#2-7




「難しいだろー」


 断じたのはサヴィだ。骨付きの鶏肉を食べつくし、骨をかじりながらの発言だった。


「理由は?」

「わかってるだろう、オートだって」


 わかっていることだ。それでも認めることがいやで、オートは反論する。


「だけどサヴィには見えた」

「ムゥには見えてないだろう。お前が言っていたみたいに、相性が悪いからだぞ」

「それじゃあサヴィとクベルナの相性はいいのか?」


 エルフと女神が押し黙って、お互いに視線をちらりとやってから、ふんとそっぽを向いた。素直になれない思春期のような二人だ。


「まあ無礼平野ではあるが。これを構成する一部は自然だから、ちょっとは、わからなくもない、ぞ?」

「枯れ枝だけどね、それだって種火を起こすのには使えるでしょ。もり森モリってうるさいけれど、森があるからヒトが住処を作ることができるっていうのも、事実ではあるのよ」


 お互いにすべてを肯定するわけではないが、一部分共通しているからこそ認知が早かった、そういうことなのだろう。

 いまだにクベルナが見えずにいるムゥは、無表情の中に苦みを含んでいた。


「工房か学院に行って、心の具合を確かめてもらうのがいい。そう思ってしまいます。わたしという機体も、なにもないところに食べ物が消えていく光景を見ていると、整備をしたほうがいいのかと」

「考えすぎないほうがいいんじゃないのか」

「存在しないものが存在している。その矛盾を許してしまったら世界は成り立ちません。あまねく世界は法則によってできているのです――あぅ。矛盾が、あっ」


 女神が、己の肌が焼けるのにもかまわずにムゥの頭をつついたのだ。連打だ。見えない人類には触れられないのに、認識できない機械相手には触れられるというのもおかしな話ではあった。

 二者がたわむれるのを横目に、向かいの席のサヴィがオートを見る。今度は少し真剣な目で。


「なあ……ほんとうにこれを続けるのか? ほら、明日は依頼が入ってるだろう。ついてきてもらえないか」


 オートはかぶりを振った。エルフの長い耳が少し下がっている。気落ちしている様子だった。


「自然保護派の活動家ミノタウロスと過激派鍛冶師のサイクロプスの仲裁だっけ。荒事になりそうだろ……俺はこっちをやるよ」


 向いてないみたいだから、というのは言わなかった。あのとき、朝の陽ざしの中で語り合った言葉は残っている。だがそれが、ただそこにいるだけ――停滞していることを意味しているのだとは思えなくなっていた。


「そう、か。もし力になれることがあったら言うんだぞ」

「わかってるよ。そっちも気を付けてくれ」


 ――クベルナのしっかりとした生存。それを達成できたのなら、俺も彼女相手に胸を張って話せるようになってるんだろうか?

 結果が出なければわからないことだった。少し気まずくなった空気を払うように、彼は意識して明るい声を出した。


「明日はゼントヤのほうに行こうと思ってるんだ。なにか買ってこようか?」


 ゼントヤ研究学院は、ミアタナンの北西に位置している。学長にして最年長の学生でもある個人の名前を冠した研究機関だ。街のインフラ設備をはじめ、役に立つもの、役に立たないものも関係なく、所属する個々人の情熱が、情熱の赴くままに研究、開発を日夜続けている。

 ムゥが作成されたのもそこで、ある種の生まれ故郷でもある。その名前が出たのか、壊れていたそれも復活した。


「そうだな……じゃあオート、お前が選んだものでいいぞ」

「わたしは、神とやらの存在証明がほしいです」

「いやどうやってだよ」


 そんな風にして夜は更けていった。

 オートの部屋と寝台は神への捧げものとして強奪されたため、彼はソファ暮らしになった。なにかがおかしいと思うことがある。




 記憶喪失のオートのはじまりはシミラビー河だ。

 その本流から人工的に分けられた分流、その行き止まりである貧民窟のガラクタ着き場に、彼はゴミとともに流れ着いた。拾い上げてくれた鼠のダミワードの言うことには、おそらく河の上に建てられたゼントヤ研究学院において、記憶を処置されてから投棄されたのだろう――とのことらしい。

