第13話

「あの娘、何か隠してるな」


 帰宅してすでに腐臭を放っていた血の跡をお湯で洗い流しているとお決まりの着メロで恭介が電話をかけてきた。


 その第一声がこれだ。


「それで?その隠し事はわかったのか?」


 恭介がおべっかだけで駒墨を俺に送らせたのでは無いということはわかっていた。


 妙にこすっからいところが恭介の長所であり、むかつくところだ。


「まだわからない、とりあえず色々調べさせてるが……、ところでお前昨夜殺しをしたよな?」


 何だ、その話をまた戻す気か……。


確かに勢いあまって何人か殺してしまったが、街のごろつき数人くらい死んだって問題はないだろうに……。


「ああ、そんなくだらないことよりも……」


「どこで殺した?」


 妙に張り詰めた声で恭介が聞いてくる。


「公園だよ公園……それが」


「本当に公園か?公園なんだな?」


 急にでかい声を出して何度も確認する恭介に、


「それがどうかしたのかよ……ちゃんと掃除しやすいように一ヶ所に……」


「死体が見つかったのは公園じゃないんだよ」


「はあ?それじゃ別件の殺人事件なんだろ」


「……普通の人間が、体中に十センチの穴を開けて中身の内臓をごっそり食い荒らせるか?」


「……どういうことだよ?」


 恭介は一息ついて、再び口を開く、緊張してるいるのかゴクリというつばを飲み込む音が電話越しに聞こえた。


「学校の近くだ……身体の十数か所に十センチ程の穴を開けられた死体が昨夜見つかった。こんなことを出来る人間はこの世にはいない……だから」


「だから俺を疑ったってか?わざわざ穴開けて殺すなんて面倒くさいことなんかするかよ俺なら首を跳ねて殺してるね」


 俺の言葉を静かに聞いていた恭介が、悲鳴を上げるように声をだす。


「そのことだ。今日のニュースを見たか?報道されていないだろう?圧力がかかったんだよ!しかも考えられないルートからな」


「……周りくどいことを言うなよ」


 慌てているのに妙に回りくどいことを言う癖がある恭介に俺は苛立ちを隠せない。


「内閣調査室……つまり総理大臣じきじきの命令でこの件は闇に閉じ込められた。この意味がわかるか?」


「どういう意味だ?」


「この街には鬼上だけじゃなく、別のルートの能力者がいる。しかも国がわざわざ動くほどのな……」


 その後は特筆すべきことがないような話だった。 


最後に恭介は駒墨のことをもう少し詳しく調べてみると言って電話を切った。 


静かな居間で立ち尽くしている俺はあいつのことを思い出していた。


 昨夜に今日と俺を攻撃してきた襲撃者……、姿は見えなかったが攻撃方法はわかっている。


 ただ十センチくらいの穴を開けるには針では無理だろう……いや……しかし……腐血を洗い流しながらいつまでも考え続けていた…………。





 翌日、俺は欠伸をこらえながら登校する。


 さすがに一昨日に徹夜したので昨日は寝たがそれでも数時間くらいだ。 


思いの外干からびた血液は表面は洗い落とせてもまとわりつく腐臭は落ち難く、わざわざ夜中の二時にコンビ二まで強力消臭剤を買って一本丸々使ったくらいだ。


 それでも臭いは和らいでも完全には消えず、諦めて不貞寝した。


 今日帰ったらもう一度消臭剤をつけて洗ってみよう。


 新鮮な血の匂いは好きでも腐った血の臭いには我慢できない。


 それにしても……。


 俺はチラリと振向く。


 猫のようにビクリとして誰かが電柱に隠れる。


 電柱にすっぽりと隠れられるくらいなのだからよっぽど小さいのだろう。 

小学生につけられる覚えはないんだけどな……。


 さてどうするか?


