エピローグ

エピローグ

 背の高い、がっしりした体躯の野戦服姿の男が、デルタの執務室の前に立っている。

 やわらかいノック。

「どうぞ」

 部屋のなかから合成音。サイボーグ特有の声。

「失礼します」

 かつかつと靴音も高く、男は執務机の前まで歩いていき、きびきびした動作で敬礼する。

デルタ大尉キャプテン・デルタ、荷物の搬出が終了しました」

「軍曹、私は少佐に昇進したはずだが」

「そうでありました。しかし私達にとってはいまでも大尉キャプテンなのですよ、ゲイル・エリクソン少佐殿。――お帰りなさい、そして、ようこそ、我らが戦災復興部隊へ」

 そう言って野戦服姿の軍曹は、親しみを込めた笑顔で応える。

 チャーリーとの戦闘から一ヶ月を経て、デルタはかつての部下たちからの手紙に応えることにした。軍籍を回復し、部隊に復帰することにしたのだ。

 戦後の軍縮のあおりを受け、D中隊の主任務は変わっていた。

 戦災復興――暗殺任務ウェットワークスをこなしていた幽霊大隊フー・フォースは機密の問題からやすやすと解散させることもむつかしく、他部隊へ再編するよりも独立して行動させるべき、と判断されていた。

 暗殺や破壊工作ではなく社会を再構築していく任務に、チャーリーはなじめず造反した。そう上層部には理解されていた。

 チャーリーが戦災復興任務のストレスからアンドロイドの破壊を行っていた、という事実は伏せられ、一連のアンドロイド爆破事件が解決されたことは、表立って報道されることはなかった。

 今後も戦災復興を行う軍の権威を守るため、いずれ、戦争のPTSDによる暴漢が爆破事件の主犯とされ、〝救国の英雄〟によって逮捕されたという、座りのよいうわさが流れることだろう。

 チャーリーといくばくかの期間、生活し、戦闘を行ったデルタも聴取されたが、答えられることは少なかった。チャーリーがデルタのことを知らなかったように、デルタもまたチャーリーのことを知らなかったのだ。

 それを、いまのデルタは少しさみしく思えるようになっていた。

「では、少佐。我々は先に。のちほど秘書官が表に高速機動車ハンヴィーを回しますので」

「そうか」

「にしても――少佐の肝いりと聞いていましたが、どこであんな人材リソースを?」

「なに、ただ休養していたわけではない、ということだ」

 さすがは大尉キャップ、と笑い、軍曹は執務室を出て行った。

 デルタは椅子に深く沈み込む。

 チャーリーとの戦闘からのち、妻と娘が現れることはなくなった。

 戦闘中に得た確信は正しいのだろう。

 その確信を得たことで、妻と娘にすがることもなくなった――そうであるなら、とても哀しいことだ。そうまでして自分は生きていくのか――。

 そうだ。

 妻と娘の幻影と決別し、ようやくそんなことに気がつくことができた。

 それもこれもあいつのおかげだ。

 デルタは屋敷で過ごした日々を思い返すうちに、いつのまにかまどろんでいた。新たな指令と作戦の立案、折衝にと、この一ヶ月は働き詰めだった。

 夏の終わり。窓から吹きこむ心地よい風には、秋の匂いが交じりはじめていた。

 やわらかいノックの音。

 すぐに意識が覚醒する。

 席を立ち、自ら扉を開ける。

 扉の先には、栗色の髪と、赤いフレームのメガネをかけた少女型のアンドロイドが、不慣れな様子で敬礼していた。

「プロメ・エリクソン、少佐殿のお迎えにあがりました」

「なかなか様になっているじゃないか、プロメ」

「お世辞も言えるようになったんですね」

 組合オーナーズではなく軍の制服に身を包んだ、プロメはくすりと笑う。

 チャペック研に保存されていた二年前のフルバックアップと、あの日、ナノマシン群が再結線したことによって一時保存コピーされた人工神経回路網ニューロネットワークを元に、プロメは再構築された。

 しかし、完璧な復元とはいかなかった。

 この二年間の記憶メモリィはほとんど失われてしまった。人工神経回路網が活性化するまでは、デルタのこともわからなかった。視覚系の不具合は、個性パーソナリティとして人工神経回路網ともに復元され、固着してしまった。

 しかしだからこそ、とチャペック研の研究員は言いもした。ナノマシン群によって一時保存された人工神経回路網――人を模して作られた、彼女の感情を司る機能が、記憶の復元に作用しないとも限らない、と。

 だから、そんなプロメに、デルタはもう一度メガネを与えた。二度目であることを丁寧に説明し、さらに今回は、エリクソンの姓も与えた。

 組合オーナーズの所属ではなく、戦災復興部隊の、ゲイル・エリクソン少佐の秘書官として、デルタの個人付きのアンドロイドとして、雇うことにしたのだ。ケンではないが、名前を呼んでくれる家族はそばにいたほうがいい。なにより――今度こそは守ると決めたのだ。

「おれにまた力を貸してくれ、プロメ」

「はい、もちろんです! では参りましょう、デルタ様」

 デルタはうなずき、プロメとつれだって、確かな明日へと歩き出した。



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