第10話 泣2
ユリコママにバブられたジェドはその後、泣き止むことはなかった。零れた涙を拭っていたユリコの手もそろそろふやけ始めるんじゃないかと傍から眺め考えていると、ズビズビと泣き続けるそれがさすがに鬱陶しくなったのかユリコは僕に視線を送ってきた。目は口ほどにというが、ユリコの目は完全に「もう私の方が疲れたんだけど?」と言っていた。
いつしかユリコの胸に顔をつけるような形でバブっていたジェドには見えてないだろうけど、それはさっきのママと同じとは思えないほどに冷たいものだった。しかしユリコを責めることはできない。そもそもジェドとは昨日会ったばかりなうえに、ユリコは彼女の涙の理由を知らないのだ。知らない女が知らない間に泣き出したに過ぎないのに、ユリコは邪険に突き放すこともなくママとしてとりあえず慰めたのであって、それは十分すぎるほど神対応だった。その神対応が引き金となってさらにめんどくさいことになったのだけれど。
せっかくそんな状態になってまで獲ってきたウサギの処理もユリコにしてもらわねばならなかったし、そのままママの胸になかにいると本当にいつまでもグズグズ言いそうな雰囲気であったので、僕は「代わるよ」と目で返事をした。
もはや悲しいとか辛いではなく、ただ泣いてる、泣き止むきっかけを探してるだけの女の相手など心底したくないが、ここまで彼女の涙に気付かないふりをした僕にも責任はある。
「ほら、あっちで休もう?」
と腰かけられそうな場所へ誘うように、ユリコから泣きじゃくるそれをやんわりと引きはがした。
「うん・・・」
もはや剣を腰に下げてるだけの大きなクソガキなのだが、目元を赤く腫らし、口を引き結んで返事をした彼女の表情はあだやかで僕の胸を跳ねさせた。
「私、血抜きしてくるから。2人は疲れたでしょうしゆっくり休んでなさい。」
ユリコもその表情を見たのか優しい言葉を残し、僕らの戦果を手に歩いていった。
ママ役を交代したのはいいが、何と声をかけたらいいのかわからず、小さく揺らぐ湖を眺めていると、膝を抱えたまま時折鼻を啜る音を鳴らすだけだったジェドが小さく声を発した。
「いつまで泣いてるんだって思うか?」
そりゃ思うでしょ、いつまで泣いてんだよ。なんて言えるわけもなく。
「そんなことない。僕だってたくさん泣くときはあるよ。」
「そうか。君もユリコも優しいな。」
ジェドは膝を抱えたまま僕に潤んだ瞳を向けて、ぎこちなく笑う。そして切れ切れに言葉を紡ぎ始めた。
「はじめは、自分が情けなくて涙が出てきていたのだが、ユリコに頬を触れられてからは正直、そんな感情はあまりなくて、なんというか・・・」
「わかるよ。僕も似たような経験あるから。」
これはめんどくさいから吐いた嘘ではなく本当だった。喜怒哀楽のどれなのかはわからないけれど。自分に腹がたって、情けなくて。泣きたくなんかないのに涙が出てくるときはある。誰かが咎めでもしてくれたらすぐに枯れそうな涙なのに、そんな自分を受け入れられてしまうと、優しさに触れてしまうと、決壊してどうしようもなくなってしまうのだ。ジェドは今日、偶々そうなっただけだ。少々度は過ぎてるけど。
ただジェドに非があるとかないとかは関係なく、泣いてる奴の相手をすることが面倒であるということに変わりはない。今すぐにでも泣き止んで機嫌を直してもらいたい。
「でも、そろそろ泣き止まないとね。泣いてると思考もネガティブになるし、それに笑った顔の方が似合うよ。」
いいから泣き止めよ、の言葉をぎゅっと小さくしてフルーツと共にパイ生地に飾り付けた、スイーツのような僕の助言にジェドは小さく頷いた。
「そうだな。」
これで僕のママとしての務めは終わった。
「何か笑えて元気のでるようなことをしてくれないか?」
終わってなかった。彼女は抱えた膝に頬を乗せて、伏目がちに注文をしてきた。
「どういうこと?」
「たくさん泣いてしまったから笑いたいんだ。」
そんな要望にすぐ応えられる人いる?
