第135話 王子くんの値段


 実は王子くんがそうだった。俺は大枚叩いて、ものすごく友人値段に値切って、学生の王子くんの作品を買った。俺の夏バイト、1ヶ月分の値段だ。俺って目があるな。自分が当時使った中で、最も高額な買い物だ。俺は時計にはほぼ興味ない。幸いだ。時計を集めているのは兄貴だが、高額なものを趣味で集めるなんていうのは、本当に金を食っていくから。 


 御影石なので、外には置けない。雨風で劣化するから。家の中に置くにはデカすぎるが、もう仕方ない。当時、俺が将来、海外に住んだら、そっちに送ると言ったものの、その約束が果たせてない。当時の俺、まだ海外に出ていく足がかりはなかった。そのことを思うと、やっとここまで来たんだがな。


 庭のある屋敷を買うところまで漕ぎ着けた。やっと約束、果たせると思った矢先だった。俺には野望があった。


 こんなに金に困っても、まだ金を使う気だ。無茶だな。家の穀潰しだな、俺。


 今、同じレベルの大作は、もう王子くんには作れない。今の小さい作品であの値段だから、俺の、男が最低3〜4人いないと運べない馬鹿みたいに重くて大きい作品は、今や価格が高騰し、良い車が一台買える値段となった。王子くん、やったな。俺が見込んだだけのことはある。ただ単に見かけがいいだけじゃなかった。本当に王子くんのガッツには頭がさがる。口ばっかりの俺なんて、王子くんの足元にも及ばない。


 もし落としたら、大怪我するから下手に動かすこともできない。実家のリビングに置いていたが、幼児たちが滑り台のようにきゃっきゃ使うため、困って毛布で包んだ。これは王子くんには内緒。傷がつくより、ましだ。


 俺は、洋服についてるボタンや金具で傷がつくこと、子供が万が一、怪我したら大変だと思い、気が気じゃなかった。母さんの家には、従兄弟たちの子供が集まる。つかまり歩きヨチヨチで丁度いいような遊び道具になって。いつまでこんな、布団で包んでなきゃならないのか。


 俺が使った金の中で、唯一生きた金になったわけだが、ハハッ、かと言って、俺は売る気がないのだから、そんなもので金儲けはできない。俺は、案外、そういうものには投資してこなかったから、もっとちゃんと標準合わせてコレクションしておくべきだった。俺は、気に入ってるから買ったんであって、金に困ったって、売り飛ばすことができない。あれ、俺の墓にしてくれ、って言ってるくらいだから。


 俺も兄貴も、王子くんの作品は、自分が買えなくなるくらいまで一応買った。

高くなりすぎると買えない。そのあとは小さなものばかりだ。ある時から購入が無理となった。もう高すぎて手が出ない。


 そういうことはよくあった。高すぎて買えない。もう一人好きな作家を思い出したから、また書きたい。


 王子くんは今、百貨店の中に作家として入ったから、馬鹿高くなった。言いたくないが、先生と呼ばれるようになった。俺が欲しいような大きなものは何百万とかする。ものすごく欲しいものがあるが、俺が一儲けしないと買えない。なんとかして、馬鹿みたいにぼろ儲けしたら、王子くんの作品をこっちで作らせることができるんだが。


 王子くんは相変わらずの容姿だが、その容姿を使ったというのが一切ない。むしろ男の場合、見栄えが良すぎると舐められる。王子くんは実力でそこまで行って、当たり前だがそんなもの、通過点に過ぎない。俺らにとったら正直、まだまだ階段が先にあるから。


 さっきのお姉さん、日本人だから、日本的なデザインを安く簡単に請け負ってくれるかな、と思ったが、相性あんまり良くなさそう。もしかしてものすごく安いかも、と思ったが、聞かなかった。デザイナーが名刺を自宅のプリンターでプリントアウトしたやつ使うとか、ありえない。俺は名刺見た段階で、これはない、と思った。


 俺な、思ったことは言わない。絶対に。俺が思ってること、めちゃくちゃに辛口だろう。父さんがそうだった。円滑な人間関係を考えると、思ったことを絶対に口にしてはいけない。貴様何様?となってしまう。


 俺のストレスというのは、自分の実力と環境が全く釣り合ってない。俺は、バイトあったら回してくれませんか、何もできないけど、というようなチンピラで、お姉さんは、バカなんじゃないの?と思ったと思う。


 俺の心の中なんて、誰にも知りようがない。俺のこの全ての不釣り合いなアンバランスさを是正するには、バイトしかないと思ったが、おとぎの国では堅気カタギのバイトでおとなしく成功したのに、この国ではバイトなどないのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る