第142話 Bと俺との冒険〜ホテル?


 俺とBは、この国に戻ってきて、そうすんなり行ったわけじゃなかった。俺は、体を壊して寝たきりに近くなっていたし、Bは激務のホテル勤務、職住同じ状態で、俺は助かったが、結局、ナンバー3の座を追われることになった。


 派閥争いで、Bを面接で引っ張ってきた同じ故郷出身のボスが破れ、それにBも引っ張られ、ついでに首を切られた。無情だがそういうもんだ。いやはや、いきなり首か。派閥争いに負けるのも壮絶だ。ボスはすぐ、故郷の友人のやっている別ホテルに就職したが、さて、Bはどうするか。


 俺とBは、次の手を探すべく、チャンスを探し回った。Bは勇敢だから、この不遇をチャンスに変えてみせる、と強気だった。俺、Bのそういう点は評価する。履歴書を送りまくり、面接を受ける。時に高級すぎて、普通じゃ観光くらいで覗くような瀟洒な個人クラブのような美術館だったりと。こんなところで働けるのなら、あまりにポッシュすぎて、出会う人たちが皆、世界でも一握りの金持ちばかりになるんじゃないか。実際のところ、Bの経歴は、そういう場所で働いていた経歴なので、あながち無理な挑戦でもない。Bは普通の家の出だが、俺と同じように野望はあり、何もないところからのし上がってやる、というような気概があった。俺がBを気に入ったのは、二人の野望は合致すると感じたからだった。俺は、この人生で、絶対に歴史に名を残す、と信じていた。それというのも、そうする義務が俺にはあったから。俺自身、俺だけなら、そんなことはどうでもいいが、俺の人生は、俺だけのものではなくなってしまっていた。俺が無価値な人間として終わってしまうと、俺の代わりに死んだあの子が全く浮かばれないことになってしまう。あの子が生きていたら成し得たことは、そんじょそこらの可愛らしい女の子が人生で成し遂げることとは比べものにならなかった。俺の責任は重大で、あの子が生きていたら、この世界が変わったかもしれないというのに、俺のせいで未来が変わったことについて、命を差し出しても、その償いは無理だと俺は知っていた。だからせめて、俺の方法で、この世界にコミットして、その代わりになるしかない。代わりなど大それた役は務まらないが、とにかく、未来を変えてしまった責任を取らないといけない。


 俺は、今の俺の能力から、最大限にできることをやるしかなかった。それしか方法がなかった。


 俺らは半年と長かったホテル暮らしを終え、やっと近くに小さなアパートを借りることができたが、職住の解決として、小さなホテルやカフェを自分たちで買い取って経営するべく、見て回った。


 そこのホテルはものすごい田舎にあり、もともとミシュランスターで人を呼んだ、その話はしたか?俺はすっかり話したか忘れたが、テニスコートがあり、悪くないが、肝心のホテルのシェフが去ったら、閑古鳥が啼き、閉鎖に追い込まれたホテルだ。おれはBに、大きすぎて、俺ら2〜3人じゃとても回せない、とBに言った。俺が裏方全部やり、もう一人雇うにしても、実は何もできないBだから、俺、病み上がりで俺一人じゃ裏方、無理だ。デカすぎる。


 Bは料理できない、大工仕事できない、裁縫や細かい手作業、何もかも無理な男。見栄えはいい、センスはいい、洗練されていて、一見強そう、頭もいいし、キレるんだが、如何せん、実際にBが上手にできるのは、整理整頓、ベッドメイキング、料理のサーブ、バーテン・ギャルソン役ぐらいだ。他の全てが俺にこなせるか?俺は、ベッドメーキングは苦手、掃除はすぐに咳き込むような神経質な男。


 俺は溶剤や薬剤を使うようなことに、からきしダメだった。水溶性のペンキ塗りくらいは我慢できるだろうが、俺は実は、気官が弱くて、何度も子供の頃、肺に異常がないか、受診している。運動会の埃、黒板消しの埃、ホワイトボードのインクの匂い、掃除の埃、トイレの掃除の薬剤の匂い。


 俺は敏感で、我慢していたが、とても苦痛だった。多分、気管支が弱いのと、匂いに敏感すぎて耐えられないんだろう。よく急に倒れた。変なんだが、軟弱で、俺は部活でも我慢していたが、実はバイト中も、一度、熱中症で倒れたことがある。太陽に当たると頭痛が酷い傾向が昔からあった。滅多に頭痛などしないのに、直射日光にからきし弱かった。その時は真夏なのに、ブルブル震え、涼しい場所に寝かされていたが、死ぬかと思った。俺は、父さんが迎えに来てなかったら、一人で帰れないくらい重病で、恥ずかしいが、本当にひ弱な男だな。


 ちなみに、部活では、倒れたことはない。もう死に物狂いについていっていて、真夏の蒸し暑い道場で、痛みにうずくまる猫のように黙ってじっと耐えていた。


 俺はいつも、人より努力をして、やっと人並みになれていた。だから俺は、自分の能力をいつも、いっぱいいっぱいに使っていた気がする。俺は器用だね、と言われることがあるが、決して器用なんかじゃない。何もかも、人より努力しないとできるようには、ならないのだ。だから人並みに見えることでも、その陰には、驚くほどの時間がかけられていた。あ〜あ、俺も、もうちょっと能力あればね。


 俺は、大掛かりな掃除を毎日全室やっていく係は絶対に自信がない、とホテルの買い取りにはポジティブでなかった。B&Bレベルならまだしも、客室数の多いホテルなんて、どうやって回すんだよ。俺はもともと手を抜かないタイプだが、疲れたからといって休むこともできないのは、Bといるといつも閉口した。俺は、そのうち早死にする、と思いながら、なんとかBについていく有様ありさまだった。Bは本当に無茶をする。ガタイの大きな西洋人についていくというのが、こんなに苦痛というのは、俺は本当、こっち来て、肉食わなきゃやっぱダメだ、と思った。


 で、その話はボツ、次にカフェの話が入って来た。

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