 ミアタナンの北西から入り、西の港へと繋がる流れには、ときどきとんでもないものが混じっていると言われている。ゼントヤで造られた、自然の姿とはかけ離れた生物だ。彼が聞いたものの中では、サメとタコとイカを混ぜたよくわからない生モノや、サメの胴体とカニの節足を無理なく併せ持つゲテモノが確認されたという話がある。学院生の中に、はた迷惑なサメ好きがいることだけは確からしかった。

 ゼントヤ研究学院と、そこに隣接するアーマティハ大図書館は、どうやってかシミラビー河の流域、断崖から降り注ぐ滝のすぐそばに浮いている孤島に建てられている。たどり着くためには飛ぶか、一本だけ繋がる大橋を渡るしかない。王家の承諾を得ないうちに、エネルギーの安定供給のためにと建設された巨大水車が回り続けていた。

 滝となって水が流れるのを背後に、オートは周囲を見回した。隣に浮かぶクベルナも、ここは昨日とは違って期待が持てそうね、と頷いていた。


「オート、あれはなにかしら」


 女神が指さした先には、青い肌で面長の、背中にヒレと鱗を備えたヒトがいた。


「魚人。エルフが森の民なら、あの人たちは海の民だ。海でも陸でも生活できるから、船乗りになったりすることが多い」


 その魚人の脇を、ヒトよりも早く歩いていくのは、手足を昆虫のものに取り換えた人間だ。


「アレは?」

「改造体。ここだと、種族固有の姿はアテにならないから」


 彼らのすぐそばを改造体のサイクロプスが通った。アーマティハ大図書館に職があるのだろう。そう判断できたのは、両腕に本を何冊も抱えていたことと、身に着けている司書服。なにより顔の中央から上に位置する、種族的な特性ともいえる大きな単眼が――ハチの巣のように分割されており、独立した眼の集合体ともいえる――複眼になっていたからだ。たくさんの目があれば、たくさんの書を同時に読める。そういうことなのだろう。複眼サイクロプスとは、もう理解の及ばない領域だったが。


「ふぅん。まあいいんじゃないの」

「思ったより寛容なんだな……こういうのは怒るって思ったけど」

「生まれていつか死ねばそれは生き物なんだから。勝手に寿命を伸び縮みさせたところでとやかく言わないわよ。酒や草に溺れるのと変わりないわ。それよりも小腹が空いたから、なにか捧げなさい」

「なんだか、ガキ大将にいいように使われてるみたいだな」

「自分で考えなくてもいいから、楽だって思ってるんでしょ?」

「どうだろうな。イチゴの薄甘巻きでいいよな、それ以外にはマトモなもんがないし」


 食べてみないとわからないのだからなんでもいい、という返事をもらって、彼は屋台に並んだ。

 改良型十三枚羽鶏のウィングスティック(生きた実物が籠に入っていた。グロい)、動く! スライム水飴(スライムにたくさんの砂糖を食べさせただけ。胃腸の無事は保証しませんと小さな字で隅に書かれている)、産地直送・食用ドレイク岩魚の素揚げ(河に面した屋台の後ろにいくつもの釣り竿)など……。研究学院でどんな研究が行われているのか、その片鱗を見た思いだった。

 ふと不安に駆られたオートは、薄甘巻きの原料はなにかと尋ねてみた。通常であれば鶏卵や小麦のはずだ。見た目は人間な、大きな鉤鼻の店主がといている卵は、普段見るそれよりも濃い色をしていた。


「人間の卵。今朝取り。うまいよ」


 気にしないことにした。

 戻ってきたとき、クベルナに話しかけている男がいたのは想定外だった。青い、生命へと変わりゆく水をイメージした紋章が刻印されたローブはゼントヤの学生のものだ。何事かを言われた女神が激高して、すぐに別れていたが。ここの食物で生活しているなら、そりゃ神からは遠いなと思うオートだ。


「見える人、いたんだな」

「『いきなりですけど教えてください、イソギンチャクとスカラベ、来世でなるならどっちがいいですか? 論文のテーマなんです』って聞かれて、怒らないやつっているのかしら」

