第29話 同級生と弾丸2

 俺と榎並さんとの間を金属の板としか呼べない物が遮っている。

 初日の授業時より数倍大きくなったものの、形や色はそのままだった。


「槍も銃も使えるはずよね? なぜ盾なのかしら?」


「なぜ、と聞かれても。可愛いクラスメイトを刺したり撃ったりする訳にもいかないからね」


 榎並さんの指摘通り、武器の類いを"発現”することも出来る。

 だが、こればかりは性分なのか、盾を持って走り回る戦い方が俺には一番合っているように感じていた。


 盾の表面に"力"を流して、盾を透明にする。


 見えてきた榎並さんが、なぜか泣き出しそうな表情を浮かべて、下唇を噛んでいた。


 おや? と思った瞬間に、彼女が地面を蹴る。


「確信したわ。やっぱりあなたは死ぬべきね」


 太陽を背にして大きく飛び上がった彼女が、スカートをなびかせながら銃口に力を集めた。


 一瞬の後に、銃弾が放たれる。


 慌てて盾を持ち上げた俺の腕が、小さな衝撃を受けた。


「当たりなさいっ!」


 苛立ちを隠そうともせずに、彼女が2発、3発と銃弾を撃ち込んで来る。


 盾に銃弾がぶつかるたびに体勢を崩しながらも、盾の位置だけは変えずに抑え続けていた。


「なっ……!?」


 彼女はそのまま俺の盾へと突っ込み、彼女が大きく足を伸ばす。


 視界の半分が彼女のスカートに覆われて、彼女の足が俺の盾を挟み込んでいた。


「死になさいっ!」


 俺が握る盾にまたがったまま、彼女が素早くトリガーを引き絞る。


「っ!!」


 慌てて愛用の盾を手放し、持ち手を蹴り飛ばすように後ろへと飛んだ。


 間一髪のところで、銃弾が足下の土をえぐっていく。


 ハッ、と顔を上げれば、俺の盾を遠くへと蹴り飛ばし榎並さんが、ニヤリと笑っていた。

 だけどそこには、戦いを始める前ほどの余裕は感じない。


「今のを避けるなんて、私の予想以上ね。賞賛に値するわ」


 不敵な笑みを見せながらも、額には大粒の汗が浮かんでいる。


 彼女のトレードマークである可愛らしいポニーテールも、今はどこなくしおれて見えた。


「光栄だね……。それで? まだやるのかな?」


「もちろんよ。あなたが死ぬまで続けるわ」


 心の底から楽しそうに笑いながら大きく息を吸い込んで、彼女が細身の片手剣を"発現”させる。


 体に染みついたような動きで軽く剣を振るい、いつの間にか、切っ先を俺の方へと向けていた。

 その手には、今までずっと握りしめていた拳銃の姿はない。


「弾切れかな?」


「いいえ、まだまだ撃てるわ。でも、せっかくだからこちらでお相手してあげる」


 鋭い視線を保ったまま、彼女は額から流れ出す汗を小さく拭う。


 銃は威力や飛距離が優れる代わりに、より多くの"力”を使い体力を消耗する。

 強気に微笑んではいるものの、榎並さんの姿を見る限り、銃は打ち止めだろう。


 だけどそれは、僕だけが有利と言うわけではない。


「得意の盾はもう使えないわよ。さぁ、殺し合いましょう」


 もう一度大きく息をして、彼女はほんの少しだけ腰を落として見せた。


 銃も盾も、現物に触れながら消さない限り、もう一度呼び出すことは叶わない。


 俺は小さくため息を吐き出して、彼女と同じような細い剣を右手の中に呼び出した。


「知っているだろうけど、剣は苦手なんだ。手加減してくれるとうれしいよ」


「言ってなさい」


 俺が両手で構えるのを待ってから、彼女が急激に飛び込んでくる。


 切り下ろしを剣で弾き、次いで繰り出された切っ先を後ろに下がって避ける。


 体力の関係で普段よりも鈍い彼女の動きに出来るだけ剣を触れ合わせて、じりじりと後退をし続けた。


 俺の剣と彼女の剣が交わるたびに、"力"が光の粒になって散っていく。


「あくまで殺し合わずに、体力切れを狙う。どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのかしら?」


「いや、バカになんてしてないさ。俺が思う最善の戦いをしているだけだよ」


「それがバカにしてるって言ってるの!!」


 不意に彼女の声に怒気が混じり、突きの一線が放たれる。


 だけどやはりそれは、動きの鈍ったキレのない攻撃。


「キミは何を抱えているのかな?」


「……っ!!」


 問いかけと共に剣を弾くと、彼女が一瞬だけ目を見開いた。


「どうしてあなた達はそうやって……!」


「ん?」


 言いかけた言葉が途切れて、彼女の視線がより鋭さを増していく。


「こう見えておしゃべりは好きなんだ。聞かせてくれないかな?」


「…………」


 唇をギュッと結んで一瞬だけ動きを止めた彼女が、小さく首を振って剣を握りしめた。

 どうやら話してくれる気はないらしい。


 だけど、その小さな時間も、彼女の体力を奪っていく。

 手に持っているだけでも、"力”は常に減り続けていた。


 剣と剣がぶつかり合って、時間と共に彼女の顔色が険しくなっていく。


 そしてついには彼女の体が大きくふらつき、剣が地面に突き刺さった。

「くっ……」


 剣を杖のように使いながら、彼女の悔しそうな瞳が俺を見上げる。


「殺、しなさい……」


「それは出来ないよ。キミは僕より長く生きるべきだ」


 ホッと力を抜いて、俺は手の中から剣を消した。


 授業中にはなし得なかった初勝利。


 それは彼女が俺を殺そうと力が入りすぎていたことと、警告のために空へ銃弾を打ち上げたこと。

 いろいろと俺に有利だったが、それでも素直に嬉しかった。


「でもせっかくだから、どうして俺を殺そうとするのか教えてくれないかな?」


 そう言葉にして、今にも倒れそうな彼女に手を伸ばす。



――そんな時、



「ん……?」


 木々の隙間に隠れるように、迷彩服の男が伏せているのが見えた。


 彼女の体のはるか後方に、狙撃銃のような長い銃身が太陽の光を反射している。


「っ!!」


 取り付けられた装置から出る赤い点が、榎並さんの心臓を背中から狙っていた。


 慌てて彼女と体を入れ替える。

 彼女の体を強く抱きしめる。


「ちょっと!?」


 驚いくような榎並さんの声と重なり合う、小さな銃声。



「ぇっ……?」



 視界の端に、真っ赤な血が飛び散っていた。 

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