第143話 Bと俺、カフェ?


 カフェの場合、そこまで大変じゃない。そう言うBは、実は友人にファーストフード・テイクアウトカフェを成功させた友人がいた。この華やかな大都市で成功というのは、そこいらの田舎町で成功するのとはワケが違うんだが、いやはや、地道な努力。


 俺もパーティに何度か顔を出したし、やつはBの友達にしては珍しく、俺が会いにいってもいいと思うような面白いタイプだった。不遜な言い方だが、俺は一度会って退屈なやつにはわざわざ会いに行かない。当たり障りのないやつ、会話して面白くないやつは、俺の記憶のキャパのせいか、すぐデリートされてしまう。


 昔はそんなことなかったんだが、「面白いか面白くないか」というのがすごく重要になってしまい、俺が面白いと思うやつはちょっと一癖あった。


 Bの友達は、当たり障りない無難なやつが多く、俺はパスしたい、と思う集まりが多かったのだ。馬が合う、という言葉があるように、Bの友人と俺とはあまり合わないことが多かった。それは不思議だったが、俺のように突っ込んで話をしがちの人間は敬遠されるということなのだろう。俺も大勢の同級生の中じゃ、いつも黙ってるが。


 とにかくそいつが七面鳥を焼いてくれて、確かクリスマスではなかったが、その時の記憶が鮮やかに蘇った。ああ、こういうやつなら、カフェでもいけそうだな、と俺は思った。古いタイプのバルコニーのあるマンションで、エントランスは焦げ茶色に見える全面鏡張りになっていた。出たところ、右を行くとすぐ小さなお店が立ち並んでいて、一見、便利な下町風だったが、実はポッシュな金持ちエリアだった。何というか、レトロな趣味で、俺はこいつとは気が合う、と直感したんだが、そういうやつに限って、Bとは距離がありすぎる。俺がB以外のやつと、あまり仲良くなるのをBは好まない。


 七面鳥というのは、チキンと違ってデカイ。せっせとバルコニーで、彼女とともに、お腹に詰め物をしているのだが、イニシアチブはやつにあった。彼女は単にお手伝いしているだけに近い。Bとは全く違う。Bは料理、全くできない。やろうともしない。Bはテーブル・セッティングはお手の物、インテリアデコは、本当にセンスがいい。Bに「お前、そっち方面に行かないか?」そういうとBは「嫌。俺はゲイじゃないから」と言った。そっち関連は、本当にゲイが多く、それは別にいいんだが、俺たちはそうじゃないから面倒臭い。


 ゲイがどうとか、差別でなく、男でも女でも、恋愛は面倒臭い。俺は男からも女からも、そういう「ターゲット」にされることが多かったから、とにかく引きこもることで解決させてしまった。俺は本来、とても社交的なんだが、自分の意図に反して、いきなり恋愛関係にことには、ほとほとウンザリしていた。そうやって引きこもって、ちょっとマシになった。人にさえ会わなきゃ、ややこしいことにならない。


 ま、そうやって年をとるのを待つしかないな。外見の美しさが衰えたら、ある意味、自由になれる。海外は本当に美しい人が多いから、日本に比べれば、比較的楽だったのだが。不便でも俺が海外にいる理由は、とにかく日本と違って、何かと自由だからだ。俺は日本が本当に息苦しかったから、実はもう2度と、日本にずっと住みたいとは思わない。日本は良い国だが、良い国だ。もしくは、にとっては、良い国だ。同じ外国人でも、パッと見が日本人に見えるとは日本に住みにくい。日本人みたいな顔で日本語が話せないということで、周りの日本人と軋轢が起こり大変だ。


 異質なものを排除する日本人の性質に寄って、俺は海外在住者として、日本にいる時は「だから自分たちとは同じじゃないんだね」という免罪符を手に入れたため、日本に一時帰国しても、楽になった。海外に住んでるから、あなたは変わってるんだ、人と違うんだ、と納得してくれる。いやもともと、日本に違和感ありまくりで、俺、日本から出たんだけど、今やになってしまった。俺、うっかりしたこと言うと、内地の日本人を怒らせるから、何も喋れなくなってる。実のところ、日本人というのはとても感情的な人種で、まあそれはこの国も同じかもしれないが、とにかく感情的になったら負けだと思った方がいい。


 そいつのカフェ、俺たちは何度も行ったが、とても

何だろうな。俺の中で50年代風だ。今、この都市ではちょうど50年代風がこれから流行る。この話は前の話だから、今からもっと良くなるだろう。良い目の付け所だ。ここの大都市は手頃な値段で美味しいランチや軽食を出す店が少ない。気軽なテイクアウト・カフェは、その後、花盛りになる。時勢をうまく読んだな。この国にいると、歴史の意匠に敏感になる。何でも新しいものが良い日本とは全く違う。日本にいると俺は、ペラペラの麺棒に伸ばされるような気分になる。何もかも新しい、ってな、そういう気分なんだよ。重厚さゼロ。すぐに流行り廃れるのに、踊り続ける、そのおかしさに気づかないというのが日本人だった。俺は日本を出てから、日本人のことがよく理解できるようになった。俺も日本人な訳だけど、もはや外国人だな。とてもじゃないが、ついていけない。


 そいつはすぐに成功して2軒目を出し、その店の経理を見ていたBはあっさりお払い箱になった。友達のBに頼まずとも、プロに依頼する、ということで。Bはとてもがっかりしていた。うまくいけば、一つ噛める。そう思っていたBの当ては外れた。成功しすぎだな。