「怒るっていうか唖然とするな、それ……ほら」


 派手な広告の描かれた包み紙の部分を渡すときに手が触れた。いつまでそれが続くのかはわからないが、少なくともまだ触れることはできるのだ。


「今日中にひとりだけでも見つけたいな」


 口に含んだ生菓子はおいしかった。人間(という名前が付けられた鳥、だということにした)の卵は濃厚で、イチゴの酸味とクリームの甘さをよく引き立てていた。


「あっ、これ甘くておいしい……べ、べつに感謝してるわけじゃないからっ。でもくれるっていうなら、もういっこ、もらってあげてもいいけど……」

「その無駄な照れ隠しは誰が喜ぶんだ。それより食べたら本格的に頑張ってみようぜ」

「どんな奴を狙うの?」


 そう言ったクベルナの、不慣れな食べ物のせいで指についたクリームを舐めとる舌がなまめかしい。見られていたことに気づいたのか、ちろりと先が唇から出て、すぐ消えた。


「……お前が物騒なこと以外に、どんなのができるってことによるだろ」

「舌を見せて、誘惑するっていうのはどうかしら」

「それ以外で」

「そうねぇ。あたしの美しい姿態だもの、独り占めして自分以外には見られたくないわよね、あははっ」


 不覚だった、そう認めるしかなかった。楽しげに笑うクベルナが周囲を浮かび回るのを止められないまま、オートはしばらくからかわれ続けた。




 いかにも悩んでいる人物というのは、そうやすやすと見つからない――。

 そう思っていた二人の予想に反して、三十分ほどで数人が見つかった。いずれもイソギンチャク・スカラベ論争と似たり寄ったりで、信仰を深める役に立ちそうにはなかったが。

 さっき声をかけたタコ腕の魔術師は、今晩自分の何本目の腕を食べようかで悩んでたな……と思いつつ、次を見つけたオートは声をかけようと近づいた。

 人間の、中年の男だ(あくまで見かけは)。

 やあ、ちょっと人助けだと思って聞いてもらえないかな、俺たちはいま……ほら、あっちにいる女の子もそうなんだよ、見える? 見える。そりゃいいや。とにかく俺たち、困っている人を助けたいと思ってて、あなたが助けを求めているように見えたんだ。

 反応は劇的だった。男はぐわりと勢いをつけて詰めよってきた。


「わかるのかぁ。おれがぁ、人生より深く悩んでいるって」

「……ええ、まあ」


 人生より深い人生ってなんだと思いながら頷いた。クベルナに手信号を送る。我発見セリ。

 よければ話してくれよとオートが促す。ダグと名乗った中年男は橋のたもとに寄りかかり、顔を両手で覆った。毛むくじゃらの指の隙間から、きらりと涙が落ちる。


「おれはァ……子供が産みてぇんだッ……!」


 慟哭だった。橋近くの時が止まった。滝燕の軽やかな歌だけが聞こえた。

 二人は顔を見合わせる。女神にも予想外だったらしく、口元が引きつっていた。


「俺もう帰っていいか?」

「やめなさい。最後まで聞いてから、優しい笑顔で『ごめんやっぱ無理』って逃げればいいのよ」


 小声で言い合う。おいおいと泣く男には聞こえていなかったのが幸いだった。


「そうか、大変だったんだな……とにかく、詳しい事情を話してくれないか」

「お前はァ、おふくろの思い出ってあるか?」

「悪いけどさっぱりなんだ。記憶がなくなってる」


 それは残念だ、本当に……。毛むくじゃら男の同情は深く、真剣なものだった。


「おれはミアタナンの外の生まれでな。南にある小さな、貧しい山村で、親父は物心つく前に死んで、おふくろの手で育ったんだがァ――」

「長くなりそうだから、要点だけ言いなさい」

「おふくろが好きすぎてな、おれもおふくろになりたくなったァ」

「やっぱりルーツとか感動できる思い出話も聞いておいたほうがよかったんじゃないのか。これだと危険なだけだぞおい」

「あとには引けないでしょ、黙ってなさいっ」


 男の言い分はこうだった。

 おふくろになるためには子供を産まなければならない。自分の胎で大事に育てて、痛い思いをして産んだ子供、それを育ててこそ、己の追求するおふくろ像なのだと。だが肝心な部分がいけなかった。ダグは……男だった。どこからどう見ても。すね毛も髭も指の背に生えた毛も、濃ゆかった。見せようかと言われて、すぐさま断ったが。胸も脇も濃いといういらない補足が入った。


