純白の魔女ミュリエル
野茨の館に到着した行儀見習い候補は、わたしが最後だったみたい。
部屋に入っていらっしゃったのは、ハイランシアだった。「純白の君」こと、雨の祝福の魔女ミュリエル・レーデスフィアナ・ハイランシア。
わたし、すっかり誤解してたわ、ハイランシアのこと。てっきりお年を召した、わたしから見ればお祖母さまくらいのお姿のご婦人を想像していたの。だってね、昔語りにも出てこられるような方なのよ? そう思っても仕方ないじゃない? でも、想像してたのと全然違って、本物はとってもお若くていらっしゃった。わたしの母さまも若いほうだけど、それよりもうんとお若くて……わたしにお姉さまがいたなら、きっとこれくらいじゃないかっていうくらいのお姿。それだけでもびっくりだったのに、なんていうか、なんていうか……うまく言葉が出てこないんだけど、すっごくおきれい!
わたし、こんなにおきれいでかわいらしい方って、見たことがない。たおやか、っていうのかしら。ほっそりと伸びる白い花のようなお姿。絹糸みたいなつやつやした白い髪が、なだらかな肩から背に沿ってすっと流れ落ちている。茨の白い花弁のような滑らかな肌、うすく上気したみたいな頬、バラの実を煮出したような赤い瞳は深く澄んだ光をたたえていて、この世のあらゆる英知に通じてらっしゃるようなご様子だった。
つかの間だったけど、わたしはハイランシアに見とれていたみたい。気がつくと周りの子たちが立ち上がっていて、わたしはあわてて立ち上がった。
「ようこそ、リーブシエールへ」
やわらかな花の香りを思わせる声が響いた。
「わたくしは魔女ミュリエル。レーデンスフィードの因果の紡ぎ手にしてこの館の主。皆さまがいらしてくれてうれしいわ。わたくしの前でどうか緊張なさらないで。奥の方から順番にお名前を教えてくださる?」
ねぎらいと微笑みでご挨拶をうながされる。
まず黄色いドレスのリネットが腰を折った。
「あ、わ、わたしは、オブライエン家のリネットと申します。お招きありがとうございます、ま、ハイランシア!」
あらら、かっちかち。バネ仕掛けのお人形みたいになっちゃってる。それはそうよね、わたしたちにとってハイランシアは、ほんとうなら一生お会いすることもない、すっごく雲の上のお方だもの。緊張するなって言われても、緊張しちゃう。わたしは、真っ赤な顔のリネットを横目で眺め、こっそり同情する。
純白の君が、微笑んだままリネットへ頷かれる。
お次は、くるくる巻き毛のデーナさま。
「お初にお目にかかります、ハイランシア。わたくしは、セルカム公爵家の一番目の娘、デーナと申します。本日はお招きに預かりましたこと、光栄に存じますわ」
さすが、公爵家のお嬢様だけあって、堂にいるっていうのかしら、ご挨拶もなれていらっしゃる。わたしもあんな風にできるといいんだけど……。
純白の君は、デーナさまへ、やはり微笑んで頷かれた。
「ご機嫌うるわしゅう、ハイランシア。わたくしはボウ伯爵家のグロリアと申します。こうしてお言葉を交わせますこと、この上もない恭悦に存じますわ。どうぞ、以後よしなにお引き立てくださいまし」
にっこりと、花のような笑みまでつける。これはグロリアさまだ。すごい、公爵家のデーナさまに全然負けていない。ちらりとこちらにも流された目が、得意げに見えたのは、気のせいかしら。それに、一瞬デーナさまと絡まった視線の間に火花が散るのも見えたような……。ああ、そうか。ボウ家は伯爵家だけど、母方のお祖母さまは王族に繋がるお家のご出身だから、お二人の間には対抗意識がおありなのかも。
そんなことを考えていると、隣の子に肘でつっつかれた。ええっ、いつの間にか皆自己紹介を終えてる! あとはわたしだけ!?
わたしは慌てて口を開いて、それで、
「ウェルウィンです! こんにちは、純白のミュリエルさま!」
ああっ、お辞儀するのを忘れてた! その上、よりによって、いきなりハイランシアを直接お名前で呼ぶなんて失礼な真似! や、やっちゃった……。
周りの子たちが皆、あっけに取られてこっちを見てる。わたしの頬に、血が上っていく。だれかの喉から漏れ出したくすくす笑いが、たちまち皆の間に広がっていった。あああああ、帰りたい。今すぐ穴があったら入りたい。
だけど、純白の君は違った。とんでもない失礼をとがめだてることもなく、ほんの少し目を見開かれただけで、にっこりとすぐにわたしに笑いかけてくださったのだ。
「こんにちは、ウェルウィン。あなたはとても元気が良い方なのね」
いやみとかじゃなくて、本当に、ごく自然な笑顔とお言葉だった。あんまり自然だったから、わたしを笑っていた子たちも毒気を抜かれたみたいで、くすくす笑い続けるのをやめた。ああ、本当に高貴な方って、こんな風に一瞬で場を収めてしまわれるんだ……。
なんて凄い方なんだろう。なんてお優しくて素敵な方なんだろう。わたしはいちどに純白の君が大好きになった。箔付けなんて、失礼なこと思っててごめんなさい。わたし、純白の君のもとで、貴婦人になる勉強がしたい。純白の君ミュリエルさまの前に出て恥ずかしくないような、貴婦人になりたい。
でも、行儀見習いとしてお側に置かれるのは、一人だけって決まってる。きっと選ばれるのは、デーナさまかグロリアさまだ。他の女の子たちじゃ、あのお二人にはかなわないもの。百歩譲ったとしても、大失敗してしまったわたしが選ばれないことは確かだわ。ウェルウィンの馬鹿。これじゃ「精一杯がんばったの」って、父さまに言い訳もできない。
わたしはあんまりにも残念で、悲しくて、危うく地の底まで落ち込みそうになる。うう、でもダメよ、ウェルウィン。落ち込んでる場合じゃないわ。ハイランシアに嫌われないように、とにかく、これ以上恥をかかないよう気をつけなくちゃ。
ハイランシアが、皆をぐるりと見回された。
「ウェルウィンでご挨拶は最後なのね。この後少し皆さまとお話がしたいわ。ささやかだけど、あちらの部屋に飲み物とお菓子を用意させていますのよ。皆でお茶にしましょう」
隣室から、クリームやお砂糖、焼いた小麦の甘い香りが漂ってくる。なんておいしそうな匂い。生唾がわいちゃう。今朝はバタバタしてて、あまり食事も取れなかったから、こんな風においしそうな匂いをかいでいると、ううう……、お腹が鳴りだしそう……。
て、食欲に負けてる場合じゃないわ。ハイランシアは、きっとお茶会で品定めなさるおつもりに違いないもの。そりゃあ、お茶もお菓子も魅力的だけど、でもでも、うんと気合を入れて、優雅に! がんばってハイランシアのお目に留まるように、貴婦人らしく振舞わなくっちゃ!
わたしは背筋を伸ばしなおすと、案内されるまま、皆に続いて隣室へ入っていった。
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