プロスペクトⅣ 休日①



いつものようにオドは陽が昇る前に目を覚ます。


完全に早寝早起きが染み付き、8時頃に寝て4時前に起きるのが習慣になっている。


「よし。」


オドは今日も木刀を片手に屋上に出る。


30分程オドが素振りをしていると、今日もユキの歌声が聞こえてくる。冒険者ギルドから距離はあるはずだが、オドの耳にしっかりとユキの声は届いている。オドがブランケットを返してからは今のところ欠かすことなくユキの歌声が響いており、オドはもしかしたらブランケットが無かったせいで眠れずに寝坊していたのかな、と思ったりもする。


「だったら申し訳ない事をしたな。」


全身に汗を流しながら、オドはそう言って遠くに見える冒険者ギルドを眺める。


その日もオドは歌声が聞こえなくなるまで屋上で剣舞を続ける。水浴びを終えて服を着たオドはベットに腰掛け改めて昨日のことを思い出す。初めてのダンジョン潜入は新鮮な驚きと興奮の連続だった。パウの戦槌指導も為になり、なにより回収した魔石やドロップ品の報酬として初めて自分の力でお金を稼いだことにオドはある種の感動を覚えていた。


「よし、行くか。」


オドは立ち上がって軽く伸びをすると、装備を身に着けて大犬亭を飛び出していくのだった。




オドはダンのカフェパウを待つことにした。


「おはよう、オド。初めてのダンジョンはどうだった。」


オドが店に入るとダンが声を掛けてくる。オドはカウンター席に座り、昨日の初ダンジョンの話をダンにする。ダンは楽しそうにオドの話を聞いてくれる。


「そうか、そうか。1層階とはいえ弓矢が効くのは驚きだな。パウとも武器が似ていて気が合うようで良かった。昨日は売り言葉に買い言葉でパウを乗せちまったからな。」


ダンはそう言いながら、オドに朝食を出してくれる。


今日はいつかの朝食セットに出たフレンチトーストだった。


「今日はどうするんだ?」


オドがフレンチトーストを頬張っているとダンが質問してくる。


「パウさんに“会わせたい人がいる”と言われまして、ここで待ち合わせしようと言われたんです。」


「そうか。それじゃあ今日はダンジョンに行かないのかな。」


「どうなんでしょう。普通の冒険者の方はどれくらいのペースでダンジョンに行くんでしょうか。昨日、実際に潜入してみて、とても疲れるというのを実感しました。」


オドの言う通り、ダンジョン潜入は非常に疲れる。戦闘による体力的な物もそうだが、なにより出口から出るまでは常に逃げ場がないという怖さと死と隣り合わせであるという緊張感による精神的疲労は非常に大きいものがあった。超ベテラン冒険者であるパウの同伴があってもオドはそれなりには疲弊していた。


「だいたいは2日間ダンジョンに行って1日休むというのが多いのかな。体力も使うし、ダンジョンはちょっとのミスが命取りになる場所だからな。若い頃はちょっと無茶もしていたが、俺がパーティーを組むようになってからはそうしてたな。」


ダンは腕を組むと、そう言って頷く。


「なるほど。」


「まあ、中には毎日単身で潜っては深層階に通い詰めていた猛者もいたがな。普通は有り得ん。」


ダンは苦笑いをしながら、人差し指で上を示す。


オドもすぐに誰のことを言っているのか理解する。やはり殿堂冒険者になるような人は異次元のようだ。


「おはようございます。ダンさん、オド君。何の話をしているんですか?」


「おお、パウか。おはよう。」


パウが現れ、2人に話しかける。


「いや、ライリーの話をね。奴は毎日ダンジョンに通い詰めていたってな。」


「そうみたいですね。僕が冒険者になる直前に引退してしまっていましたから実際に見ることは出来ませんでしたが、、、。」


「そう言えばそうだったな。パウは今年で何年目だ?」


「15年目です。」


「そうか。たしかライリーと本当に2週間くらいの入れ違いだったんだよな。」


「ええ。」


オドは黙って2人の話を聞く。


ライリーは15年前に38歳で現役引退をしたようで、その年にパウは18歳で冒険者になったという。それから10年経った5年前にダンが36歳で現役引退したそうで、冒険者としての全盛期を過ぎた33歳のパウにとっては引退も視野に入っているようだった。