「だけどおれはァ、おふくろになりてぇんだ! いますぐッ!」


 夢を原動力にして、ダグは長年こつこつと金を貯めた。つまりそれだけ昔から願っていたということだ。

 そしてついに願望の第一段階――つまりは女になることを達成したのだ。見た目はまるで変わっていなかったが。

 妊娠させることはまた法外な別料金を要求される上に、生命の領域に踏み込むために、ゼントヤの優秀な学生でも難しいのだと言われたという。そして、そのための金は男の財布には残っていなかった。


「そいつぁもとより断るつもりだった。おれには愛がある。おふくろがそうだったみてぇに、片親でもきっちり育ててみせるって決意があるッ。弟には絶縁されたがァ」


 決意はあっても相手はいなかった。

 誰が好き好んで、どうやっても中年男にしか見えない相手と子孫繁栄に励むというのか。双方にとって残酷な話だった。


「金はないがァ、どうしても諦めきれなくて……このあたりでうろついてれば、魚卵でもなんでも腹にブチこんでくれる魔術師や研究生がいるんじゃねぇかってな……」

「魚卵」

「ヒトですらなくなったわ……」


 鼻をすすって、ダグはもう魚卵でも鶏の卵でもいいと締めくくった。でも蜘蛛はちょっと怖いからいやだとも。どちらでもイっちゃってるのだから、オートからすればそう変わりはなかった。


「よし逃げるか」

「いいえ。相手が女ならやれるわ。あたしに任せておきなさいな。……おまえ、ダグと言ったわね」

「あァ。産むならあんたみてぇにかわいい子がいいかもしれねぇ、いや、やっぱり腕白な男の子のほうが……お母ちゃんを守ってくれる強い子がいいもんなァ……」


 まだ見ぬ(まず腹にはいない)子供を想像して、ダグは腹を撫でた。脂肪で太り気味のそれをさする顔には、確かな慈愛があった。よくよく見ると、男の目はくりくりとして丸かった。だからどうした。

 出会った日のオートに向けていたのと同じ、相手のすべてを透徹するような眼をしたクベルナが、ためらいもせずに告げる。


「女になったときに切り落としたナニは、まだ持ってるわね?」

「ある。しなびちまったが。もう役には立たねぇぞォ。またぐらについてもいねェしな、ハッハァ!」


 女神が顔をしかめた。下品なシモの話だった。ポケットからナニかをつかんで取り出そうとした手を、オートは素早く抑えた。


「なんで持ってるんだおい。出すな頼むから」

「んじゃそれ燃やしなさい。今すぐ。跡形もなく。決別するのよ。まったく女々しいったらないわ。完全な女にならないといけないっていうのに、おまえはまだ半端者でいるのだとわかりなさい」

「おォ……おれはまだ男だったのか、おふくろになる準備ができてなかったかァ……!」


 ダグが大きくよろめいた。そしておもむろに改良型十三枚羽鶏を揚げている屋台へと近づくと、鍋の下にナニかを放り込んだ。店主の鳥の悲鳴が高く響く。茶色の煙が昇って、風に吹かれて舞い散った。あの空気を誰かが吸うのだとすれば世界はどこまでも悲惨だ。見知らぬ誰かが病気にならないことを祈った。

