第11話 スピンオフ 帰国後〜ゲスト~藤浪保
※(ずっと前に書いたもの、手を入れずに出します。かなり違うということがわかったんだけど、全然関係ないパラレルなスピンオフとして読んで。)
おばさんのところから帰った俺を待っていたのは、予備校の後期夏期講習だった。
夏休みなんだから、いっそのこと、もうちょっと長く、海外で遊ばせてくれれば。でも、同時に、おばさんちでも結局、勉強してるんだから、予備校でも変わらない、という思いがあった。
さすがに、退学になるのだけは避けたい。正直、観光してても、俺は上の空に近かった。おばさんが気分転換、と気を使ってくれても、俺の目の間に横たわるのは、暗黒の未来の光景。俺が思わずえろチャットに希望を見出したのも、言葉も通じない国で、一体俺にこれからどうしろと?という絶望が大きな理由だった。
俺は誰かと本音で話したかった。俺の本音って、えろチャット?思わず自分で苦笑するが、「なんでも話してください♡それであなたの気持ちが楽になるなら、なんでも聞きます♡」なんて言われたら、俺は……。
実際の女というのは、わたしのことだけ、見て!!と言わんばかり。今日あんなことがあったの、こんなことがあったのと、常に自分のことで
でなきゃ、すっごい嫉妬深い。一緒にいる俺がチラとでも、よそ見すると怒ってすぐ拗ねる……他の女と喋って欲しくないだとか、付き合ってもないのに、なんだよその独占欲は。うっかり付き合ったら、どんなことになるか。俺は、向こうからやってくる女にマジろくなのはいない、と、お茶を飲むことさえノーを貫いていた。顔がかわいいとか綺麗とか、そんなの関係ない。俺がとてもシビアなのは、自分の顔、家族の顔を毎日見てるせいだ。美しい女とか、そんなの別に俺にとって高得点にならない。それこそ家族親戚は全員美形揃い。容姿が「綺麗」なことはごく基本で当たり前だった。
俺、そういう女ばっかりを見てきたせいで、女性観に問題あるのかな……。
英語はギリギリ何とかなる。問題は、数学、物理、化学。特に数学が絶望的だった。俺は、小学校の算数の段階から、苦手だった。物理や化学は暗記してしまえ、とできたとしても、抽象的な思考がうまくできない。数字、時間の概念というような、最も基本的、かつ分かりやすい設定でさえ、そういう約束事を踏まえて「とりあえずの解答」を出しましょうということに同意できなかった。
その設定、約束に、まず納得がいかない。その基本設定が揺らいだら、全く意味なくなるんじゃないのか?数字の1や2でさえ、ここで設定される1は、別の角度から見ると、実は1でなく、2かもしれない、と余計なことを考えてしまう。スッパリと、今回はその設定でとりあえず考える、と思うことができれば。
俺が小学校の算数ができなかったのは、「とりあえずの仮の設定で出す答えなどに意味はない」と思ってしまうことが原因だ。意味ないと感じると思考がそこに止まりがちになる。だから正直、勉強したからってどうにかなるような気がしなかった。問題はもっと哲学的なところにある気がした。数学をゲームだと考えることができれば。俺はもうちょっと「答え」について関数的な感覚で懐広く受け入れてればよかったのかもしれない。ここに何かを当てはめたら、この方程式を使えば答えは出る、とかそういうことだけでも、「よし、そうします」と思えれば。そう思えるなら、数学は便利だから、受容しようと思えるかもしれない。
とある全体を分けようとして、とある全体が限りなく広がり続けることをイメージするような俺は、ごく簡単な問題の前で、分けたら分けた部分からまた新たな分裂が始まり増殖するといった、自分じゃ受け止めきれない現実をいつもイメージしてしまう。小学生の頃から俺にとって算数、数学の存在というのは、ケーキを同等に人数分に分けるようなわけにいかない代物だった。
「……岬、帰ってたのか?どうだった?」
柔和な笑みを浮かべ、すっと隣の席に座ったのは、保育園から一緒だった近所の幼馴染み。うちの学校は全国区だから、保育園から今まで一緒だなんて、本当にレアなケースだった。
「どうって何も……」
俺はムスッとした顔で答えた。まさか、おばさんちで「あんなこと」があっとはとても言えない。
「ふーん、ま、俺ら遊んでる場合じゃないしな」
藤浪保は、さらっとそう言って、さっさと自分の勉強に戻った。俺にとって、数少ない友人と呼べる男が保だった。さすがに俺のこともガキの頃から見慣れてるし、だいたい類は友を呼ぶってやつ。
保は男には体感温度低めだが、実はよく気がきくし、社交的。女の子にはすごく甘い。面倒がらず、他校の女と写真に収まったりもする。ずっと学級委員で、典型的な優等生だった。多分、保の場合、戦略的に彼女を作らないんだなと俺は思った。勉強の邪魔になる。保は生徒会では書記をしていた。生徒会長は辞退するが、書記ならできる。そういう男だった。
保にはどこか、馴れ馴れしくしにくい空気があって、多くのクラスメートが一目置いて、距離をとっていた。なんというか、親しいつもりでいると、肩透かしを食う。俺の場合は、全く気にしていなかった。そういう冷たい温度感の方が、むしろ自分には合っていた。
突然にテキストから目をあげて、白い建物の窓の反射が眩しいのか、目を細めて保は言った。
「お前さ、退学はさすがにまずいだろ」
俺がびっくりして黙ってると、
「俺が勉強見てやってもいいんだぞ」と言った。
「いや……それはありがたいけど……」
俺は、何、今日は優しいのか、と「ごめん、そういえば土産とかないぞ。すっかり忘れてたわ」と言った。
保は「そんなの最初からあると思ってない」と言い、「土産どころか、お前、今、人生詰んでるだろ」と言った。
俺は「さすがの俺も、死にてーわ」と本音を漏らした。「学校だけでなく、家から叩き出される3秒前ってやつ」
「どこから3秒が出てくるんだよ」と保は頰を緩めた。
「…で、交換条件は何?お前、タダで俺に良くしてくれるとか、ないのわかってるぞ」
俺は、保の横顔を見た。早速、赤点取ったら退学の話まで伝わってるとは。
軽くショックを受ける。「放校」の事実が「現実」として俺の前に迫る。
学年、学校で一二を争う成績優秀のこの男だが、幼馴染みに対する「単なる善意の申し出」ってわけじゃなかろう。
「……そうだな……じゃ、お前がそう言うなら、お前のコレクション、それと引き換えで教えてやる」
こっちを見もしないで、仏様のように微笑んで言った。
「いやそれは……」
俺だって集めてるし、もう手に入らないし……でも、まあ……2枚あるやつなら、と俺は渋い顔をした。
昔、兄貴と出かけて行った時のやつがある。兄貴はとっくの昔にそんなの卒業してて、俺に全部くれたはず。それ関連は全て箱に収めて、大学に入った時に俺にくれた。いいよ、そこからなら。まさか「全部寄越せ」とかじゃないよな?
「はは。俺は鬼じゃないぞ」
保は机の上できちんと教科書を揃え、さっとカバンの中にしまった。
「じゃ、交渉成立な。休み明けのテストで赤点にならないよう、僕が見てやるよ。言っとくけど、スパルタだからそのつもりで」
〜〜
追記 これ書いたの大分前なんだけど、二、三年前?
2020年、藤浪くんがなんか賞とって書籍化決まった。おめでとう!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます