岬の別の顔 ~ パラレルに住んでるそれぞれの岬

第14話  本当の俺はどこ?


 俺は母さんに電話して、なんとなくのことを近況報告した。


 俺さ、いろいろネットで知り合った人に言い当てられて、驚いたことがあるんだ。俺さ、周りに合わせて「周りの求める自分」になってるんだって。俺、すごく当たってて驚いたよ。


 母さんは驚いたように「本当に?私にはそんなふうに見えない、むしろいつも誰と一緒でも同じに見える……」と言った。


 そう見えるだろ……実は違うんだ。俺は、だから友人が全員集まると、誰に合わせればいいのかわからなくなるんだ……だから俺の「平均値」を見せて無難にしなきゃならない。だから、一人一人と会うのはいいけど、みんなで会うのは嫌なんだ。


 俺はそう言った。俺は、誰からも同じように見えるように努めながら、実は、それぞれの友人の前で全く別の顔を見せている。だから、うっかり三人で会うと、後から「お前、なんで、あいつにだけは気を遣ってんの?」と言われたりすることがある。相手が心地いい人間関係でいるために、無意識で相手が好きなタイプを演じてしまうんだろう。そいつは医者で、訪ねてきた奴も医者だ。同じ医者なのに、どこが違うのか。はっきりは言えないが、専門が違うんだ。


 医者でも、エマージェンシーな局面にいつも対応しなきゃならない、カミソリのような奴と、滅多にそんなことにはならないから、のんびり仕事してる奴と、いろいろだ。まあ俺はそんなことは言わなかったが。ただ「あいつには頭が上がらないんだ」と言った。だって、俺、あいつのものすごく綺麗なまとまってるノートには本当に世話になったから。


 俺は、外から見て、全くわからないように、にこにこ笑って過ごした。誰も気づいてない。俺が、引き裂かれそうな思いで、なんとか平静を保とうとしていたこと。知らされなかった奴は、俺の変化を全く知らない。


 俺はむしろそのことが、ある意味、戦略として当たってた、と思った。それって、そうすることで俺、なんとか自分を保つことができたから。何も知らない奴は、ごく普通に俺に接してくる。俺は、平気を装うことで何とか、この局面を乗り切った。知ってる奴は、俺に腫れ物に触るように接する。ありがたいことに、ほとんどのやつが知らない。中学から知ってるそいつは、あの子のこともよく知っていて、俺はだからか知らないが、医者になってもごく普通に付き合ってた。元カノとか知ってるし、旅行にも一緒に行ったことある。そいつの紹介でそいつの実家でバイトもしたことあるくらいだ。


 今回、俺はすぐ近くにいるそいつに、何となく携帯メールで話した。そしたら、家族でこの夏はすぐそこの島にしばらく行くんだ、と。じゃ、この夏は、会えないな。お前、この辺に来ることあったら、連絡してくれよ。


 俺はどうしても言えなかった。ずっと痛みが続いて変なんだ、と。短いメッセージをやりとりして、言い出せない。書けない。


 あの島に一緒に行ったことあるな、懐かしい、とそいつは言った。で、何でか知らないけど、その島は前付き合ってた人がいるとか何とかで、俺は何気なく、うっかりしたことを書いてしまった。


 お前あの時さ、覚えてない?俺に送ってきてくれた暑中見舞いのファックスにさ……


 俺は、ちょっとさすがに気が引けて伏字にした。そいつは、何だ何だ、覚えてない、何だっけ?としつこく聞いてきた。


 いや……今一人でいるのか?


 一人じゃないと言う。じゃ、言えない。仕方ないから俺は伏字の病名をもう一文字だけ明かした。長い病名だから、伏字がほとんどじゃ、きっと関係者じゃなきゃわからないから。


 いやいやいやいや、それはあり得ない、俺、その病気かかったことない。自分がかかって覚えてないってことはないから、と言った。


 まあ、自分の中では珍しい病気で、普通は純粋でない異性交遊で感染機会が増えるやつだから、今の相手はいかにも不味そうなプロファイル、なるほど、危険だな、と。こいつ、無防備というか、だいたい俺に喋っちゃう時点で、大丈夫なのか?普通、口に出すのは憚られるだろうに。当時、ファックスで、誰でも目にする事務所のファックスに直接私信を送ってきたから、誰が読むのかわからないのにいいのか?と、記憶にはっきり残ってた。


 どうやって治療するかな、服薬か?と思ってたんだが。ファックスには、この夏は〜〜〜〜〜〜の治療で大変で、と書いてあった。


 そいつは、あり得ない、自分はかかってない、全く覚えてない、と。まあ、良い夏休みをな、とやりとりは終わった。


 俺も、自分のことじゃなく、患者のことかもな、と返事して、やりとりを終えた。


 服薬治療の病気なら、治療が大変ってことはないだろ、と思ったんだが、もし違うなら、確かに大変そうだ。でもうっかりしたこと言うと、また他の医者に「岬が面白いこと言ってた」と転送していいか、と聞かれるから、俺は黙ってた。


 まあそんなやり取りの2日後、俺は微妙な痛みとエコーの結果で、とうとう、もう一回送った。「ごめん、この間な、言いそびれたけど、ずっと痛みがある。まさかと思うけどこのエコー結果まずいか?」


母さんに言わせると、だからさっさと医者に行け、と言ったのに、と。


 いや、俺、いつも調子悪いから、また同じだと思って放置してた……


 母さんは、友達に聞くより、ちゃんとお金払って医者にかかりなさい、と言ったけど、ごめん、俺、医者って全く信用してないからさ。友達に聞く方がましかな、と。


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