第9話 泣1
木陰で小休止をしたことでジェドと打ち解けあえた気がする。不意に手を握られたことで僕は恋に落ちるまであったけれどなんとか踏みとどまった。ジェドがただの有能魔法剣士だったならば僕はとっくに落ちていると思うから、その面で言えば彼女がポンコツで助かっていると言える。
「元気が出てきた。もう一度頑張るから見ていてくれ。」
彼女は再び立ち上がりふんす!と意気込んだ。気合いは十分だがまた同じ結果になる気がしてならない。彼女が一人でやりきるに越したことはないが、再びめんどくさい状態になられるのは絶対に避けたい。
「ちょっと待って、作戦考えたんだ」
「む 作戦とは?」
作戦内容を端的に言えば分担。僕はやる気はあれど、そもそもウサギを捕まえることができない。対してジェドはふれあい動物園法により苦も無く、昨日の僕をあざ笑うかの如く易々と捕まえることができる。しかしその先、生き物の命を奪うことに対しての罪の意識等によって、ウサギに止めを刺すことができないのだ。
ならば代わりに僕がすればいいじゃない。そういう作戦だ。前回の持久力勝負作戦はあえなく失敗となったが今回は確かなはず。
「つまり私はさっきと同じように捕まえて、君に渡すだけでいいのか?」
「そう、その先は僕がやる」
「そんな辛いところだけ任せるわけには・・」
「いいんだよ、適材適所という言葉もあるし」
四字熟語が通じるのかはわからないけど。
「ジェドだってまだ難しいだろ?」
「それはそうだが・・・自分が嫌で避けたいと思うようなことを、その 誰かに代わりにさせたりはしたくないんだ。」
異動のとき惜しまれるタイプの上司。
「立派だけど気にしなくていいよ。僕達は仲間なんだから。」
ジェドは仲間という言葉に頬を緩ませた。
「そ そうだな。私達は仲間だからな!じゃあ行ってくる!」
僕は現状ただの荷物持ちにしかならない。でも僕もできることはしたい、手伝えるなら手伝いたいのだ。ユリコに頼りっきりでも別にいいのだが、このままではヒモ感が強くて少々癪に障る。
今日、明日を生きるためだ、ウサギには死んでもらわなければならない。いや、僕が殺すのだ。
僕が己に発破をかけていた束の間、ジェドはウサギを抱えて戻ってきた。ウサギは彼女の腕の中で暴れる様子もなく抱かれるがままだった。
「では、すまないが この先は頼んだ」
「うん」
僕は彼女の腕に収まるそれに手を伸ばし首を掴んだ。すると彼は僕が触れるや否や、危険を察知したように逃げ出そうと暴れだした。
片手で十分であろう程の首を、僕は逃げられないように両手で握りこんだ。先ほどまでは鼻をヒクヒクとさせるくらいであったのに、それは足をばたつかせてもがく。キーキーと小さく鳴く声。苦しみを長引かせてはいけないと僕は力を込めた。黒い瞳が僕に訴える。その瞳からは目を背けてはいけない気がした。
いつしかそれはキーキーと鳴くのを止めていた。首を握りしめる僕の手にはもう手ごたえはない。ウサギの瞳はもう僕を見ていなかった。
「終わったか・・?」
「うん」
この掌に残る感触はきっと忘れないんだろう。
「すまない、見ていられなくて・・目を閉じてしまっていた・・。私もちゃんと見て、責任を負わなければなかったのに」
彼女の声は震えていた。僕は何て返せばいいのかわからなかった。
「ユリコのとこ行こうか」
僕は掌の中で事切れたそれを抱えて、ジェドと並び歩いた。
☆
ユリコは昨日と同じ場所に腰かけて湖を眺めていた。昨日のようにまた座ってるじゃないか、とツッコむような気にはなれず普通に声をかけた。
「ユリコ、これ」
僕の声に振り向いたユリコはいつもより少しだけ目を大きく開いた。
「あら、獲れたの」
「うん ちょっとずるをしたというか、ジェドと協力したんだ」
「そう、おめでとう」
ユリコはいつもの澄ました顔に戻っていたけれど称してくれた。
「ところで、なんで彼女は泣いてるの?」
「泣いてない」
ジェドは瞳を潤ませながら鼻を啜る。ここまで歩く間もこんな感じだったのだが、僕は気付いていないふりをしていた。
「泣いてるじゃない」
「何でもない」
「何でもないのに泣くの?」
もうそっとしといてあげて・・・泣きたいときだってあるよ。
「自分でもよくわからないんだ・・・」
ぐずっと鼻を鳴らす。僕も直後は感触が手に残り得も言われぬ気持ちだったが、ぐずぐず泣き出したジェドを見ていると、逆に冷静になれた
「辛いの?」
「辛くはない 何というか 自分が情けないんだ」
「そう。できることはしたの?」
ジェドが小さく頷くと、ユリコは立ち上がってジェドに歩み寄り、右手で頬に触れた。
「何があったか知らないけど、頑張ったならいいじゃない。泣く必要は無いわ。」
ユリコは瞳から頬へ伝おうとする雫を親指で拭う。ジェドは嗚咽を漏らして泣き始めた。慰められると安心して、より泣いちゃうその気持ち、わかる。
「もう、なんで更に泣くのよ・・・」
完全に決壊してあふれ出した涙を、ユリコは優しく撫でるように拭っていた。
ユリコママ・・・。
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