第12話
いちおう広い空間の真ん中には簡素なパイプベッドがあり、横には冷蔵庫、反対側にはおそらくは服を入れているであろうタンス。
そして前には小さい丸テーブルがおいてある。
それだけだ。
広大な空間とは対照的に家具類はそれだけで、駒墨はカバンを床に置くと疲れたようにベッドに倒れこんでしまう。
「あの……凄いもったいない使い方してますね」
率直な感想を言うと、
「無駄に広いのは仕方ない、元々は集団で使うところだからな。 来たときは色々と置いてあったが、無駄なので全て片付けたよ……全てな」
最後の全てに何となく寒気を感じて俺は黙り込む。
それを察してか、
「そう緊張するな……別に片付けただけだよ、いらないものだけをな」
本当に、本当に疲れたようにベッドに顔をうずめながらそれだけを言う。
「それよりお前の話を聞かせてくれないか?」
ゆっくりと身体を起こし、ベッドに腰掛けて俺に座るように促す彼女は別人にも見える。
「俺の話といいましても……ね」
『面倒くさい早く帰りたい』という気持ちを込めた真意に気づかず、前のめりになって俺の次の句に耳を傾ける。
話すしかないか……。
俺はゆっくりと溜息をついて話し始める。
自分の能力について……。
「俺が能力に気づいたのは十歳のころです……はい終わり!」
「はやっ!」
ずっこける駒墨を見て、何だそんなとぼけた仕草をすることもできるのかと驚いた。
「ずいぶんとはしょっているな……そんな話では納得いかないのだが?」
「納得いかないも何も事実なんでね……十歳の時に急に右手が硬くなって……気づいたら刃物になっちゃった!ってことしか言えませんよ」
投げやりな態度に、無表情ででも不愉快そうな視線をして駒墨はしばらく俺を見てたが、やがて諦めたように、
「……わかった。別の機会にでも聞くとしよう」
ごろりと寝転んだまま背中を向ける。
「それじゃ……俺はそろそろ帰らせてもらいますよ」
早く帰りたくてしょうがなかったのでそのまま俺は振り返って、エレベータへと向かって歩きだす。
……が、エレベーターが無い。
正確に言うとエレベーターの入り口を黒水がドロドロと包み込んで入り口を隠してしまったのだ。
「……どういう意味ですか?これは」
「話をしてくれないから少し遊んでもらおうと思ってな、私を殺してくれるんだろう?」
挑発するような物言いにピキリと青筋が浮かんだのを感じた。
「……できればそうしたいんですがね、あいにく貴方を殺したら俺が殺されるんでね……早くこの臭そうな水をどかしてもらえないですかね」
「遠慮するな、殺してくれてもいいぞ。ただし私を殺せたらの話だがな」
ふふんと笑う顔に俺の頭のスイッチが切り替わった。
感覚が一気に研ぎ澄まされ、空間中に張り巡らされた黒水の動きを認識する。
「さてと……それでは行くぞ」
駒墨はベッドに寝そべったまま、攻撃の開始を宣言した。
瞬間、足元に例の黒水が現れて俺の身体を飲みこもうとする。
しかしすぐにその場から飛んで最短距離でベッドへと進む。
距離にし数十メートル……。
今の状態の俺なら数秒で辿り着く距離だ。
周辺から黒い水が隆起して襲い掛かるがそれらを巧みに避け、俺はベッドに寝ている駒墨の身体にのしかかって武器を首に突きつける。
「……やるな」
にやりと笑う駒墨に俺もニヤリと笑い返す。
「お前の能力は範囲が広すぎて、制御するのに手間がかかる……それに」
「……それに?」
駒墨はまだ笑みを絶やさずに問う。
大した度胸だが攻撃を仕掛けようとしたところで俺の右手が首を跳ねるのが速い。
それでも俺は油断せずに答えた。
「経験の数が違う……こちとらもう何年も能力者相手に戦ってるんでね、実戦経験の数はお嬢さんとは違うよ」
「なるほど……ところで今までの相手に私のような能力者がいたか?」
「それは…いませんでしたね」
「そうか……ならばこんな目に会ったことは無かろう?」
駒墨の身体がベッドに沈む。
いや沈んでるんじゃない!
身体が無くなっていってる!
駒墨の身体は首だけを残してドロリとした黒い水になっていた。
「こ、これは……」
慌てて飛び退こうとしたが、俺の脚はがっちりと黒水に捕らわれて動けない。
その間も黒水と化した駒墨の身体はズブズブと俺の足から上半身、やがては首の下まで包み込む。
首だけになった駒墨の身体が歪むように口を開く……、
「私の身体は全身黒水の呪われた身体……さすがにこんな化け物には出会ったことがなかろう?」
「くっ……なっ……」
必死で身体を動かそうとするが、黒水は液体とは思えないほど強く押さえつけていて、全く動けない。
ゆ、油断した! こ、こんな……全身が能力の塊なんてあ、ありかよ……!
「どうした?命乞いをするなら聞いてやるが……」
身体の下で好き勝手なことを言うやつに無理やり視線を下に向ける。
駒墨は相変わらずのニヤニヤ笑いをしていたが、その首にはっきりと俺は言ってやった。
「ふ、ふざけるなよ……この程度なんざ……いつでも……破れるんだよ……」
空しく響く強がりに駒墨が一瞬固まる。
その瞬間俺の全身を黒水が覆いつくされた。
まるで底なし沼のような何処までも暗く出口の見えない中で意識が途切れそうになる。
その瞬間に、かすかに「そうか……」とだけ一言聞こえた。
その言葉の後に、パチリという音と共に黒水が地面に吸い込まれて俺を解放する。
「ゴホッ!ゴホッ!……な、何を……」
その場に膝をつき咳き込みながら視線を上に上げると、駒墨がベッドで足を組んで座っていた。
「冗談が過ぎたようだ……君が思ったよりも速かったのでついムキになってしまった。すまなかったな」
「見下ろしながら謝罪とはふざけてるな」
まるで溺れかけた犬のような自分を棚に上げて強がる。
駒墨はキョトンとした顔をしてベッドから立ち上がり、俺の前に立つ。
そしてちょこんと正座で座り、
「ごめんなさい」
と俺の顔を真正面に見据えて謝ってくる。
なんとも言えない黒く淡い瞳に魅せられて俺は何も言えない。
ただただ真っ直ぐ見つめてくる駒墨だけを見ていた。
やがてはっと気づいた俺は黙って立ち上がり、エレベータに向かって振り返らず歩く。
今度はエレベータは空間の中でしっかりと存在感を出してそこにあった。
黒水が律儀にボタンを押してくれて俺は開いた扉の中に止まらずに入り込む。
そしてそのまま振り返らずにいようと決めていたが、後ろからふいに、
「さっきは楽しかった。また遊びに来てくれよ」
という言葉に反応して振向いてしまった。
駒墨は正座のままこちらに向かって微笑んでいる。
それは先程のニヤリ笑いやふふん笑いとは違う一片の嫌味も入っていない表情だった。
「……次は負けないぞ」
気がついたらそんな言葉を発していてはっとしてしまう。
どうやら向こうも驚いたようで、一瞬後に満面の笑みで、それは俺も思わず釣られてしまうほどの笑顔で「ああ」と言う返事が帰ってくると同時に扉は閉まった。
例のどういう風に動いているんだという疑問がわく程に上下や横に動いて扉はふたたび開かれた。
閉店間際の店内は買い物客で賑わっており、俺は彼らと一緒にデパート内を後にする。
その中で上機嫌に口笛を吹きながら……。
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