第35話 スーパーで。 

 

 俺は食料品を選び、列に並んだ。レジのおばちゃんが片手を上げて俺に挨拶する。


 俺はどこでも狭い村のように振る舞う。だから、お店の人で俺のことを知らない人はいない。どこにいてもそうなる。それは俺にとってごく自然なことで、レジの女の子が、おもわず笑って、隣のレジの人に耳打ちするのが、よく聞こえたりする。


「ふふ、あの人、面白い」 


 まあそんな感じで、俺はリアルでは人と付かず離れず、全く名前も知らない人とそんなふうに付き合っていくことで、本当の孤独感からは逃れて生きてきた。単にすれ違う人であれば、本当に自分にとっては安全圏だから。


 お店を出たら、お店の前に座って物乞いをしていた人が、俺を呼んだ。


「おーい、にいちゃん、今日もカッコいいな」


 俺は笑って片手を上げた。今日はノリノリだね、そのバルーンどうしたの?


 おじさんは、バルーンに囲まれて地面に座ってた。多分、その近辺で何かイベントがあったんだろう。


 実はあのおじさん、俺が前住んでたアパートの隣に住んでたんだよな。


 俺は入り口で出会った時、びっくりした。何、おじさんここの住人なの?


うーん、なぜ働けなくなったかは知らないが、物乞いって「実入りのいい職業」なんだなあ…


 俺は最初、この街に来た時に、いつもいくスーパーの前にたむろしてる奴ら、怖いな、カツアゲされたら困るな、と思ってた。すごくイカツイ。力づくでカツアゲするようなやつらに見えた。


 でも毎日会ってると、なかなか普通に「いい人たち」なんだよ。俺は一度、たくさん作って食べきれなかった寿司を夜中に持って行ったことがある。冬だったから、さすがにいないけど、寒いから傷まないだろ、と置いて帰った。


 当時の俺、ナマモノが一晩越すと、たとえ冷蔵でも怖くて食えなかったからね。もちろん、コンビニやスーパーの寿司なんて食えない。


 寿司屋のカウンターも最後に行ったのはいつかというくらい前だ。寿司怖くなっちゃった。


 まあなんていうか、乞食に対する目線も、日本と違うよな。日本だったらもっと風は冷たいわ。俺、本当に困ったら、物乞いする。真面目に考えたことがあったが、Jさんは何と、友達と試したことがあるらしい。


同じこと考えるのがびっくり。


 ちゃんと寄付してくれるらしい。座ってると。世の中捨てたもんじゃない。


 さすがにJさんは立場が立場だから、慌てて、小銭を持って追いかけ、一応冗談です、と言って返したらしかった。


 国家公務員が物乞いするとまずい。


 俺は、そんなことを思いながら歩いてたら、前から作業してたのかな、というような、赤いズボンの優しそうなおにーちゃんに、やあ、と声をかけられた。


君、そのハットカッコいいね。


 どうも、と俺はその人の顔を覗き込んだ。なんかすごくスレてない、素直な感じの空気がきた。


俺さ、実は……3日ほど何も食ってないんだ、だから……


 そのにいちゃんは、そう言って言いにくそうに指を丸くして見せた。


 普通誰かにタカル時って、職業的にやってるやつか、そうでないやつかはすぐわかる。


 失業中なのか?


 男はそれには答えなかった。俺はなんとなく、この人、工事現場で働いてて、まだ給料出てない、と思った。だって、この辺じゃ見ない顔、あそこの大きなマンション建設で来てるんだ。


 この人、ちゃんと働いてる体だ。


 俺は、なんとなく財布の中を見た。普段だったら、ごめん、俺も金ないと通り過ぎる。だって本当にない。


 その時はたまたま、コインを持ってた。これあげたら、俺パン買えないんじゃ、と思ったが、なぜか男に俺はその大きなコインを二つ渡した。


 おお、ありがとう。


 男はちょっと驚いた。俺にもわかる。俺もこんなにたくさんあげたことない。初めてだ。俺と離れた後、振り返ったらもう一人にも声かけてた。まあ、4ユーロだと、ちっちゃなペストリー系パン一個と飲み物でギリギリだ。この国の物価は馬鹿高い。田舎であってもそうだ。


 日本だとちゃんとした弁当みたいなのがうっかりしたら買えるのにな。


 あの人、食べてないっていうのは本当に感じる。工事現場で働いて、長く食べないのは辛い。物乞いでずっとやってる人は、あんな雰囲気じゃない。ギリギリ踏ん張ってるんだ……


 俺は、ギリギリでそうやって踏ん張ってる人を結構見てきた。俺自身、金がなくて、バスに乗れなくて、仕方なく歩いてたら、何度もバスの運転手に拾われた。


 にいちゃん、乗ってけよ。俺どうせこれから車庫だからさ。


 タクシーみたいに乗せてくれた。俺は日本でも、海外でも、そういう人の親切に本当にいつも会う。なんだろうな。


 俺が来たばかりの頃、優しいお姉さんに教えられた。いくらかわいそうと思っても、物乞いにお金を上げては絶対ダメよ。


そう教えられた。あの人たちは、そのお金でお酒を買ってしまうから。


 もしどうしても気の毒と思うなら、食べ物を寄付する団体にお金を寄付しなさいね。


 俺は、日本では生きていけないとよく思うが、この国ならなんとか生きていけるような気がする。


 俺が今日、こんなにたくさんお兄さんにコインを渡したのって、ある意味お布施みたいなもんなんだろう。俺、ロクでもないからな。


 言っとくが今日は気まぐれだ。俺は普段、寄付なんてしねえ。

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