「だから、オド君のように早い段階で冒険者になれるのは羨ましいよ。」


そう言ってパウはオドの肩に手を置く。


「保護者がこの街にいる者は18歳になるまで冒険者になれないからな。」


「そうだったんですか?」


「そうだぞ。ライリーに言われなかったか?」


「言われてなかったと思います。」


オドは初耳の情報に驚く。冒険者研修に年上しかいなかったのはそれが理由のようだ。


「そう言えば、この後パウとオドは予定があるんじゃなかったか?」


「そうでした。オド君をグランツさんの所に連れて行こうと思いまして。」


「ああ。そういうことか。なら爺さんによろしく伝えておいてくれ。」


ダンとパウが話し出す。


「グランツさん、、、ですか?」


「ああ、腕利きの鍛冶師だ。俺が現役のころにもお世話になってな。」


「ええ。きっとオド君も気に入られると思うよ。」


そう言うとパウが立ち上がる。


ちょうどオドも朝食を終えたところだった。


「それじゃ、行ってらっしゃい。」


ダンが皿を下げて2人を見送る。


パウとオドの2人は冒険者ギルドの東側出口を出ると、サウスイースト鍛冶区へと向かう。


パウはどんどんと鍛冶区の奥へと進んでいき、ついには鍛冶区の最奥、青龍ポルタの丘の麓まで来る。丘の麓には3つの工房が並んでいて、その一つに「グランツ・ジェルミの鍛冶工房」とシンプルな立て看板が出ている。


「さ、こっちだ。」


パウはそう言うと工房の正面玄関には見向きもせず工房横の細い路地へと入っていく。


「こっちですか?」


「ああ、正面玄関はグランツ・ジェルミという我々の目的の人の息子の工房でね。目的の人はグランツ・ホルスさんという人だ。言わないと分からないよね。」


パウはそう言って笑うと、路地を奥へと進んでいく。


確かに、工房は前後で2つに分かれている様で、後ろの工房は丘に食い込むようにして建てられていた。中からは鉄を叩く音が響いてきて、熱気も伝わってくる。


「ここだ。」


細い路地の奥の奥に扉があり、紺の暖簾のれんが掛けてある。


「さあ、行こう。」


パウに背中を押され、オドは暖簾をくぐり工房へと入る。


「ごめんくださーい。」


オドとパウが中にはいると、まずはその暑さに圧倒される。カンカンと灼けた鉄を叩く音が響き、炉の前には小さくも貫禄のある背中が見える。


「聞こえてないな…」


そう言ってパウが扉の横に設置されてる大きなベルを2、3度鳴らすと炉の前に座る人物が振り返る。


「すまんすまん、つい夢中になっておった。」


「おはようございます。グランツさん。」


グランツと呼ばれた鍛冶師はシワの深いドワーフの老人だった。髭を焼かないようにするためか鼻の下から口元の開いている長い革製のマスクをしており、左目は閉じられている。


「おお、パウか。どうした、戦鎚のメンテナンスはしたばかりだぞ?」


「いえ、今日は彼を紹介しようと思いまして。」


「なんだ、未だ子供じゃ、、、ほう、弓使いか。それに、、、うん、面白い。名前は何というんだ?」


「オドです。」


「そうか。オド、ついてこい。」


グランツはオドを工房の裏庭に連れて行く。


そこには丘に掘り込むように作られた縦に長いスペースがあった。グランツは奥に置かれた机に幅15㎝程の木の板を用意して戻ってくる。


「撃て。」


グランツはそう言って約15m程先に置かれた板を指さす。遠くではあるが木の板はそれなりに分厚いようである。オドがパウの方を見ると、パウもまた笑って頷く。オドは頷くと腰の矢袋から矢を取り出して弓に番えると、狙いを定めて、、、放つ。