 俺らが店に行った時、それはいかにも成功しそうなシステムだった。そいつはせっせとお盆を拭き、せっせとパスタを茹で、本当にすごい。手際がいい。


 とても金持ちの坊ちゃんとは思えない動きだ。実はそいつ、故郷の大きな街の市長の息子とか、そんなのだった。大金持ちの家柄のやつ。見た目、俳優のようにイケメンで大柄で。古い映画に出てきそうな、正統派の顔立ち。この辺とは違う植生のヤシの木の生えるようなリゾート地で、スポーツカーにでも乗って、マリンスポーツに出かけるような雰囲気のやつ。まあ、生粋に金持ちの良い家の子だな。男らしくがっしりとした体つきをしていて、やはり普通の子弟の俺らとは違い、おっとりしてるくせに、余裕があり自信に満ちていた。なんだろうな、家柄の良い金持ちの子はみんな同じ雰囲気がある。性格が素直でまっすぐだ。全くと言っていいほど癖もなく、やたら感じがいい。それは作られたものでなくて、環境がそうさせる。思ったんだが、もしかして、前世で功徳を積んでここまで来てるのかもしんねえ。「苦労しない」というのはそういうことなんだよな。結局のところ、この世は修行の場だから、良い環境にいるやつは、もうすでに、「あなたは良い環境で良いですよ。苦しむ必要ないですよ」と許可を得てるようなもの。まあでも、これもどんでん返しがあるのだから、本当に学びの場というのは残酷だ。何もかもが順調で、精神的に落ち着いた人が、「えっ」と思わぬ苦難に見舞われることもある。まあいわば、修行のための試験というのはのだ。クリアしたと思っていることも、しつこく何度も試験される。


 まあ、彼女は普通の人だったが。何度か彼女を取り替えた後、多分、結婚でもしてるんじゃないか、そろそろ。パーティの規模から言うと、俺らも招待されてもおかしくはなかったが、結婚せずに一緒に住んで子供を持つのが主流だから、そうなのかもしれない。財産って意味では、結婚しないのはあり得る。財産持ってると、うっかり離婚したら、相手に半分持って行かれてしまうからな。そういう意味で、この国では結婚というのはよく考えたほうがいい。もちろん財産契約書を結んでから結婚すればいい話なんだが。


 そんなお坊ちゃんのイケメンが、下働きの仕事を黙々とやってるのを見て、この店はいけるだろう、と直感した。やっぱり勤勉でないと、何事もうまくいかない。こいつのように、人を使うだけでなく、自分もちゃんと動く。そうでないと自営業は成功しない。経営者が細々と汚れ仕事でも、従業員と一緒に働くことが重要だ。そういうことを厭うような経営者の会社は、すぐダメになるのだ。この辺り、自営の経験者じゃなきゃ、わからないんじゃないか。下の者にもちろん舐められたらダメだ。もっとも働くのは経営者である自分であるのは、誰を雇っても同じだ。よく、会社の前を掃除をしている人を小間使いだと思ったら、実はそこの社長だった、という話があるが、実のとこ、そういうメンタリティを持ち合わせてないと成功できない。俺はそう思う。


 俺、思ったんだけど、俺が雇いたいような人って、いないなあ。いや、それは違う。仕事できる人は、仕事を探してなどいない!すでに立派に働いてるんだよ。


 ま、そういうことだね。新しく雇った人を教育するとか、正直それ、すごく難しいことだから。ちょっと育つと出て行っちゃうしね。本当に難しい。俺が雇った子達も、こっちに来てからだと、本当に目のあるやつは、自分で何かできる力がある子で、単なるバイト気分だと、全く使い物にならなかった。日本で人事も兼用でやったことがあるが、人というのは使いようで、上がダメだと、どんなにいい人材でも、悪い方に行く。逆も然り。俺、兄貴は「上」で下を育てるのに向かない気がしたが、中国だったら、兄貴はいける。


 そう踏んで、だから、兄貴の可能性が中国で潰れたのを見た時、俺も兄貴同様に、叔父の会社を恨んだ。兄貴の可能性としては、中国で指導者の立場に立つのに十分な器だったのに。本当に時勢やチャンスを読むのは難しい。この話は書いたか忘れたが、兄貴はこの夏、中国に再び行ったんだが、もう流れは変わってた。兄貴がそこにいる意味というのが、数年前ならあったのに、今、そのポストはなくなっていた。兄貴がひどくがっかりした、その気持ち、俺にもわかる。チャンスを掴むのは本当に難しいのだ。チャンスの女神には前髪しかないのは本当だ。前髪をつかみ損ねると、後ろ髪はない。


 俺は、いろんなバイト経験があるが、人に使われるメンタリティと自分で事業を回していくメンタリティとでは、かなり大きな開きがある。当たり前だろうが。常に自分が経営者のつもりで人に使われるなんていう、そういうケースはほとんどないのだ。人というのは、ほっとけば勝手に堕落する。


 俺は結構、真面目だったから、人に使われる状態が、馬鹿らしくなることが多かった。俺は最初から、経営者の頭で働くから。結局、板挟みになる。上には口を出しすぎる、下には疎まれる。俺は、採算度外視するようなところがあり、働く時も、手を抜かないため、すぐにダメになる。息切れしてしまい、続けることができなくなってしまう。要するに必死すぎる。俺はとても神経質で、細かいところがとても気になるから、結局のところ、独立して自分で回せることに向いているのだが、大局を見ることができず、細かいところに、全体が止まってしまい、ダメになることを繰り返す。俺一人では、馬力が足りない。だから、半分は経営、システムが自分以外で自立して回ってるところと関わらないと、回転がゆっくりになり、止まってしまって、うまくいかない。細かいところにこだわりすぎると、全体が死んでしまう。わかっているのに、上手に生かすことができない。


 Bが、やはり金なんだよな、この国は何をするのでも、と言った。でも、そいつくらい、マメマメ動ければ、イケメンがせっせと働くその店に、人が来ないわけがない。パスタは別に普通だったが、もともと美味しいイタリアの生麺を入れていて、ちょっと気軽に外食しようにも、何を食べても高くて貧しいこの国のニーズにぴったり合っていた。俺らはのものが、安く食べたい。高くて不味いものじゃなく。ここの大都市で、いま現在、成功できるのは、このジャンルだ。この話はちょっと前の話だから、今、それがはっきりと証明された。雨後の筍のように似たような店が増えたからな。俺、こういう先を読む目をなぜ活かせないんだろうな。後出しジャンケンしても仕方ない。