 戻ってきた男の……いや、毛深い(どう見ても男にしか見えないが、それでも性別上では)女の顔は晴れやかだった。


「燃やしてきたァ!」

「いいわ。それでこそ母になるもの」


 女神の目が常よりも開かれている。これから行われる秘儀らしきものに興奮しているのだ。


「おれは過去と完ッ璧に分かたれたダグだ、準備はできたァ!」

「おまえを母にしてやるわ、あたしの権能を見ていなさい」


 狂気じみてきた会話にあてられて、思わず逃げ出そうとしたオートの襟首を女神が掴んだ。大地にしっかりと根差した樹木にからめとられたように動けない。

 女神が空いた手を口元に寄せ、手のひらに息を吹きかける。一枚の葉が舞った。幅のそれほど広くない、波打った葉だ。そこから黒々とした実が鈴なりになって結ぶ。


「オート。その辺の店で、生き物の死骸を集めてきなさい」

「せめて食べ物って言ってくれ」


 金は目のきれいな、女だったダグが出した。

 鮮度の落ちないドレイク岩魚の刺身(三日前にさばいたという)、イチゴの薄甘巻き(これもアリと女神の承認が出た)、普通の牛串焼き、精霊塵の氷固め、そのほかに鳥や豚や野菜……。

 クベルナはそれらを一か所にまとめて、生み出した葉を乗せた。路上でやっているから、それなりに人目を集めている。


「命へとうつろうのよ」


 オートの普段使っている言葉とは根本から異なっていた。

 世界に働きかける、力ある言葉だとすぐにわかった。意思だけでも発動する魔術とも違う、言葉によって世界に働きかけ、道理を歪めて結果をもたらす現象。実の中に生き物の死骸が吸い込まれていくのが見えた。調理されたものが消える。やがて女神が持ち上げた葉の、その重さが変わっている様子はなかった。


「よし。この葉っぱ食べなさい。まずいけど」


 手渡されたそれを、女はなんのためらいもなく食べた。皿の上には何も残っていなかったので、調味料も一緒くたに吸収されたらしい。変化はすぐに起きた。腹が膨れてきたのだ。肥満と違うのは明らかだった。


「お、おォ……わかるゥ……おれはいまおふくろになったァ!」


 咆える女。この子が動いてるんだ、触ってみてくれェほら――毛がたくさんの腹を出されても、誰も目を向けようとはしなかったが。ほとんどがダグという女に注目するなか、オートは自分が信仰している(ことになっている)女神を見た。

 蜂がその人差し指にとまっていた。どこから現れたのか、そういう疑問を持たなかった。クベルナが生み出したのだ。猫と同じく。鳥の尾羽のように長く、ナイフのような刃の形をした針を持った蜂だ。


「おォ、なんて言ったらいいのか……ありがとうなァ……どうしてこんなことをしてくれたのかわからんが、ありがとうなァ!」

「そう、礼を言いなさい。クベルナという名を記憶して、崇め、おまえの子供を見るたびに、このあたしがそうしてあげたことを思い出すのよ」

「女神さまだァ……!」


 そうして、信仰の狂奔はしばらく続いた。ずっと称えられていた女神にもさすがに飽きがきたらしく、オートに合図をしてさっさと抜け出した。なお追いかけようとする者を止めるために、道が盛り上がって壁となった。


「よかったのかよ、あいつらが信仰してくれてたのに」

「なぁに? あんた、あたしの神殿にあれらを連れ込んでもよかったのかしら」

「神殿って、お前まさか」


 女神は嫣然と笑った。それが答えだった。

 神殿とは代行請負事務所のことなのだ。いつの間にかそうなっていたらしい。見ず知らずの連中を入れないだけのことを配慮と呼ぶのかどうかはわからなかった。


「神がそこにいて、寝起きをしていればそうもなるわよ!」

「勝手に決めて!」


 その言葉が女神のなにかに触れたのか、飛び回るのをやめて彼の隣に降りてきた。


「……あまり身勝手が過ぎるのもね。でも今日は信心が得られたから、一応の感謝をしてあげるわ」


 調子の狂ったオートがなにも言えずにいる間に、クベルナはいつも通りに戻っていた。ちょっとあんた、あれはなに。ふぅん、それじゃあっちは。どうして機械だのからくりだのに頼るのかしらね、バッカみたい……。

 主に奉仕機械の作る食事を毎日ばくばく食べている女神さまによる、含蓄のあるお言葉だった。




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