オドの手を離れた矢は置かれた板に音を立てながら飛んでいき、板に深々と突き刺さり貫通する。


「うむ。次だ。」


グランツは矢の突き刺さった板を確認すると、今度はそこに一本の槍を立てる。


オドは再び狙いを定めて矢を放つ。矢は槍に命中し、槍はゆっくりと後ろに倒れる。


「ほう。」


「うむ。」


パウは感心したように驚きの声を上げ、グランツは満足したように頷く。


「流石は狩りを生業にしているだけある。見世物じゃない、生きた弓の腕前だな。」


グランツはオドに近づくと小さくそう告げる。


「よし、オド。試しにこれを使ってみてくれ。」


グランツはそう言って一本の鉄の矢を持って来る。針をそのまま大きくしたような形をした矢にはトレイルするような浅い溝が彫られている。細いとはいえ鉄なだけあってオドの使っている矢と比べると重い。オドが鉄矢を見ている間にグランツは奥の机の上に鉄製の鎧を置く。


「よし、撃ってみろ。」


オドは弓の弦であるツルに鉄矢を噛ませる。その時、少しツルが先程までに比べて張るような感覚がするが、オドは気にせずに構え、、、放つ。放たれた矢は、その重さを感じさせず、むしろ浮き上がるように音を上げて飛んでいくと、そのまま鉄の鎧に突き刺さり、鎧の胴部分を粉砕する。


「おお、凄い。」


思わずパウが声を上げる。一方、グランツは不思議そうに首を傾げている。


「これは、、、。オド、少しその弓を見せてくれないか?」


オドは緑鹿りょくろくから与えられたものである弓を見せるべきか一瞬考えるが、疑われても仕方ないのでグランツに弓を差し出す。弓を受け取ったグランツはうんうん唸りながら弓を隅々まで見る。


「パウ、すまんが少し外れてくれ。」


グランツは唐突にそう言う。


パウは素直にグランツに従い工房の中へと入っていく。パウが聞いていないのを確認してグランツが口を開く。


「これは素晴らしい。どこで手に入れたかは聞かんが、これは間違いなく神器ゴッズ・アイテムに属するものだ。」


「はい。」


「うむ。その反応ということは知っていたということだな。魔剣のように、この弓には魔力が宿っている。主に風魔法だが、その他にも持ち主と矢に合わせてサイズが変わるという効用を持っているな。恐らく、先程の矢を持った時に少し違和感があったろう。それが、それだ。」


「そんな業物ものだったんですね。」


「うむ。オドが良ければさっきの鉄矢は1ダース分くれてやる。神器に使われるなら職人冥利に尽きる。」


「ありがたいですが、よろしいんですか?」


「ああ、元々あの矢を使いこなせる冒険者なぞ今までいなかったからな。始末に困ってたものなんだよ。気にせずに受け取ってくれい。」


「ありがとうございます。」


「うむ。」


それまで言うとグランツは工房にいるパウを呼び、オドと共に工房の中へと戻る。


「それで、パウは何の用だ? ただ彼を紹介するだけに来たわけではないだろう。」


「ええ、実は彼は戦槌使いでしてね。彼の鎧を見繕って欲しいんですよ。」


「ほう。」


グランツはそう言うとジッとオドの身体を見つめる。


「しかし、彼自身はあまり鎧を着るのは好きでは無いようで、、、」


「そうなのか?」


パウに言われ、グランツがオドに問う。


「はい。鎧は重いので、、、それに慣れていませんし。」


「そうか、、、。」


グランツは少し考えるように黙るが、すぐに口を開く。


「物は後で考えるとして、寸法だけとっておこう。」


そう言うとグランツがエプロンから巻き尺を取り出す。


「お代はどうしましょう?」


オドが恐る恐る聞くが、グランツはそれを笑い飛ばす。


「なに、その弓の腕前があればすぐに稼ぐようになるさ。それより鎧がなきゃ稼げんだろう。ほれ、ほれ、そこに立て。」


グランツはオドを台の上に立たせると次々とオドの身体のサイズを測っていく。そんな2人の様子をパウはニコニコと眺めていた。


「よし、こんなもんでいいだろう。」


一通り測り終え、オドは解放される。


「だいたい1週間後に来るといい。それまでには考えておく。」


それだけ言うとグランツは炉の前に座りブツブツと独り言を言い始める。


「ああなったらグランツさんはしばらく動かないよ。それじゃあ、オド君。行こうか。」


パウはそう言ってオドを促す。


「このまま出て行っていいんですか?」


「ああ。もう自分の世界に入ってるからね。反応を待つだけ無駄だよ。それに、オド君には"次の予定"があるからね。」


そう言ってパウは意味ありげに微笑むのだった。




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