 尾行の下手さから見て、素人同然……いや背格好から見て小学生同然か、放って置いても問題なさそうだ。


だが理由もわからずに後をつけられるのは気分がいいものではない。


 俺は曲がり角を曲がった所にある電柱の影に隠れる。


 追跡者は隠れている俺に気づかないようで、曲がってすぐにやってきたはずの俺を見失ってキョロキョロしていた。


 その正体に驚きながらも後ろからゆっくりと声をかける。


「何してるの?」


「ミギャーーー!」


 声をかけた俺自身が驚くほどの悲鳴を上げて彼女が飛び上がる。


「な、なんのこと……ですか~?わ、わたしは何も……つけてなんか……ないですよ」


 見ていて気の毒になるほど下手な嘘を挙げて知らんふりをする。


「一体なんでまた俺を着けてたのかな……ええと美野都さんだっけ?」


 今の俺は学校モードなので出来るだけ穏やかに問いただす。


 それでなくても小学生相手に凄む趣味もないのだが、


「わ、私は……別に……あっ!」


 彼女が後ろを指差す。


 思わず振り返った際に股間に強烈な一撃がお見舞いされた。


 その場にうずくまる俺に、


「ご、ごめんなさい!」 


 走り去っていってしまう。 


人の股間を蹴り上げておいて謝るならそんなことするな!このチンチクリンが!


 そう言いたかったが、コンクリートに額をつけていた俺は低い呻き声をあげるだけだった………………。






「綾面ー、小学生がお前を見てるぞ」


 三時間目の休み時間に今日四回目の報告を受ける。


 つまりホームルーム、一時間目の休憩、二時間目の休憩、そして今、おそらく次の昼休みの時間にも彼女はやってくるだろう。


 あいもかわらずの子供同然の……いや、これじゃまるで告白する勇気が無い女の子が好きな人を見ているかのように取られるじゃないか!


 事実、クラスメイト達にはそう取られている。


「しかし休憩時間ごとに見に来るなんてよっぽど好かれてるんだな~」


「ところで何組なんだあの子は?」


「なかなか可愛い子ではあるよな」


 俺を囲んで男子達が好き勝手に話している。


 俺は困った顔で曖昧に笑うことしかできない。


 勝負は次の昼休み……その時にふん捕まえて正体を暴いてやる!


 ついでに男には絶対にしてはいけないことをしたことについての説教もしてやる!


 ああ絶対にしてやるとも!


「たしか七組の子だよ……最近転校してきたんだって、名前は確か……細野……美野都さんだよ」


 間宮が俺達の話に不意に混ざってあのチンチクリンの正体をあっさり教えてくれる。


「それじゃ一目ぼれってやつかな?そんなルックスはいいとは思わないんだけどね」


 とりあえず、クラスとフルネームがわかってホッとしたのか軽口を叩いてしまう。


 よし! 昼休みに入ったらすぐにチンチクリンのクラスに行って捕まえてやろう。 


そしてどうして俺の後を衝けていたのかをさぐらないと……。


 やがて四時限目の終了を知らせるチャイムがなって周囲が騒がしくなる中、俺はゆっくりと席を立つ。


 行き先は別校舎……七組の教室!


「昼食を食べるのか?話があるんだが……」


 立ち上がりかけた俺は席についてしばし考え込む。


 何故だ? 


