3-8:エゼルの凄み
かけられた声にエゼルとレアッサは勢い良く振り返る。暗闇の奥から、誰かがこちらに歩いてくる。
レアッサが魔法の灯りを闇に向けると、声の主は
「イシア! マクリエ! 無事だったか」
「ええ……おかげさまで」
駆け寄るエゼルに平坦な声で応えるイシア。隣のマクリエは無言だった。
二人は互いに体重を預けるように寄り添い、うつむき加減だった。マクリエはイシアの胸元に額を埋めるようにしている。
見たところ外傷はない。しかしいつもと様子が違う。レアッサが眉をしかめた。
「どうした二人とも。ひどく顔色が悪いぞ。それに」
「ヴァーテはどうした」
エゼルが言葉を継ぐ。だがイシアは首を横に振るだけで何も言わなかった。
彼女の肩に手を置いたエゼルはレアッサに目配せをした。即座にレアッサは周囲に結界を張った。
「もう大丈夫だ。
イシアはちらりとエゼルを見る。それからゆっくりとマクリエを座らせ、その手を握りながら自らも腰を下ろした。エゼルもまた、彼女らと目線を合わせる。
「レアッサさんが荷台を離れた後、妙な男が部隊にやってきたんです。覚えていますか。ギアシに行く前、私たちが出くわした商人のこと」
エゼルは瞠目し、すぐに表情を引き締めた。「ああ、覚えている」と首肯する。
「その商人の男が、どうしてか突然現れたんです。あまりにも様子がおかしくて……後を追ったら、いきなり暴れ出すのが見えて。見境無く部隊の人間を斬り殺していたわ。そいつ、騎士に斬られても斬られても、何度でも甦ってくる化物だった。しかもその男にやられた騎士たちも化物になって、自分の仲間を襲っていって……私たち、見ているしかなかった」
エゼルとレアッサは目を合わせる。先ほどの襲撃者と特徴が似ていた。
気になるのは斬られた騎士が味方を襲ったという話。おそらくすでに息絶えていたに違いない。エゼルが撃退した襲撃者と同じように。
エゼルは無言で続きを促す。イシアは空いた手で地面の砂を握りしめていた。
「途中でマクリエが急に気分が悪くなって……私もそれ以上動けなくなって。ヴァーテを探さないと、助けないとって思ってたのに、まったく動けなくて。そうしたら、ふっとヴァーテが向こうから現れて、それで」
「連れ去られたの」
イシアに身を預けながらマクリエが言った。
彼女の頭を撫で、イシアが言葉を継ぐ。
「ヴァーテは私たちに気づいていました。でも、どうしてか目を逸らして、また闇の奥へ消えていったんです。そのとき、あの子の隣に誰かいたような……黒い服の、気持ち悪い笑みをした、誰か……」
「そいつよ。そいつがヴァーテを連れていったのよ。じゃないと、ヴァーテが自分からマクたちと離れるわけないもの」
当時のことを思い出し徐々に怒りが込み上げてきたのか、マクリエの表情に血色が戻っていく。
一方のイシアは悲痛な表情を崩さなかった。
「ここまで来られたのは、スウス君が声をかけてくれたからなんです。あの子が逃げるようわざわざ私たちに忠告してくれなかったら、私たちいつまでも呆けたままで、化物みたいな男に斬り殺されていたかもしれない」
「スウスは無事なのか」
レアッサの質問にイシアは小さく頷く。「そのすぐ後に生き残った兵士たちのところへ向かったみたいだから」と彼女は言った。
マクリエが立ち上がる。すかさずレアッサが尋ねた。
「何をするつもりだ、マクリエ」
「決まってんじゃない。ヴァーテを助けるのよ。あの変な野郎も気持ち悪い化物も、きっとあのポルトってとこに潜んでるヤツのせいだわ!」
マクリエは拳を握りしめる。どこか無理して覇気を絞り出しているように見えた。
「ヴァーテをさらったヤツら、絶対に許さないんだから! ね、エゼルもそう思うわよね!?」
「ああ」
短く答え、立ち上がるエゼル。その仕草は非常にゆったりとしていた。まるで体重というものを感じさせない、立膝から直立までの流れるような動き。
エゼルの周囲で夜の闇がわずかに揺らめく。
襲撃者が持っていた長槍を手に取り、垂直に持つ。
石突きが大地を抉り、穂先が真っ直ぐに天頂を指す。
そして彼は、ポルト・デカ中央部を
「元より、そのつもりだ」
「エゼル様……?」
雰囲気の変化に気づいたレアッサが小さく声をかける。エゼルは言った。
「レアッサ。マクリエとイシアの護衛に付け。丸腰の二人をそのままにはしておけない」
「それは承知しておりますが……まさかエゼル様」
お一人で行かれるつもりですか――言外の台詞に、エゼルは「決まっている」と断言した。
「ヴァーテがあの中にいるのなら、連れ戻してくる。彼女を攫った輩がいるのなら、そいつから奪い返す。その陰で暗躍する者どもがいるのなら、この手で根絶やしにする」
振り返ったエゼルの視線の圧力に、レアッサだけでなくマクリエとイシアも身震いした。
「僭王残党の好きにはさせない。させてたまるか」
かつて双爪隊を率いていた時と同じ
――心の奥底に固く封印した焦りと不安が、その口調からほんのわずか、滲んだ。
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