第5話 転生したらせ○○○きだった件

 いつになったら無になるのだろうか。

 ここはどこ? 私は誰?


 ──そもそも人間に転生しているようには思えないから「私は何?」か。


 周囲に音はない。じっとすることを強いられている。

 これはこれで苦痛だ。

 せめて何か仕事をさせてくれ──ってこれではまるで社畜ではないか。あの頃が懐かしい。


 身を削るほどの仕事はしたくないが、することがないのも辛い。そういえば新入社員だった頃、こなせる仕事はほとんどないがかといってスマホを弄って過ごすわけにもいかない。

 時がここだけゆっくり流れているような感覚に陥る。何度も壁掛け時計を確認するも、全然進んでいなかったことを思い出した。


 ガチャ──


 ドアが開いて誰かが入ってきた。

 こちらに歩み寄ってくる。


 突然、強制的に顔がグルグルと回転させられ、首を左右に何度も往復することを強いられる。


 ──俺、扇風機だ。

 前世といっていいかわからんが、ネコ草よりしんどいぞこれ。

 掃除機だったこともあるが、家主が掃除をするときだけ動けばいい。適度な仕事と休息。ある意味良かった。

 今度は下手したら家主が部屋に居る間ずっと強制労働だ。

 しかもそうそう壊れることはない。


 このまま扇風機として長い人生ならぬ扇風機生を送ることになるのか。

 落ち込む。

 まだご主人様の性別は判らないが、それなら女性がいい。


「さすがに扇風機だけだと厳しいわね」


 声の主は女性だ。

 少しは救われる。


「ホントだな。最近一気に暑くなってきたし、クーラーつけるか」


 なんだと──


 どっちだ。男が女を連れ込んだのか、その逆か。


 ピコーン。

 男がエアコンのリモコンを操作しているとき、スマホとおぼしき何かが音を立てた。目が見えないのだから仕方がない。だがあれは、メッセージを受信したとき特有のものだ。


「ちょっと!」

「え?」


 女性が声を荒げる。

 ははーん、さては浮気していて別の女性から愛しのメッセージが通知として画面に表示されてんだな。修羅場になる。


 案の定、大喧嘩が始まったようだ。

 ときどき、派手な音がする。


 もしかしてと思った瞬間、何かが俺に体当たりをしてきた。

 顔面が剥がれ落ちる。4つある瞼のうち2つが折れてしまった。


「落ち着けって!」

「落ち着けるわけないでしょ! 出てって!」


 男は去ったようだ。


 しばらくして落ち着いたのか、ボソっと口にした。

「もー、壊れちゃったじゃない。今度捨てないと」


 女性の家でしばらく過ごせると思った。しかしそれは一瞬のことだった。

 程なくして回収会社によってどこかに運ばれ、スクラップされるところで意識が途切れた。

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