「そんなこと急に言われても」
「何でもいいんだ」
「何でもいいが一番困るんよ」
「ものまねとかないか?」
異世界に通じるものまねなんて持ってるわけないだろ・・・と言っても、ジェドには僕が異世界から来たと伝えていないので仕方ないのだが。
「してもいいけど元がわからないだろうし笑えないと思うよ」
「かまわない」
お前はかまわないかも知れんけど僕が嫌なんだよとは言えず、これで笑えはしなくとも彼女の機嫌が直るのならばと、やってやることにした。
「じゃあペガサス・J・ク〇フォードって人の真似するから」
「ああ、よろしく頼む」
僕は左目を手で隠し高らかに声を上げた。
「ハロージェドボーイ、ユーはいつまで泣いているのですか?ユーに泣き顔は似合いまセーン。さあ笑うのデース」
「それがペガサスか」
「ペガサスデース」
「ペガサスって人はそういう喋り方なのか?」
「そうデース」
実在しているわけじゃない、キャラクターの真似ではあるのだが面倒なので教えなくていいだろう。ものまねしやすいキャラクターランキングでペガサスは個人的一位であり、少々完成度に自信はあった。
「少し変わった人なんだな」
ジェドはふふふと笑みをこぼした。
「やっぱりユーの笑顔はキュートデース」
「あはははは」
彼女は赤く腫れた目元を細めて笑う。こんな大成功するとは思っていなかった。サンキューペガサス。
「ますますキュートデース!」
「あははは、なんだか、本人のことは知らないが私にもできそうだな」
まぁ誰がやってもある程度似るものまねの一つではある。
「ハローオオツキボーイ、どうだ?」
「よくできてマース。筋が良いデース。」
「感謝デース」
ジェドの飲みこみの早さに僕も笑ってしまった。
「本物知らないのになんで急にそんな上手いの?」
「才能デース」
「あははは」
2人して笑っていると、ジェドは僕を見つめて礼を言ってきた。
「ありがとうオオツキ、元気出たよ」
「いいよ、ペガサスのおかげだし」
ジェドは両手を広げた。
「なにそれ?」
「ハグデース」
「ハグ? なんだよ急に しないよハグなんて」
「親愛の証デース」
「いいって」
大きなクソガキではあるが外面は非常に良いので本当に嫌なわけではないのだが、そんな急にハグだなんて恥ずかしいというか。
「私がしたいんだ。親愛なる者にはちゃんと好意を伝えろという家訓でな。君とユリコはもう私にとって大事な仲間であり友人なんだ。」
じゃあまぁ、そこまで言うなら?してやらんこともないけど?
「仕方ありまセーン」
「あはは、不束者だがこれからよろしく頼む」
「うん、こちらこそ」
ジェドは僕の背中に腕を回して引き寄せ、僕の左肩に顔を乗せる。僕も恐る恐る彼女の背に腕を回した。
「家ではよくやっていたのだが、なんだか恥ずかしいな。」
彼女は僕の耳元で言う。その声は普段より温かで甘く感じた。僕はもう恥ずかしいとかいうレベルじゃなく、ドンドコドンと脈打つ音が聞こえそうなほど胸が高鳴り何も言えなかった。母親に抱かれていた頃を除くと、女性とこんなに接近して触れ合うのは初めてなんだから仕方ないよ。
すごくいい匂いがしマース!
「変な声すると思ったら、人が仕事している間になに抱き合ってるの?」
僕はいつまでも浸っていたかったけれど、甘いひと時は氷のような冷たい声によって終わりを告げた。
そんな恐い顔をしないでくだサーイ・・・
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