人生なんて、くそくらえ。

七味

変わらない毎日 -Izumi.H-




ちらつく街灯、響く酔っ払いの声。

ちなみにこの酔っ払いってのは私のこと。



「よし、もう一軒!!」

「何言ってんのよ、そんなフラフラで」



終電はとっくに出てしまって。

これで朝まで飲めるなんて調子に乗っていたんだけど、つれてこられたのはタクシー乗り場。飲み足りないっと腕にすがりつき駄々をこねれば、隣の女・未奈に睨まれる。

お酒あんなに飲んだってのに、一つも崩れてないメイク・髪・服。

そんでもって小さい顔、二重ぱっちりお目目、高い鼻筋。まるでお人形さん。

そんな綺麗な顔に睨まれる。怖いなぁ。

…いや、これはむしろご褒美かもしれない、ありがとうございます。


お酒のせいでいつも以上におめでたくなっていた私の頭だったが、そんなアホな考えも突如浴びせられた強烈な光でかき消された。目の前に停車する黒い車。



「ほら来たよ、乗って」

「えー」

「えーじゃない」

「いいじゃん、明日休みだし」

「私が、仕事だって、言ったでしょ。また今度付き合ったげるから。じゃあね」



唇を尖らせたままの私を無視して、バタンと扉が閉まった。

行き先を伝えると、静かに車が動き出す。

段々と遠ざかっていく彼女に軽く手を降って、スマホを確認。12:33と表示されて、未奈に悪いことしたと今更な罪悪感に襲われた。明日LINEで謝ろう。

顔を上げると、こっちに見向きもしない運転手さん。

どうもこの方は無口なタイプらしい。珍しいな、この辺りの運転手さんって沈黙が苦手で大抵いろんな話振ってくるのに。

全然喋る気分でもないからありがたいっちゃありがたい。


ふと窓から外を見ると、ビルとか店とかの光が漏れている。

なんとも粗末な夜景。なんか綺麗。でも、都会はもっとすごいからなぁ。

私の住んでいるこの街は田舎と言うには賑わいすぎてるけど、都会というには少し古臭い感じがして。初めて東京に行った時は高いビルやら昼よりむしろ明るいんじゃないかと思うくらいの夜やら人の多さやら、その景色に感動して騒ぎ回った。呑み屋さんに入れば見たことのない料理や飲み物が出てきて、デパートに入ればテレビで見たことがある名前のお店がずらっと並んでいる。どこに行くにもバスや電車があり、一本逃してもすぐに次が来る。

そんな風にいろんなことに驚いて、いちいち感動して。

純粋でアホで…楽しかったなぁ。



まぁ、そんな場所に憧れてた頃になんて戻れないんだけど。



だんだんと減っていく灯りの数。なんだか、見ているのが辛くなって。

視線を落とすと、目に入るのはいつも着ている真っ黒のスーツ。

何にも変わらない。いつもと変わりない。



人間は年をとるにつれて自由になると思ってた。

でも、それは逆だと、最近になってようやく気付いた。いや、気付いてしまった。

諦めた道に戻ることはできない。

お金のことや親の気持ち、周りの目…いろんなことを気にして、言い訳にして。

いつか、いつか絶対、と先延ばしにしているうちに道は消えて。

さっき見ていた灯りのように一つ、また一つ、と分かれ道が減っていった。

気づいた時には手遅れ。ただの一本道。

その道が幸せだろうが辛かろうが、退屈だろうが充実していようが、御構い無しに進むしかない。


だって、そうでしょ?

私が学生の時お母さんも言ってたもん。

もう家庭と家事に縛られて好きなこと何一つできないって。あんたはいいよね、学校行って、遊んで、好きなことしてって。



今日は飲みすぎたんだろうか。

段々悪くなる姿勢と一緒に手を握りしめる。

爪が手のひらに食い込むほど、なぜか、必死に、握りしめる。

ああ、スーツがしわになってしまう。








「お客さん?着きましたよ」



ハッとして顔を上げれば、不思議そうな目をした運転手さんとばっちり目が合う。

タクシーはいつの間にか止まっていた。やばい、完全に入り込んでた。



「え、あ、すみません、おいくらですか」

「1970円です」



カバンから慌てて引っ張り出した青い財布を漁る。

残念、小銭からっぽ。札しか無い。



「2000円でお願いします」

「はい、えーと、30円の、お釣りです」

「ありがとうございま、…?」



お釣りに伸ばした手が届く前にピタリと止まる。

差し出されたのは3枚の10円玉と…保冷剤?

え、どういうこと?



