1-3:禁制品のすすめ


「ごちそうさまでした。堪能させていただきました」



 満足気に腹を軽く叩く商人にエゼルは微笑んだ。



 空になった彼の器を受け取りながら、夜の闇に沈みだした森の奥をちらりと見遣みやる。マクリエたちはいったいいつまで水浴びをしているのだろうかとエゼルは思った。



「お気をつけ下さいね。たぶんまだ、私を襲った連中はこの周辺をうろついているでしょうから」



 視線の意味を誤解したのか、商人が気遣わしげにそう進言する。



 若干頬を引きつらせたエゼルが商人に向き直ると、彼は深刻な表情を浮かべた。



「実に恐ろしい女たちでした。三人連れです。川沿いを歩いていたときにたまたま出くわしたのですが、こちらの姿を見るなり問答無用で襲いかかってきたのです」


「そ、そうなのですか」



 予想以上の暴挙にエゼルの頬がさらに引きつる。商人は記憶を探るように指先を額に当てた。



「不覚にも持っていた灯りを取り落としてしまったので、顔相がんそうまでは上手くお伝えできないのですが、そのうちの一人は暴力の塊でしたよ。奇声を上げながらとにかく殴る蹴るの繰り返し。こちらが何を言おうがまったくお構いなしです」


「ほ、ほう」


「残った二人も酷かった。どこに隠し持っていたか知りませんが、私たちでもそうお目にかかることない毒薬を躊躇ちゅうちょなく投げ込む女に、遠間から魔法で狙い打ちをする女……ああ、そうそう。背格好では魔法女が一番小柄で、残りの二人が同じくらいの背丈でしたよ」


「な、なるほど」


「くれぐれもご注意下さい。あなたのような線の細い方は、奴らに襲われたらひとたまりもない。とにかくあれは逃げるが勝ちです」



 真摯しんしに訴えかけてくる商人に、エゼルは壊れた玩具のように頷いた。今すぐ現場に行ってマクリエたちを怒鳴りつけたい衝動にかられながら、商人に真実を伝えるべきかどうか悩んだ。



 すると商人は、何を思ったかおもむろに手を叩いた。



 懐から親指ほどの硝子小瓶を取り出す。かまどの灯りに照らされ、中を満たす半透明の液体が見えた。ほのかに甘い匂いも漂ってくる。



「もしよろしければ、これをお譲りいたします。夕餉ゆうげのお礼として、格安で」



 エゼルの表情が引き締まった。二度瞬きをする間じっと小瓶を凝視した後、「それは?」と尋ねると、商人は声を潜めた。



「とある毒草をせんじたものです。効果は保証しますよ。武器に塗って傷を負わせれば、相手は満足に動けなくなるでしょう。それだけではありません。この毒は相手の晶籍に作用し、能力や魔法を使いにくくする効果もあるのです。今回は特別に十分の一の価格、五十グランでお譲りいたします。護身用にいかがです?」


「……失礼ですが、それは禁制品なのでは?」



 エゼルが言うと、商人は目を瞬かせた。エゼルの表情が冗談を言うものでないと気づくと、彼は苦笑しながら小瓶を懐にしまった。



「はは。ご存じでしたか。これは重ねて失礼を。しかし驚きましたよ。まさか一目で看破されるとは。ますます興味深い」



 エゼルが応えないでいると、商人はそそくさと立ち上がった。



「さて、これ以上長居をしては申し訳ないですね。この度は助けて頂きありがとうございます。また、いつかお会いできるといいですね」


「お気を付けて」



 それだけ言うと、商人は苦笑しながら頭を下げた。



 そして踵を返し、夜の森の中へと駆け出した。意外に機敏な動きで、すぐに姿が見えなくなる。



 エゼルはじっと彼の消えた方向を眺めていた。



「禁制品を持ち歩き、名乗りもせず、そして人の生まれに詳しい商人……か」

 


 エゼルのつぶやきは薪の弾ける音に紛れてしまう。彼は耳に手をやりながら瞑目めいもくし、しばらく物思いにふけった。



 ――マクリエたちがさっぱりした表情で戻ってきたのはそれからすぐのこと。



 エゼルを待たせた詫びを言うどころか料理が一人分減っていることに彼女らは文句を垂れたため、商人の件も合わせてエゼルは彼女らを叱り飛ばした。



 もちろん、エゼルの説教を三人が最後まで聞くことがなかったのは言うまでもない。



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