「ここで食べるのか?人の居ないところがいいのだがな」


 後ろの方でキャーという歓声が上がったのを聞き、覚悟を決めた俺はまた立ち上がって真っ直ぐに相手の目を見て、


「どうしてここにいるんですか?」


 言われた当人は表情を変えずにただ溜息を一度ついて、


「だから話があるといっている」


 教室内の微妙な雰囲気に耐え切れなかったので素直に促されるまま校舎裏にやってくる。


「それで話というのは……」


 俺は相手の口元にあるタバコを掴んで乱暴にポケットにねじ込む。


「学校内は禁煙ですよ」


 学校用の薄っぺらい敬語に舌打ちしてねじ込まれたポケットにライターを放り込んで恭介がフェンスに背中を預ける。


「わざわざ来てやったのにその態度は……」


「何でもいいから早く話をして帰ってください」


 日頃は口汚く罵り合っている俺の敬語に胸焼けしたのか、恭介はゆっくりと口を開く。


「例のあのお嬢さんな……どうもよくわからないんだわ」


 まるで一枚の絵のように俯く顔に憂鬱を表しながら恭介がそうつぶやく。


 俺には理解できない……いや理解したくないことだが、この男は中々顔は悪くない。 


 たとえ俺への嫌がらせのためだけにタバコの煙を目が充血するほど車内に充満させるような阿呆だとしても、内面の阿呆さは外面には現れないのだから……。


 タバコを入れたポケットを名残惜しそうに上から優しく掴んでいるその姿は映画俳優のように様になっており、それがまた腹立たしさを増す。


 悔しくは無いけどな……。


「どうもよくわからんって、昨日だけでタップリと理解させてもらえたわ」


 駅前のデパート内にある隠し部屋に連れてこらえて、いきなり戦わされるなんて目に会えばとてもじゃないが、よくわかるなんて言葉は出てくるはずが無い。


「そういうことじゃない……全てがだ」


 眉間にシワを寄せてトントンと額を指で叩きながら返す。


「どういうことだ?」


 恭介の思案顔に仮面が取れていつものような生意気な口調に戻る。


「だからここに来た理由も、正体も、何もかもわからないんだよ。つてを頼ってそれとなく情報を集めてはみたんだが、どうもはっきりしない……ただ言える事は俺達に用があってきたというわけではないということだ」


「なんだそれ」


 駒墨は特に理由も無くこの場所に来た? 


俺達に用があってきたわけではないだって?


 そういえば駒墨は昨日、私に構うなと言っていた。


 そのときは俺達を警戒しているのだと思っていたが、あれは本当に言葉通りの意味だったのか?


「例の殺人の件もある、しばらくはあのお嬢ちゃんに一緒について何かわかったら連絡しろ」


「げえっ」


 露骨に嫌な顔をするが、それを無視して恭介は用は済んだと言わんばかりに無視して校門の方へと歩いていってしまうが、


「ああそうだ……嘘ついて俺の命令を無視するなら今月の生活費は振り込まないから」


「ちっ、見抜かれてたか」


 独り言のつもりだったが、聞こえていたようで尚も恭介が携帯を取り出して液晶画面を笑顔でこちらに向ける。


 駒墨 泉と無機質な画面にはそう表示されていた。


「すでに電話番号からメールアドレスまで登録済みだ。これでお前が何かやらかしたらホットラインで俺のところに報告が来る。つまりはお前は俺の命令を遵守するしか……ドゥワッ!」


 まるで好きな子にアドレスを教えてもらってはしゃいでるようなその態度に何かイラッと来たのでとりあえず靴を抜いてぶつけ、それを拾うと俺はダッシュしてその場を走り去った。


「とにかく何かあったら報告しろ!このクソガキ!」


 後ろで罵倒する恭介に返事の代わりに中指を立てて応じてやった。


 教室に戻る途中で時間を確認すると、まだ昼休み終了まであと少し時間がある。 


 とりあえず当初の目的を達成するため、学校の敷地内の端にある部室棟の方へと向かう。


 放課後ならば部活所属の生徒達で賑わっているのだろうが、昼休みでなおかつ授業が始まる直前の今では当然ながら部活棟の周辺は無人で、何か独特の雰囲気がある。 


適当に鍵の開いている部室の中に入り、すぐに戸の内側にしゃがみこんだ。


 鍵の管理などは基本顧問が担当しているが、あまりやる気のない顧問ばかり存在している我が学校は朝錬等で使用するときにあっさりと鍵を貸してくれ、返したかどうかなどの確認もしない。


 よってまだまだ社会に出て揉まれていない生徒達はうっかりとあるいはわざと鍵をかけずに授業に出てしまうのだ。


 実際に俺のクラスの何人かも鍵当番になったけど閉めて返すの忘れてたわといって笑いあっている奴がいる。 


 息を殺してしゃがみこんでいると、足音が不規則に聞こえる。


 おそらくは足音を立てないようにしているんだろうが、残念ながら完全には消し去ることは出来ず、その足音の主が戸の前に立ったことが確認できた。   

 戸についている摺りガラスを見上げるとチラチラとなにやら頭らしきものが揺れているのが見える。


 よし、引っかかった!


「んにゃっ!な、なに?」

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