 そいつのテイクアウトのカフェは大流行りした。ビジネス街。時間がかかり倍以上もする「カフェのランチ」でなく、オフィスに持って帰ってデスクで食べたい人が詰め掛けた。やつの店でも食べることはできるが、気がつけば改装し、無理矢理にロフトの2階建てにしてしまうほど、繁盛した。そして2軒目を進出。人に任せられるようになり、やつは現場に立たずとも良くなった。


 当時、そういうお手本があり、Bが「カフェをしたい」というのはわかる話だった。B自体、カフェで働くことから、ティーンエイジ、スタートしている。南のリゾートの大きな老舗のカフェ。早く自立したかったBは、サービスが良ければチップをはずんでもらえるという理由で、そういう業種を選んだというのは、想像に難くない。Bは世界中の大金持ちたちが集う隣国の海辺の高級ホテルにその後、就職することになるんだが。でもな、お前、もったいないぞ。その時期はな、真面目に勉強してる方が断然良い時期なんだよ。目先の金に釣られるから、今更、MBAとか、院とか思うんだぞ。同じ時期、バイトですごい稼いでた俺も、決して人のこと言えないが。俺がこれ以上、勉強してもたかが知れていたとは思うが、Bだったら、もっといいポジションにリーチできたんじゃないか。俺は文系だから限界がある。Bの頭脳は理系だが、文系にいる。俺よりもBの方が可能性が伸ばせる。


 今もネット長者はそうかもしれないが、自分で稼いだ金でフェラーリなんかを買うのがだった。俺はそこまで稼げなくて、そういう意味では底辺だった。底辺の学生といえど、普通のサラリーマンくらいの稼ぎはあった。フルタイムで働くわけじゃないから、時間を切り売りしない。そういう意味で、こんな生活をしてしまうと、普通に働くのが馬鹿らしくなってしまう。今や日本は少子化でそういうはないかもしれないが、世界は広いから。


 俺らの周りには、自分で稼いだ金で高級車を乗り回し、ついでに家まで買っちゃうような高学歴の学生の講師がゴロゴロいて、それが普通だった。家を買えば、貸せばいいのだから、資産が増える。だいたいそういうやつは、忙しすぎて、金を使う暇がない。今のネット長者とは違い、ノマドワークじゃないから、日本から出られない。まあ、サテライトの授業をやるなら、どこにいてもいいかもしれないが、やはり臨場感が違う。俺の普通の基準がおかしいというのも、なんとなくわかるが、仕方ない。普通にサラリーマンするより、バイトの方がそこまで稼げてしまうのはおかしいんだが、ま、世の中そういうこともある。俺はちゃんと大学に通っていたが、大学に通うことが馬鹿らしくなるのもわかるよなあ。大学行かなくてもいいじゃん。俺の大学は楽勝な大学だったから、参考書籍を読んでしまえば、正直、授業など出なくとも、高得点が稼げる講義が多かった。俺はちゃっかりしていたから、大学にちゃんと行き、出席した上で、授業ノートを売りさばいた。俺ねえ、学校とは相性良かったのかもしれない。だってさ、教育の現場って、一応矛盾がない建前の世界だからね。教育は人類を救う。それは、俺、そう思うね。何事も、知らないよりも知っている方がいいに決まってる。俺がビタミンCは、夜、摂取してはいけない、と知ったのはこの国に来て、初めて知ったことだったが、そういうくだらない知識って、今は日本でもテレビで流布してるかもしれないな。俺はテレビと縁を切って、もはや長い。テレビのくだらない番組に洗脳されたくないという理由だったが、そういうどうでも良いような知識を得るのには、テレビはもってこいなんだよ。ペットボトルを定期的に吸い込んで、顔のを消すトレーニングとかさ。


 まあ、金って、どうやって稼ぐかに寄って、いろいろ変わってくる。俺は不毛なやり方で金を稼ぐのは、ポリシーじゃなくて、人をしあわせにするためにやることなら矛盾はないが、勉強したって、それがしあわせに直結するかわかんねー、と考える講師だったから、俺には向いてないと思い、卒業と同時にやめてしまった。だいたいな、良い大学に入って、良い会社に入ればしあわせになるなんて、そんな簡単じゃねえ。そうだから、とりあえず勉強頑張れよ、いい大学にとにかく入れ、なんて俺、大嘘こけねえ。この倫理でいけば、「上手に自分や周りに嘘つける人間が、最も金が稼げ、成功できる」ってことになっちゃうじゃねーか。おかしいだろ。


 だいたい金というのは、が、金を稼ぐために奴隷になるべきじゃないような性質のものなんだ。、というのじゃないとダメなんだ。


 俺がバイトし始めた時、面白いぐらいに勝手に時給が上がっていって、地位もどんどん上がった。俺は真面目で細かいから、特にそうだったのかも知れねえな。


 事務のおばさんたちがたかだか19、20歳そこそこの俺たち講師に、ペコペコする。母さんみたいな歳の人から、尊敬されるみたいに大事に扱われ、俺は違和感よりも、矛盾を感じてなかった最初の頃は、とにかく期待に応えるべく頑張った。巨大なビルの中での夏期講習。俺、大学入ったのに、自分が受験してた頃と変わらねえことで金稼いでるの、おかしくね?まあいいや。朝から晩まで、クーラーの効いた部屋で、受験に勝つ方法を教える。俺は底辺だったから、ぬるいクラスを受け持っていて、とは言っても、馬鹿なんて一人もいねえから、やりやすいんだよ。


