第3節 剣契(後編)

剣契(後編)Ⅰ 儀式の旅路を踏み出すとき



オドが剣契の日を迎える。


オドは天狼族の正装である黒シャツに黒のスーツ、黒地に金の刺繡が施されたネクタイをまとい、ローズと共に家で待機をしている。腰には緑鹿の弓と青蛇の短剣が収められており、手には鞘に納まったキーンの剣とタマモの戦槌が重なるように握られている。


「そろそろだな。」


そういうとローズは立ち上がる。


ローズは緊張した面持ちのオドの肩を優しく叩くと、後ろを向くようにオドを促す。


「オド、オドが子供としてこの家の門をくぐるのは今日で最後だ。次、オドがこの家の門をくぐる時には君はもう立派な大人だ。」


そう言いながらローズはこんの長いコートをオドの肩に掛けてくれる。


「今日のオドの姿を見てようやくタマモとキーンとの約束を果たせたように感じるよ。天にいる2人もきっとオドの門出を祝っているはずだよ。」


オドの背中越しにローズの声が聞こえてくる。


オドは振り向くことなく、いつものようにキーンの剣を背負い、タマモの戦槌を右手に握る。


家の扉がノックされる。出立の時間が来た。


「オド、儂の自慢の孫。胸を張って、いってらっしゃい。」


ローズの言葉に背中を押される。


「、、、今日まで、ありがとう、爺ちゃん。行ってきます。」


扉が開かれ、オドは家の門をくぐる。






剣契は約一週間掛けて行われる儀式である。


これは一人の子供が大人となるための旅であり、その過程で剣に生涯の誓いを立て、その責任をその生涯をもって引き受ける事となる。


新成人はまず、遠吠えをする狼の形をした二つの山頂を持つ大星山の狼の下顎に当たる低い方の山頂に昇る。そこにあるしも祭壇にて座禅をし、天に祈りを捧げることで啓示を得る。そののちに、狼の鼻先に当たる高い方の山頂に昇り、そこにあるかみ祭壇にて一晩、天の大星天狼星に剣舞を披露する。夜明け、山頂に剣を突き立て血の誓いを立てて剣契は終了し、あとは下山するのみである。


大まかな流れはこの様になっており、その中でも細かに内容が決まっている。






オドは現在、集落の中心で集落のグランであり、ローズの弟であるタージから儀式の流れの説明を改めて受ける。一通り説明が済むと、タージはオドに頷いて、白い袋を手渡す。ここには儀式に使う道具と食料が入っており、儀式の道具にはオドが洞窟にて獲得した角鹿の角と海蛇の脱殻ぬけがらも含まれている。また、食料と言っても山頂の祭壇での飲食はできないため主に移動中に食する最低限のものである。


「ありがとうございます。それでは、行ってきます。」


オドは袋を受け取るとタージに一礼すると大星山の山頂に至る道のある集落の東門へと歩いていく。


門への道の沿道には天狼族の面々がオドの門出を見送る。その中にはカイとムツや、コウとルナの姿もある。各々が弟分であるオドに激励の声をかけている。


彼らの声を受けてオドは集落の門をくぐり、約一週間の旅に出る。



オド・シリウスの剣契が始まった。




◆ ◆ ◆




オドの剣契が始まるのと同じ頃、大陸随一の大都市であるドミヌス帝国の帝都の中心にそびえる二本の巨塔の一角、ドミヌス帝国国教会の総本山たるサン・ガルド大聖堂の地下にある秘密の広間にて、男が漆黒の石板を眺めている。

煌びやか装飾のちりばめられた修道服の上に更に豪華なマントを羽織ったその男は、丸々と太った身体とは対照的に顔が細く、そのまなこには野心と冷酷な怪しさを湛えている。


「あと少しの辛抱ですぞ、、、」


そういって男はその異常に大きく、しかし細く長い指を持った手で石板を撫でるように触れる。光を吸い込むような漆黒の石板には不思議な文字が刻まれており、文字は時折、禍々しく赤く光り瘴気のようなものを吐き出している。


突如、バキッという音と共に石板に一筋のひびが入り、赤い光が漏れ出る。


「これは、、、」


男がそう呟くとその顔に怪しげな笑みを浮かべる。


「ヴァックスはいるか」


男が言うと広間の影から細身の長身の男が亡霊のように音もなく姿を現し、膝を着く。


「枢機卿猊下、ここに。」


「うむ。至急、全国に散らばった親衛隊を帝都に集結させよ。」


「ハッ」


配下のヴァックスは音もなく下がっていき、広間では再び男が一人、石板を見つめる。


ドミヌス帝国国教会枢機卿、ゴドフリーは虚ろな瞳でただ石板を撫でるのだった。



◆ ◆



「急な呼び出しなど珍しいな。」


枢機卿の親衛隊帝都集結の命はかつてキーンと剣を交えたドーリーの下にもすぐさま届いた。ドーリーは12年前、キーン一人の手によって多くの親衛隊員を失うという失態により階級を落とされ、干されていたが、武術の実力によって再び親衛隊の副隊長の職に返り咲いていた。


かつての屈辱的ともいえる経験はドーリーに枢機卿に対する狂気的な忠誠心とキーン及び獣人に対する復讐心を駆り立てさせた。


「猊下の命だ。誰よりも早く戻ることにしよう。」


そういうと、ドーリーは部隊を率いて馬を走らせるのだった。


12年前ドーリー達、枢機卿親衛隊による獣人狩りが行われて以降、ドミヌス帝国内では明確に獣人差別の風潮が高まっており、かつては少数民族ではありながらも人間ノーマンと共存していた獣人たちは大陸を貫く山脈を超えて大陸の西側に逃れていき、それができなかった者達は差別によって人間ノーマンに従属的な生活を送らざるを得なくなってしまっていた。




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