「本当はハンカチとかティッシュがあればいいんですけどこれしかなくて…。せめて冷やしたら、いいかなと思いまして…」



焦ったような困ったような表情の運転手さんにすみません、と小さく頭を下げられ他けど意味もわからず。ふと、残っていた手で目元を触れば、指から伝った一雫が袖を濡らした。

あ、私泣いてたんだとここでようやく自覚。

なんで泣いてしまったのか、そんなこと全然分からないけど、それよりもこれでもかっていうほど顔が熱い。沸騰したかのように湧き上がる熱が首から上、耳の先まで覆い尽くしてる。


こんな歳にもなって何をやってるんだ。



「〜〜っ、ありがとうございました!」



お釣りをものすごい勢いで掴み取ると逃げるようにタクシーを降りた。

無論、運転手さんの顔は見てない。というか、見れるわけがない。

早足でマンションのエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押した。














やっと一息。


お釣りと一緒に奪ってしまった保冷剤を額に当てる。

もう一回言うが、こんな歳にもなって何をやってるんだ、私は。

28だぞ、28!もうすぐ30歳!アラサー!!!ほんっとに…


保冷剤のおかげか、ちょっと落ち着いてきてため息が出た。同時に目の前の扉が開く。数少ない私の幸せが、また口から、そしてエレベーターの扉から、逃げていく。誰かに届いて幸せにしてやってくれ。

入れ替わるようにブワッと冷たい風が吹き込んできた。反射的に体を縮める。

え、さむ。そういえば2月だった、今。早く帰ろ。

早歩きで自分の部屋へ。

あんなに酔っ払っていたのに、気がつけば足取りはしっかりしていた。聞きなれたヒールの音が響く。それすらなんだか聞きたくない。さらに歩くスピードを上げる。

端っこから2番目の部屋の鍵を開け、煩わしいヒールを脱ぎ捨てる。

つい口から出たただいま。返事はない。虚しくなるだけ。やめればいいのに。癖になってしまってどうしようもない。

コートとスーツを玄関先のハンガーにかけて、部屋の電気をつけて。

やるべきこと全部終わらせて真っ先に冷蔵庫から缶ビール6本箱を引っ張り出した。持っていたものは全部テーブルの上へ。女らしからずソファに飛び込む。



そしてすぐに最初の1本を一気に飲み干した。



んあー、うま。ちょっとスッキリした。

考えてること全部放り出せた感じ。うん、やっぱりくよくよするのよくない。


空き缶をテーブルに勢いよくおけば、溶けかけの保冷剤が飛び上がる。

頭に浮かぶのはさっきの運転手さんの顔。いくら恥ずかしかったとはいえ、運転手さんに悪いことしたかなぁ。きっと気まずかっただろうに。申し訳なくなってきた。

酒で流し切ったはずの思考が、また、湧き出す。



2本目へ手を伸ばし。



静かな空間が嫌でテレビをつけてみた。

時刻はだいたい1時過ぎくらい。

ワチャワチャしてるテレビの中。楽しそうだなぁ。みんな笑顔だ。この人たちも裏ではきっと悩みとか抱えて、苦労して、しんどい中生きてるんだろうなぁ。

でも、やりたいことやってるんでしょ。私よりマシじゃん。



3本目を開け。



あ、そうだ、お風呂…、は起きてからでいいや。休みだし夜更かしてやろ。で、明日はお昼くらいまで寝て、明後日部屋片付けよう。って、ダメダメだなぁ。今日くらいいいか、今日くらい。

月曜からは、また、仕事、だし。



4本目に口をつけ。



諦めきっている。

もう、できないことはわかっている。

でも。

でも、もし、あの頃、違う道を選んでいたら。

今より少しは何か変わったんだろうか。



気がつけば5本目が空になり。



ぼーっとしている頭でも意外と正常に働いてしまうのもので。考えても仕方がないたらればを頭に巡らせてしまった。ただただ転げ落ちていく思考に身を任せていた。

5本も飲みきったのに、どうしてこんなに飲み足りないのだろう。

どうして、こんなに乾くのだろう。








今日だけ、今日だけは、と。誰に許しを乞うているのかもわからないけど、そう願いながら。うつらうつらと、頭を酔わせていく。無駄な思考で埋めていく。

そう、これはお酒のせい。










あー、ほんと


「惨めだなぁ、私。」



下ろした手から空になった6本目が転がって、テーブルの足にぶつかった。

いつもならすぐ拾うのに、そんな気にもなれず。


もういいや、と。

7本目を求めて、重たい腰を上げた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人生なんて、くそくらえ。 七味 @shichimi73

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