 このバイト、実はあの子に誘われたんだよ。大学入学してすぐにさ。だからさ、やっぱね、俺が好きになる人って、を引き出してくれる人なのかも知れねえ。あの子が試験受けるっていうから、俺もついでに受けたんだよ。俺がこういうの得意なのはさ、俺、見世物パンダ的なことにいつも慣れてるから。動物園の動物がパフォーマンスするみたいにさ。子どもたちは目を輝かせる。子どもはが好きだからな。俺はそんじょそこらの普通の学生とは違うから、「先生ってなんか面白いね」とよく言われた。子どもたちの方がずっと大人だ。俺は普通のフリをしたが、そんなのすぐに見抜かれた。俺は普通じゃないってこと。結構、俺の授業はそれでも人気があり、あっという間に俺はここではなのに、上の方の地位まで上がった。俺よりもずっと優秀な先生方には、俺はどこか引け目を感じていた。基礎になる地頭が全く自分とは違う。そういう先生方は、穏やかに笑っているだけだったが、俺は人間の頭脳のレベルの違いを、ここでも感じてた。人っていうのはな、環境が重要だ。自分よりずっと上のレベルの人たちばかりの中にいると、自分のレベルも絶対に自然に上がる。だから、子どもには「良い環境」が必須なんだよ。くだらない遊びでなく、目からウロコが落ちるような面白い遊びを与えるべきだ。


 俺はパソコンの組み立てとかは、やらないが、大人がやるようなことを、どんどん子供に遊びでさせるべきだ。俺は子供の頃、大学教授みたいな大人がいないか、ものすごく飢えていた。面白い話が聞きたい、と。普通の大人じゃダメだ。飛行機が空に飛ぶ仕組みを、ごく普通にわかりやすく説明できるような大人じゃないと、喋っても面白くねえぞ。具体的に数字まで入れて、説明できるようなやつが、周りにいたなら、子どもたちの未来は確実に変わる。とにかく、面白いやつが必要なんだよ。子どもは馬鹿じゃないから、知りたいことを教えてくれるような頭のいい大人が好きだ。子どもだからと、適当にごまかすような大人が多い中、俺は、大人になったって、馬鹿のままじゃんかと内心、思ってた。




 あの子が亡くなった後も、俺はそれでも、普通の生活を続けた。普通の大学生。バイトの日々。あの子が亡くなったこと、結構な確率で誰も知らなかった。


 人一人亡くなっても、何も変わらねえとか、異常なんだよ。俺はさ、全てにノーと言うようになったのは、多分、世界が異常なんだってこと、知っちゃったからに違いないね。どんなに大切な人が亡くなろうが、世界は何も変わらず、今までと同じく回り続ける。虚だよ。世の中というのは、空っぽのシステムだよ。そこにいる人たちなんて重要じゃなく、ただシステムが回るというだけのことで、誰がどこにいようが、どんなふうに生きようが、まるっきり全体と関係ない、システムは死ぬこともない、終わることもない、勝手な社会システムがそこにあるだけ。終わりはない。歴史の中で壊されようとも、また勝手に立ち上がってくるんだよ。もうどうでもいいよね。


 子供たちは詰め込み教育で、しあわせになれるんだろうか。


 俺は結局のところ、それにと自分で答え、放り投げてしまった。就職のタイミングもあった。俺はなんとか、自分の感覚を自由に表現できるようなジャンルの会社を目指したが、見事、全滅した。こういう話はまた別の機会だな。今だから言える。本当にくだらねえぞ。俺が過去に戻れるなら、俺に言う。嘘を見抜け、と。社会の成り立ちは、本当に、大掛かりな嘘で成り立っているのだから。今の学生たちはそんなこと、知ってるかもしれないな。俺は純粋だったから、世の中の建前を鵜呑みにしてた。


 俺は店を見て、Bに、ここはダメだ、と言った。何より狭すぎるし、什器を入れて、何か料理してとか、テイクアウトでも無理だ。無理だな。前のオーナーのカフェがうまくいかなかったのも当然だ。料理したことない人間はわからないかもしれないが、ここで何かまともな美味しいものは、たとえテイクアウトのスープでさえも作ることはできない。もともと、そういうために作られた場所でない。


 屋台のようにどこかで作ったものを持ってきて売るのなら十分かもしれないが、ということになる。俺には自信がない。何より俺は、採算度外視の男。そんなこと言わず、やってみたらいいのかもしれないが、期間限定ならともかく、ずっと続けるのは難しい。俺はこだわりがすごく強い。人参一つにとっても、これはいい、これはダメ、とはっきりしている。産地から何から気になって仕方ない。見てわかる、これはダメ、というもの。結局、値段じゃなく、単純に有機野菜、無農薬というのでもない。


 あのな、有機野菜の意味って知ってるか。日本じゃあまりまだメジャーじゃないが、そのうち5年もしたら、もうちょっと広がるだろうが。日本の国土は火山灰が元になってるせいなのか、本当に土が貧しいから、同じ品種でも全然、味が違う。日本のを食べると、本当に日本人のような味だと思う。結局、土が全てなんじゃないだろうか。有機野菜だからと言って、 むやみにありがたがるな。俺は自分の目しか信じないが、自給自足はしていない。本当は自給自足を勧めるぞ。ただし、海の底に沈まない土地を選べ。畑どころじゃなくなる。


 俺が気になるを貫けない以上、俺には向いてないポジションだよ。雇われて、ハイハイ、いうこと聞いていても、ある日突然、それはダメだろう、とか言わずにいられなくなり、結局、続かないのだ。、なんてそんなの、正直どこにもない。俺ねえ、もう、さっさとくたばったほうがいいんじゃないか、と思うのは、動く前にいろいろ考えて、身動き取れないせいだ。


