4話

 日はすっかり暮れていた。木立のなかの道を、デルタとプロメは歩いて屋敷に向かっている。

 どこか不確かな足取りながら、それでもデルタはまっすぐ歩こうとしていた。後ろを歩いているプロメにはそう見えた。

 あ、と思った瞬間、デルタの体勢が崩れる。道からそれて、やぶへと倒れ込みそうになる。慌ててプロメは駆け出す。

(って重い――)

 プロメは右側からデルタを支える。靴が地面にめり込み、ずずずとずれていく。

「デ、デルタ様ぁ~」

 情けない声を出すしかなかった。

「おまえか……」

 はっと気がついたデルタがプロメを確認し、安堵したようにつぶやく。

「プロメですよ~、すみません~、もう、限界です~」

「すまない」

 そう言ってデルタは膝に手をつき、自分のからだを支える。

 開放されたプロメは脚部の損傷をチェック――多大な負荷がかかりはしたが、ダメージはなかった。一安心――って違う、とプロメは思う。

「デルタ様! 大丈夫なんですか?」

「調子を崩すなんて、まるで人間に戻ったようだ」

「そんな……」

 笑えないユーモアだった。デルタは元より人間だ。でもそう思うことそのものは、きっと喜ばしいことなのだろう。しかしデルタの自嘲気味な冗談を聞くと、プロメは胸の内がざわついた。本当にそれがいいことなのか、プロメにはわからなくなってしまう。

「今日はすみませんでした」

 プロメは思わず頭をさげていた。

「なんだ、いったい」

「気分転換になればと思ったんです。でも逆にデルタ様を傷つけてしまいました」

「そうか、――そうだな、おれは傷ついたんだな」

 確認するようにデルタはつぶやいた。

「ついこの間までもう感情など残っていないと思っていた。おまえがいれば、おまえが代わりになってくれる――感情すらアウトソースができると安心していた。ただそれは違ったんだな。おれはいままで強烈に感情が動かされるような、そういうものを避けていただけだったんだ。このからだが望んだことなのか、おれ自身が無意識に望んだことなのかはわからないが……」

「デルタ様……、それは」

 デルタがこちらを向く。ミラーシェードの奥に隠された視線には、初めて会った時の威圧感はなくなっていた。プロメが慣れたこともあるが、いまのデルタはまるで泣く直前の子どものように見えた。

「それが生きることだと思います」

「――そうか、そうまでしておれは生きたいのか……」

 不意にデルタが視線を外し、遠くを見る。すぐにプロメも気がつく。屋敷の方向だ。

 光が走り、遅れて躰を震わせる衝撃音が一度――爆発だ。戦争中に何度も身を震わせた、爆発だ。

 衝撃波にざわめく木立の向こう側から、夜空にもはっきりと黒煙が立ち昇っていく。

「先に行く」

 言葉を残してデルタが消える。予備動作なしに駈け出し、すでに見えなくなっている。慌ててプロメも後を追う。屋敷の方向から物が焼ける匂いが漂ってくる。プロメは夜闇のなかを必死になって走り続けた。

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