君に捧げる最後の言の葉

水瀬はるか

第1話春(1)

ギーーーーーーーー


騒音と衝撃が脳をつんざく。少年は幼なじみに手を伸ばし、その指先に_________触れた。


しかし、その手が彼女を救うものとはならなかった。


小鳥のさえずる声が聞こえる。ゆっくりとまぶたを押し上げると、視界がピンクに染まり鼻孔を花の芳しい香りがくすぐった。


辺りを見回すと、そこは見たこともない木の上。なぜ私はこんなところにいるのだろう?そもそもいつから?小さな手を顎にあてて考えてみるが、全く思い出せそうにない。ぐるぐると考えていると、最大の疑問に突き当たった。


私って誰だろう……?


さすがにそれが分からないのはおかしい。全身の血がスッと引くのを感じ、木が私の動揺を表すようにぐらりと枝を揺らした。


ふと何かの気配を感じて眼を向けると、遠くから少年が走ってくるのが見え、とっさに自分の体を花の中に隠した。彼は近くまでくると、この木を見上げて


「おかしいなぁ……。」


と首をひねる。何がおかしいのか、固唾を飲んで続きを待っていると、向こうから二人の少年が大声で叫びながら彼をめがけて走ってきた。


「リオーーーーーーーーー、待ってーーーー!!」


はあはあと息を切らして追い付くと、背の少し高い少年がリオと呼ばれた少年を小突いた。


「おまえ……足早いんだから少しは加減しろっての!!」


「痛っっ!!ユキちゃんこそそ馬鹿力どうにかしたらどうですかー?」


「おまえぇーー!!その呼び方やめろっ!!!!!」


二人は暫し睨みあったが、リオが肩をすくめて口許を上げた。


「ははっ、悪かったよ。雪村隼くん。」


「分かればいい。」


二人の会話をハラハラしながら聞いていたソバカスのある少年が仲直りしたことにほっと胸を撫で下ろした。


「もう、二人して止めてよね。見てて心配になるから。」


その言葉にリオが笑みを溢した。


「奥野は本当に心配性だなぁ。」


「おまえが余計なこと言うからだろうが!!」


すかさずツッコミを入れる雪村はお兄さん的存在なようで奥野の頭を悪かったな、と言いながらクシャクシャと撫でた。それを見たリオは不満そうに口を尖らした。


「なんで俺は殴って奥野は撫でるんだ?差別反対!!」


「それはおまえが悪いだろ!」


くすり、その会話を聞いた私は思わず笑い声を漏らした。それに反応したリオがこちらを見上げる。他のふたりには聞こえていないらしく不思議そうにリオを見ていた。


「どうしたの?」


奥野が不安そうに彼に尋ねる。


「いや、笑い声が聞こえた気がして。」


その言葉に雪村が反応した。


「そういやおまえ。さっきも突然走り出したよな?大丈夫か?」


「さっきはこの木の枝が風もないのに揺れた気がして……。」


私はドキリとした。ばれて困るようなことなのかもわからなかったが、なぜだか気づかれたらいけないような気がして更に手足を自分の体の方に寄せ、小さくなって彼らが去るのを待つ。


「そういえばさ、」


雪村が口を開いた。


「ここらへん、出るって噂らしいぜ?」


「出るってなにがだよ?」


「幽霊に決まってんだろ?昔からこの町では有名な話さ。最近じゃ出ることも少なくなったらしいが昔はよく出てたらしいぜ。しかも姿は全く見せず声だけらしいんだ。」


「それじゃなんも怖くないじゃないか。」


「いや、怖いのはこっからだ。その声を聞いたやつはここをよく訪れるようになり、最後にはこの木の下で謎の死を遂げるらしいぜ。何でも木に命を吸い取られるらしい。それでこの木についた名は……。」


「名は?」


皆ゴクリと唾を飲んだ。


「命の木。」


「まんまじゃねぇか!!」


リオがツッコミを入れ奥野は怖い、怖いと繰り返す。


「ま、とにかくこの木には近寄らないことだ。じゃあ、一番最後に丘のふもとに着いたやつ、アイス奢りな!!」


そう言うと雪村は笑いながら走り出した。


「ずるいぞ!!」


「ずるいよ~」


二人も遅れて走り出す。少年たちが去ると辺りは突然静かになり、私はほっと一息つくと縮こまっていた手足を伸ばした。


「ほんと、騒がしい人達だったなぁ。」


「わたし幽霊になっちゃったのかなぁ。」


独り言を繰り返すと、それに答えるように風が吹き、花を少し散らした。


その花びらを眺めていると先程の少年、リオが頭の中に浮かんでくる。


私は会ったこともないはずの彼が無性に気になり始め、その名を口ずさんだ。リオ、リオ……その名を口にするたびに少し強めの風が吹き、薄桃色の花びらとその声を彼の元へと運んでくれるような、そんな感じがした。

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