 実際やってみりゃ、俺の想定したことなんて起こらないことが多いんだけどね。俺が出口を出る時って、常に誰かから気がした。


 お姉さんが言っていた。俺に株で儲けさせてくれたお姉さん。大企業に勤めてて、この話は一度したと思う。「岬くん、なんて、いかないのよ。それじゃになっちゃうわ。趣味ならいいけど、ことなんてできないのよ」


 俺はお姉さんのことが好きだが、お姉さんは大企業に勤めながら、自分で起業のチャンスを狙い、いろいろやってる人だった。俺がお姉さんのことを好きなのは、笑って世俗的なことも言うからだ。


「岬くん、いつか一緒にしましょ!」


 上品なお嬢さんのお姉さんが「ボロ儲け」なんて言う下品な言葉を使うのが、たまらなく可愛いのだ。俺は別にお姉さんに恋愛感情などないが、あの子をざっくばらんにしたら、こんな感じになるのかもしれない。


 厳しく、そして、本音で、このお姉さんは、ものすごく趣味がよく、話すことはなんでもを感じさせることが多かった。ワインの講座に通ったり、お華のお稽古に通ったり、マンションの玄関の漆喰を塗ったのも、実は自分という、なんでもできるだった。京都に芸者遊びに連れて行ってもらった時の話を俺に聞かせてくれたりした。一人で海外に旅に出て、おしゃれに過ごし、変な男に引っかからない。俺は、こういう自立した女性が大好きで、俺が「何でも世話しますよ」と言っても、俺なんかを頼ってくることが、ほとんどないのだ。


 面白いことに、最近のバイトを紹介してくれたのも、このお姉さんだった。俺ができることをして、金が稼げるように、と。俺は語学は苦手だが、この程度の語学でも、ガイドや雑用ぐらいはできるのだ。まあ、英語圏なら、何とか働ける程度の語学力。問題は現地語だ。現地語は壊滅的だが、それでも別にどこへでも一人で旅できる程度は話せるからなあ。底辺かもしれねえが、俺にだって、実は使い道がたくさんある。ネットで「お前コミュ障じゃね?」と言われたが、俺は苦笑した。確かにそうかもな。黙っていればわからねえが、ネットじゃ顔見えないから。俺は精神的には、コミュニケーションを拒絶したい方だ。俺が話したいやつっていうのは、なんて、どこまで俺は高飛車なんだよ、と。確かにな。俺は自分自身がつまらねえ男だから、面白いやつをここまで求めるのかもな。俺の目から鱗が落ちるようなことを、常に話してるようなやつと話してたいんだよ。


 「岬くん、タダってわけにいかないから、お金払うわ」


 お姉さんは、キャッシュでなく、振込できる仕組みを使って、俺に金を払った。何つーの、このお姉さんは只者でない。実は俺、禁を破って、名乗った。ネットで出会った人とは、絶対に自分の名前や住んでる場所を明かさないと決めているんだが。


 お姉さんと出会ったのはネットだった。俺が海外に出たばかりの頃だった。この国の情報を検索していて見つけた個人のサイト。あまりにお上品な良い雰囲気の人で、俺は詳しい情報がどうしても欲しかった。俺は、この国に実は住んでるということを隠して話していた。住んでる俺より、情報が詳しいのだ。能力のある人というのは、そういうもんだ。住んでる俺より、一流企業勤務の傍らに、語学学校に通い、コツコツ勉強し、現地語も当時の俺よりも喋れたお姉さん。俺は、こういう堅実な人に弱い。要するに俺は、のだった。


 メールで何度目かに話した時、父さんの大学のクラブの後輩が、お姉さんの会社の上の方の上司だとわかった。お姉さんは、雲の上のような人よ、と言っていた。


 「岬君のこと、話してね、それからわたしね、そっちの課に引き抜かれたの!」


 お姉さんはもともと、すごく感じの良い人だったため、そっちの課に異動になった。お姉さんの実力だろう。ただ、上の方の人と、何らかの形でもコネがあるのとないのとでは、こんなふうにちょっとしたチャンスも降ってくる、降ってこないの違いがある。遠くから見ているのと、実際に話せるチャンスと。俺は馬鹿だったよなあ、なぜ父さんのコネを最大限に就職で使わなかったのか。俺ねえ、就職にコネなんて使ったら、後から責任果たせないし、と思ってた。馬鹿だったねえ。どんな世界でも滑り込んで覗くことが重要と、今なら言うね。上に行けば行くほど、面白い世界が見れるんだから。


 実はお姉さんの弟さんは、俺の父さんの後輩ということになる。理系のエンジニアだった。分かりにくいかな。大学や高校、郷里の繋がりというのは、案外重要なんだよ。これは世界共通だと知ったのは、海外に出てからだね。自分が誇れる場所を選んで住んでないと、全ての繋がりがになってしまう。俺ねえ、もう一回同じ人生生き直せるならば、絶対、空手か体一つで戦える武道もっと子供の頃からみっちり、やるわ。やはり強くないとダメなんだよ。メンタル的に。男は結局、逞しく、図太くてだよ。俺、実は、涙もろいんだよね。そういう感じやすさって、男には邪魔だから。ほんとね、でもさ、ここだけの話、絶対にJさんもそうだと思うよ。まあねえ、こういうのは仕方ないね。さすがの俺も、人前ではメソメソ泣かないから、それだけで良しとするべきだね。


 お姉さんとメールでやりとりして、俺、もうこれは、と考えていいと思った。共通の知り合い。実は父さんの後輩と、俺、旅行行ったことあるんだ。クラブの団体慰安旅行。飲みに行ったこと、世話になったこと、実はお姉さんの会社にも足を運んだことがあったんだ。話すまで知らなかったんだけど、世界というのは、狭いね。


