女の前世が多く、男の時は、男児くらいの年齢であっさり死ぬことが多く、今、どう生きたらいいのか、戸惑いがあった。


 庭に花を植えたり、部屋のカーテンを取り外し、洗ったり取り替えたり、ペンキを塗ったり、電気工事に来てもらったりと、お化け屋敷から、なんとかここまでに相当な時間がかかった。I先生がくれたアドバイスは隣の気難しいムッシューが早くくたばる方法だったが、俺はそれは断った。何だろな、どんな酷い目に遭っても、そういうのは、ちょっと。


俺ねえ、ある意味、根っから優しいのかもしれない。一番、世界で許せない存在って、誰かと言われれば、俺自身だから。


そうだから、どんな目に遭っても、俺以外の人のことは許せてしまう。俺は地獄へ行くだろうが、それは黙ってた。他の人まで、俺の地獄行きに付き合わせることないからな。それにしても、運命とは過酷なものだ。一瞬のミスが痛恨だ。俺も運がないというか、馬鹿だ。あの時、死ななかったのも終わっているが、ダラダラ生き続け、醜態を晒す運命らしい。生きることは苦しい。俺は、笑っている時もふと、我に返り、虚しくなることがある。全ては幻なのだ、と。


 俺らの引越しの日がどんどんズレたのは、排水の管が国の基準と一致しないということがわかったからだったのだが、他にも、あちこち本当に不具合があり、なんと書類と聞いていた敷地が一致しないことが購入前に発覚した。


 聞いていたよりも、敷地が狭い。こんなに窓から境界線までが狭いと違法ということを知らず、俺たちは、特に俺は、言ってたのと違う、と主張した。このままではキッチンの真裏がたった80センチしか自分たちの敷地じゃないため、他の人が買い取って、すぐそばに大きな建物を建てられたら、北のキッチンの大きな窓からの採光がゼロに近くなってしまう。


 売主のムッシューはとても変わった人で、俺たちの前の購入者を全部蹴っていた。庭の一部を共有のように使うため、よほど気に入った人しか嫌だ、とわがままを言ったらしい。共有部分はゲート前だけなんだが、あまり今と雰囲気を変えたくないから、と、庭は全て今まで通り、特に庭木の剪定は、すべての庭師にこれまでどおり、手入れさせて欲しいという条件だった。


 境界線にヘイを立てないで欲しいなど奇妙な条件の羅列だったが、俺たちはその家欲しさに条件を飲んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る