新月の夜を好む
中田祐三
第1話
子供の頃は月は段々と再生し、満月で完璧になり、少しずつ削られ、やがて新月になったときに消滅してまた再生されるものだと思っていた。
だからこそ俺は『恐ろしい闇』を照らす
『満月』よりも『闇に滅せられた新月の晩』が好きなのだ。
今でもそうだ……。
新月という月が無くなった夜にこそ人間は原始の恐怖を思い出すのだと思う。
バシュッ! という音と共に男の首が胴から離れる。
一拍遅れた後の首から噴出する血液の音がたまらない。
「えっ?なんだ……これ……」
疑問を口にした別の男の顔を一閃すると上半分がズレ落ちていく。
軽そうな男の頭は実際にこれで半分位の重さになったわけだ。
顔を半分無くした男と完全になくした男はまだ未練がましく立ち尽くして、花火のように血を噴出し続けている。
何かイラっときたので二人とも身体をバラバラに切り裂いてやると軽くなった下半身が地面にバタリと倒れこんだ。
切り裂いた身体の残骸が鮮やかに空に飛んで一部は地面にドチャリと音を立てて、また一部は二人の友人であろう男達の頭上に落ちていく。
「イ、イ、イギャーーー!」
かん高い悲鳴を上げたヒゲ面の喉に新しい口』を作ってやると、悲鳴の代わりにブクブクと血泡を出してのた打ち回る。
このまま放って置いても死ぬだろうが、どうにも新しい口からでてくるヒューヒューという音がうるさいな。
首の口を四角形に切り取ってやる。
そうすることで音は消え、男もあっさりと死んでくれた……。
つまらない奴らだ。
無差別に絡むなんてのは自殺願望があるとしか思えないので願いどおりにしてやった。
本当に願ったかどうかは別ではあるが……。
「だ、誰か……助けてくれ~!」
だらしなくズボンを下げた男が器用に走り去っていく。
ああ、もう一人いたのか。
それにしてもあんな短くズボンを履いたら裾が汚れてしょうがないだろうに……。
実際に道端には犬の糞やらが落ちているのに気づかないのか?
真面目な俺には理解できない……。
「助け……ビギャワッ!」
新月なので調子が良いようだ。
十メートルほどで追いつく。
併走して男を観察してみたが、知能の欠片も無い。
表情は恐怖と混乱でグシャグシャになっており気持ち悪いことこの上ない。
なのですぐに併走を止めて上半身と下半身を分けてやった。
はたしてどうなるのかなと見てみると、上半身を置いたまま下半身は全力疾走で走りぬけ、数十メートル先までいったところで転んでそのまま動かなくなった。
上半身はというと、必死で腕を動かして走り去っていく下半身を追いかけようとする。
足が無いのでその場でまるでダンスを踊っているようにしか見えない。
人間の生命力はなんて強靭なのだろうと少し感動してしまった。
しかしその上半身も下半身が転ぶのを見届けると、まるでネジが切れたおもちゃのようにゆっくりになり、やがて完全に止まってしまった……。
「ああ、面白かったな」
月の無い夜の公園には血の匂いが立ち込めていた。 しばらくその匂いに酔いしれたところで、明日の警察の鑑識の方が苦労しないように死体を一ヶ所に集めたところではたと気づく。
「ええと……何しに来たんだっけな?」
いかん……殺しに夢中になりすぎて目的を忘れていたな。
俺は目的があってわざわざ明日が厳しいことを承知で夜に繰り出したのだ。
その目的とは……。
ピキリと空間が凍る音を聞いた。
誰かが居る……それも俺と同類が……。
ぞわぞわと首筋に生える鳥肌でそいつが俺を見つめているのが良くわかる。
これが殺気というものなのだろうか? 明らかに敵意を込めた視線が暗闇の中ではっきりと感じられる。
「おい……出てこないのか?」
挑発して相手の反応を待つ。 相手が何か音を出してくれれば響きで距離を測れるんだが……。
うん? 何か音がする。 これは!
とっさに顔を傾けた刹那、俺の横を何か細いものが高速で通り過ぎた。
「このっ、あぶねっ……!」
言葉は最後まで発することは出来ない、暗闇の向こうから、無数の見えない何かが飛んでくる。
とっさに腕で防御しながら横に避けるが何本かは俺の腕に突き刺さった。
公園の植え込みの中に身を潜ませて腕を見てみると数十センチくらいの細長い針が刺さっている。
しかも黒く塗られていて、これが見えなかった正体かと納得した。
公園内は静かで、虫の音色すら聞こえてこない。
この静けさでは自身の呼吸音さえ相手に聞かれてしまうのではないかと思う、その静寂の中で静かにどうするかを考えていた。
敵は見えない。
攻撃に使う針も見えない。
明らかに準備を整えている。
ここから出される結論は……『一時退却』だ。
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