 まあ、何つーか、さすが、すげー大企業。綺麗なオフィスだった。俺、もしかして、その時におねーさんとすれ違ってたって、全くおかしくなかったんだ。


 父さんの後輩は、俺がやってることに興味持ってくれて、当時、力になってくれようとしていた。俺は梯子が欲しかったんだよね。でけええええええ、梯子。


 結局、あれってどうなったんだろ。使わなかったのかな。どでかい要らない梯子が欲しい俺ってなんなの、ってことなんだけど、自分で普通に買うとかレンタルするとか、工事現場じゃあるまいし、だからね。父さんもいろんなチャンスを俺にくれた。父さんはね、案外、俺がやることに、そういう意味では反対じゃなかったのかもしれない。ただね、海外には出るな、と言っていた。死んで欲しくなかったんだろうね。俺ね、未だに思う。海外だと、本当に些細なことで、死んだっておかしくないからね。日本にいる方が安全に決まってるんだ。今でもそう思う。だけどさ、どうせ人はいつか死ぬんだから、同じだよ。


 その関係で、父さんの後輩が紹介してくれたあのチャンス、俺ダメだったんだよな。やっぱり出会いというのは相性で、次に繋げてくれた人は、一応、父さんの後輩の顔を立てて、会ってくれただけで、まあ、一流な既に名のある人ばかりを扱う場所だったから、相手にされなかったのだ。


 と俺は思うんだが。


 本当に名前が通っていて、すごい人というのは少ないからな。俺は自分の目しか信用しない。俺が良いと思うものは、無名の人でも良いし、有名な人でも、大して、と思う。


 そこの場所の名前の通った人は、残念ながら俺にとって、だからどうしたの?という感覚だったから、最初から縁がないのも同然だった。いや、有名な人だよ。面白いことをやっていたが、俺ねえ、なんだろねえ、そこの場で俺が何かするような気は起きなかった。評価定まってるような人を扱う場所は面倒だよ。


 俺はで動けない場所は嫌だ。


 紹介してもらったのに、悪いことをした。俺、かなりはっきりしてて、好きな人は好きだが、そうでない人は、ほぼ縁がないんだよな。



 ちなみにこの件は梯子とは関係ないよ。



 俺の中の梯子のイメージってさ、天まで届く高さなイメージなんだよ。螺旋階段みたいなのでもいいが。聖書、真面目に読んだことある?


 考えてもらうとわかるけど、手すりがない階段が、そこまで高いと普通は怖い。

俺が考えることというのは、何の役にも立たないことばかりなわけだ。いろいろ知ってる人だけが、どういうことなのか、俺の無意識を分析するだろう。そうすると俺が、何も知らないのに、そういうことを思いつく不思議について、ユング的な何かを見出すわけ。これね、中学レベルの話だから。


 子供のように質問されたら、「自分で勉強しろよ」と俺は答えるね。俺の思いつきというのはね、純粋にであって、それって天から降ってくるんだが、無知と知はでなく、よ。わかったようなこと言って、煙に巻くなよと言うなら、脳の専門分野にいる人に同じことを言ってみて欲しい。「それって意味不明だよ」とその人が答えたとしたら、俺だったら「果たしてそうかな」と答えるね。



 俺がやることの全ては、そこにどんな意味があるのか、提示した段階で、わかる人にしか関係のない話になるんだよ。俺が面白いやつ、優秀なやつにしか興味ないのって、その提示された問いかけに対する答えが気になるからさ。


 面白いことを言うやつというのは、案外、外からじゃわかんねえ。まあ、学歴とか実際は関係ない。俺がというのは、なんだよな。そうするだけの価値がどこにあるんだろう。俺にしか、わかんねえか。



 まあ、こういう経緯いきさつで、だから、俺は自分の本名で挨拶することにしたのだった。本名って言ったって、そんな重要じゃないぜ。一応、生まれた時から同じ名前を使わなきゃいけないというのだけ、踏襲してるだけだ。俺にとって、名前など、単なる記号に過ぎないから、俺がAでも、Bでも、Cでも構わないわけ。このことは、俺が14歳の時、既にコンセプトがあったことだから、名前なんて本当に無意味なんだよ。ないと不便が生じるからついてるだけで、実際は「A-12946」みたいな数字でいいわけよ。なかなか数字から個性をイメージするのが難しいから、今現在、世界で使われている「名前の名付け」って、うまい方法かも知れねえが。



 実は、この話は、お姉さんのオフィスに、が置いてあったという、おまけ付きだった。俺、父さんの後輩に「いろんなお礼に」と、を差し上げ、まさかお姉さんがそこのオフィスで毎日それを見てたというのもすごい奇遇だった。微妙に申し訳ないね。


 どうやら、もらっても困るから、職場に飾っていたらしい。ああいうさあ、するようなことは、できないらしいな。会社としてやった善意で、お礼としてもらったものだから、会社に置いておくという。きっちりしてる人たちなんだ。当たり前だけど。そんな人たちでも、新聞を毎日賑わすような大事件になるんだから、適当なこと書くなよと俺はテレビも新聞も全く見ないが、そのいい加減さというものはいつも変わらねえなと思う。業界の慣習というものを、いきなりメスとか言うが、文脈をまるっきり無視してる。中にいる人間でもないのにな、歴史的に繋がってる風習とか、慣習とか、いきなり口出すなよ。いろんなことには理由があって、文脈をまるっきり無視したら、手術前の傷の消毒だって、変態行為と同義に近い行為かもしんねえぞ。


 俺、学生時代にそんな業界を目指したことが恥ずかしいわ。正義とか最も暴力的な言葉と知るべきだろう。どこの世界のどの正義なのか。何も知らずに拳だけを振り上げとけばいいと思ってる馬鹿は黙ってろ。


 今から思えば皮肉なことだった。俺の世界って、「自由なことニートの如し」なのに、バリバリの一流企業のオフィスの机の上に、があるって状態だから。まあ、マリアナ海溝のような深淵ギャップを現実との間に作り出すのがアートだから、そう思うとぴったりするのかもしれないが。


 そんなわけで、俺は、お姉さんと帝国ホテルでお茶したことを忘れない。なぜそんな場所だったかは忘れたが、ものすごく美しいプリーツの入ったキラキラ新品なイメージのスカートを履いていたお姉さん。頭の先からつま先まで、さっき生まれたばかりみたいな、まっさらなイメージの人だった。


 本当にね、イマドキ見ることのないくらい清潔感に溢れてて、スパンコールみたいにギラギラしたチャチな輝きじゃなく、真新しい眩い輝きを放った人で、いやこれは恋じゃない。お姉さんが話していた内容は、当時、そこの会社を席巻していたスキャンダルだった。新聞を連日賑わせていたが、俺の予測通り、ほぼなんだろ、トカゲの尻尾切りというか、業界慣習で当たり前だったことを今更、という状態で、仕方ないからスケープゴート立てた、そういう流れだったな。


 お姉さんは憤慨していたが、そう、こういう時、最も真正直でまともな人間が飛ばされたりするもんだ。狡猾な腰巾着でなく、な。


 まともであればあるほど、そういう目にも遭うってもんだ。出世のレースというのは本当に俺の目から見たらくだらない戦いに見えるんだが、民主主義や資本主義と同じような変質具合だ。こう言うと、お前、共産主義なのか、なんて馬鹿なこと言う輩が出てくるから言うが、今の社会主義国の共産主義はマルクスが唱えた理想とは程遠い変質具合だぞ。


 俺の知識って中学レベルくらいだから、俺の書くものはそれくらいの人が読むとちょうど良いかも知れず、できるだけ若い人に読んで欲しい。人生がこれからどうとでも変えられるような若い人なら、全ての社会の嘘を見破って、軽やかに羽ばたいてくれるかもしれない、と俺は期待して書いてるんだ。今の社会に順応しきった大人からしたら、俺の意見はキワモノのイロモノに過ぎないからな。今の世の中でまあ良いと考えるごく普通の大人が読んでも、もう遅過ぎるんだ。今から子育てのお母さんなら、子供の教育を頑張ってください。


 俺は、地位のある爺さん達ともよく話す機会があったが、終わってる。


 社会を変えようと思えば、変えられる立場に来て、わざと変えないのは、自分がこのシステムから恩恵を受け、利益を享受し、このシステムの維持のために選ばれた人間だからだ、と。


 良心ある爺さんだったから、退職後は、生きる屍だ。魂売ったら、そうなっても仕方ないな。良心がない人なら、むしろなんとも思わず、テニスクラブにでも通って、若い主婦のスコート姿にドキドキするのかもしれねーが、とにかく、日本にいても、良いことは起こらないから、出られる時に出た方がいいな。俺はそう思う。2011年に震災が起こった時、俺の見た未来が実現してしまったかと思う暇もないショックを受けたが、まだその未来は来てないらしい。俺の見た未来は、今やパラレル・ワールドに横滑りして変わっているならいいが、もしまだ同じ時系列のままなら、どうすることもできない壊滅的な被害がまた起こる。俺が日本を出たのは、そのビジョンを見たせいなんだけど。こういう話はデリケートだから、あんまり言いたくないんだが、全ての選択は自分に委ねられる。まあ、俺の話を真剣に聞いて、まずいな、と感じた人は既に日本から出てる。結構な人が出て行ったと思うよ。直感で生きた方が良い。サバイバルに興味があるのなら。まあでも、どうせ死んでも、また生まれ変わるからね。それが必要なら。


 俺は厨房で働いた経験はないが、よく知ってる。腰にくる肉体労働だ。軟弱な俺には向かない。俺、まあいろいろ経験してるが、傷だらけになった指を見て、これは無理だな、と何度も思ったりだ。まあ、働くってそういうもんだから仕方ない。今の日本の働き具合だとそうなる。海外も激務な場所はそうだが、この国だと、パン屋でさえ一ヶ月近く夏休みあるからな。日本の働き方は異常としか言いようがない。命削ってる感じ。


 俺が海外に出た理由はここにもある。日本で生きる以上、人間らしい生活は無理だ、と思ったから。だから、間に合う人は是非、今すぐ海外に出て欲しい。語学も英語くらいなら、何とかなる。ただ、アメリカの場合、日本とそう変わらないかも知れないんだよなあ。アメリカも休みが少ない国なんだよ。アメリカ人の友人と話してると、アメリカと日本は本当に連動しているから。親分子分だから仕方ないんだが。


 すごく注意深い俺でも、爪がボロボロになり、指先が痛み、どうしたものかと思うことがよくあった。まあ俺程度の働き具合でそうだぞ。兄貴なんて、死ぬほどの思いで働いてる。うちの父さんもそうだったが、そういう「人を絶対にしあわせにしない社会のあり方」っておかしくないか?死んで早く楽になりたいと毎日願いながら働くって拷問かよ。誰も異議を唱えないのはおかしい。俺が海外に出たのは、「日本は完全に何かがおかしい」と思ったからなんだが、外に住むと、日本にはもう住めない、と思う気持ちでいっぱいになる。かといって、語学の問題があり、その壁を破るには、一から赤ちゃんにならないとダメなんだよな。特に英語以外の第三の語学は、また一からかよ、という道のりの遠さだ。


 せめて英語が母国語であれば違うんだがな。そう、ここの現地語が母国語なら、英語なんて楽勝なんだよ。だから、やっぱり、ある意味この国に生まれていた方が得だったかもな。周辺諸国の言語と共通項がすごく多い。語学が簡単にできたら、それだけチャンスが広がる。語学の話はもっと後で機会があれば書く。


 赤ちゃんの時が重要だ。しかもな、対人間とのコミュニケーションで音を聞かせないと全く効果がないということが実験でわかってる。DVDやCDを流して音源を聞かせるだけでは効果がないことがわかってるんだ。17週までだったかな。そこはちょっと忘れた。その時期に、人間がその言語を使ったコミュニケーションを赤ちゃんにしないと、その後は決して形成されないことがわかった。音の違いの認識が、それ以後はできないらしい。


 とはいえ、語学は勉強したら、した分は何とかなるから、した方がいいぞ。日本人の親を恨んでも仕方ないから。


 俺はいろんなバイトをしたが、結局のところ、何が一番向いているのかは、未だ分からなかった。金を稼ぐって意味でな。俺が生涯かけてやりたいことははっきりしているが、それでは食えない。俺はひどく感覚的な気まぐれな人間で、基本ベースになってるのが、肉体を運営していくのに、性質の人間だった。



 結局、俺はBの一緒にカフェやろうぜ、って話、無理、と蹴った。お前、料理できないってことはだな、お前の言うこと聞いてたら、あれもダメ、これもダメ、と俺が動けなくなる。Bはものすごく不器用で、綺麗なキッチンに整理して、毎日使っている道具、パスタの網だとか、鍋だとか、よくわからん見えないところにしまってしまうような男。料理も知らねー、できねーくせに俺に指図すんなよ。


 俺は、Bが、何も知らないくせに口出ししてきて大げんかになるだろう未来を予測し、俺、こいつとカフェは無理、と思った。少なくとも現場に立つなら、Bにできるのはウェイター、掃除。Bに経理はできるだろうが、料理のパートが俺だけとか心許ない。Bは人参の皮を剥いたりはできる。コンセプトによるだろうが、飲食店は薄利多売。回転が良くないとダメだから、そうなると俺みたいなタイプだと現場には向かない。小さく動いて大きく稼ぐ、がモットーの俺が、最も安い時給で働いたのは「旅行業」・「デザイン業」くらい。自分がやりたいことなら、安くてもやってもいいという動機で、あまり稼げない「クリエイター業」、「なんちゃって屋台小売業、後は単発のピンチヒッターのバイトだけだった。正社員がいいのは言うまでもないが、ルーティーンの仕事は俺は続けられない宿命にあるらしい。海外でごく小さな会社をで立て、潰し。俺ねえ、金稼ぐ気ないのかな。稼げるバイトしちゃうと、稼げないバイトする意味がなくなってしまうから、仕方ないな。俺が安くても働いた理由は、経験値をあげたかっただけというのがほとんどで、今や漂流中だから。


 この国でピンときて「雇ってくださいよ」と言ったら、いいわよ、と言われた業種があったんだが、「運転免許必須」と言われてしまい、俺はここでつまづく。俺からのアドバイスはねえ、「なんでもできるに越したことない」ってことだよ。俺ね、運転は本当に俺にとって鬼門のジャンルだから、あっさり諦めた。


 俺、カフェするなら、「家賃は払わなくて良い」という条件でないと無理だから、とBに言った。家賃を出してカフェなどしたら、借金で夜逃げしないといけなくなってしまう。


 俺の従姉妹の夫がそうだった。黙って企業し、カフェまで手を伸ばし、結局、会社を倒産させたばかりだった。そいつは、まあ、日焼けしたスポーツ系のガタイの良いイケメンだったが、俺とは本当に馬が合わない。俺は珍しくニコニコできず、ちょっと黙れよ、と言葉にしてしまう始末だった。あまりにも頭が弱く思えて、我慢できなかった。俺には珍しいが、とにかく勘に触る男。まあ、黙れと言ったのは、酒の場でBに日本語の卑猥なスラングを教えようとした、というくだらない理由だが。当時まだそいつは会社社長だったが「お前、話すこと他にないのか」と思ってしまって、悪いがその後、結局、経営がうまくいかなくなり、会社を潰したと聞いても、やはりな、と思っただけだった。無情かもしれないが、馬鹿だと無理だぞ。勝てば官軍だが、負けたら悲惨なんだよ。


 もうちょっと行儀よくしろよ。俺は、チャラけたスポーツマンは大嫌いだった。俺が好きなのは武道系の寡黙な系統の男なので、本当に馬が合わなかった。たとえやつが成功していても、俺とは没交渉だったに違いない。だいたい身内に黙ってカフェ経営、って時点で終わってる。飲食店なんていうのは、まず身内に来てもらって宣伝してもらうくらいじゃないとダメだ。どこが良くて、どこがダメなのか、最初に見てもらって、直していかないと。これじゃうまくいかない、と思う店は、客にとってどんなに良い店でも、確実に潰れる。「客にとって良い店」が、経営が上手くいき、続けられる店じゃないのが、飲食店の怖さなのに。


 飲食店だけに限らないが、「惜しまれながら閉店」というのは本当によくあるのだ。俺は、「どんな経営してもとりあえず潰れない」という祖父の経営例を見ているから、商売はストラクチャーが最も大事だ、と考える。最初の段階で、上手くいくのかいかないのか、ほとんど決まってしまう、と考えている。もうコンセプトの段階でほぼ決定だ。俺が何もやらないのは、うまくいく気がしないから。


 とはいえ、そんな感じで俺たちは、何をやれば、なんとか出口が見つかるか常に模索した。このままで良いわけがない。結局、Bは、俺と何かやるなんて夢物語は捨てて、普通に就職する。まあ、当たり前だな。俺もこの国だったら、そうしたい。この国なら、「雇われて働く」のが最も割りが良いのだ。真面目にそうなんだよ。最も割りがいい。だいたい考えても見ろ、夏休みだけでそんなに長いんだぞ。おとなしく普通に雇われている方が、ずっといいじゃないか。おまけに労働者に優しい。失業保険は2年も出るし、医療費のカバーの範囲なんて、日本の比じゃないぞ。


 ま、この国も未来はわからないがな。とにかく、日本がダメなら、海外に出て、その国もダメなら他国に移動しろ。俺はこの国の美学が好きだから、まだ出ないが、金の切れ目が縁の切れ目だから、そうなる前に、なんとかしなきゃな。

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