episode6 カーリ
「ふんぬぬぬぬぬ!!!!」
顔を真っ赤にしながら、グッと両の拳を握り、全身に力を込めるカーリ。
場所は放課後の第九訓練場。
いつもレイオスと一緒に、二人で模擬戦をしている場所だ。
生憎今日は、レイオスが舞踏会に参加しているためカーリは一人で訓練中だ。
「やっぱ出ないなぁ~、あの金色のヤツ…」
カーリはレイオスとの初めての模擬戦以来、身体を強化する謎の金色のオーラを出すことができていなかった。
数ヶ月前から金色のオーラを出すことを意識して訓練をしているのだが、中々上手くいかず、苦戦していた。
「やあ、カーリくん!今日はいい天気だね!まあ、今日一歩もこの訓練場から出てないから天気わかんないんだけどね!アハハハハ!!!」
愉快に素敵に、顔に似合わないハイテンションで現れたのは学園長のヒカルだ。
これでも世界を救った大英雄なのだから信じ難い。
「あ、学園長先生」
「おはよう!」
「もうお昼過ぎてますけど…」
「私はそんなこと気にしないさ!だって、世界は常に新しく進化しているのだからね!」
「あ、はい。」
ヒカルのテンションに引くことすら忘れ、感情もどこかに置きさったカーリ。顔も目も笑っていない。
流石はレイオスの天敵と言うべきか、ヒカルは気にした様子も無く、両腕を広げ、その場でくるくると回っている。
「カーリくんはあれかな?初めての実習で出した金色のオーラをまた出したいって感じかな?」
「えっと…そうです」
「レイオスくんに負けたくない!その気持ち、学園長超わかる!あ、『ちょう』って二回続くと言いにくね!」
おとぼけテンションの学園長に核心をつかれ、ふと表情が暗くなるカーリ。
「カーリくんの金色のオーラは私が見るに、自分の身体能力を強化する魔術だね。元のポテンシャルをグッと引き上げる素晴らしい固有魔術だ!うーん、羨ましい!!」
「でもまだ一回しか出てなくて…」
「それは多分、イメージが足りないからかな!」
「イメージ?」
「カーリくんは、魔術苦手でしょ?」
「まぁ、初級が少し使えるだけなので…」
この学園の入学に必要なのは、学園長であるヒカルとの面接をして合格すること。
合格基準が分からず、何を基準にしているのかはヒカルのみぞ知ると言ったところで、この学園に通っている生徒全員が魔術を一定以上使えるというわけでない。
カーリもその一人で、剣術は人よりも優れているが、魔術の方はイマイチだった。
「カーリ君は魔術を使う時にどんなイメージを持っているのかな?」
「使いたい魔術の現象に合わせてその情景を思いだしてる…ます」
「うんうん、確かにそれは間違ってないね」
若干違和感のある敬語を使いながら、身振り手振りを使って一つ一つ思い出すように説明するカーリに、ヒカルは満足そうに頷く。
「カーリくんは魔術に属性があるのは分かるよね?」
「はい」
魔術には属性が存在する。
基本属性である『火』、『水』、『風』、『土』。
副属性では、『回復』、『雷』、『光』、『闇』。
希少属性だと、『聖』、『時空間』。
無属性の『自強化』、『他強化』、『錬金』。
他にもあげればキリがなく、約四十ほどの属性が存在し、使い手の量はそれぞれの属性で異なり、レイオスの使う『雷』の属性の魔術の使い手は百人にも届かない。
「属性には必ず元となるイメージがある。例えば炎を撃ち出す魔術なら、元となるイメージは『火』。ですが、カーリ君が使う金色のオーラは『自強化』の属性の魔術の類だとは思うんだけど、何分、『自強化』や『他強化』の魔術ってほはイメージってのは難しくて、使いずらいんだよね~」
ヒカルが言った通り、『自強化』や『他強化』のイメージは難しい。
『火』の魔術ならば、身近に実物があるが、『自強化』となると、強くなった自分を明確に思い浮かべなければならないため、中々イメージが取りずらい。
「魔術はイメージと魔力さえあれば、理論上は全ての魔術が使うことができるんです。カーリ君には魔力の方は充分あります。ならば後はイメージだけでできるでしょう!」
「イメージかぁ……」
ヒカルに言われ、カーリは再び両の拳をギュッと握ると、体に力を込めていく。
「力を入れずぎないよう、なるべく自然体で!」
学園長の言葉にカーリは、握り拳を作るのをやめ、体全身の力を抜き、目を閉じる。
「イメージしてください。初めて金色のオーラを出した時のことを。その時の場所、時間、気温、相手、何を思い、何を感じたか」
「………」
長い沈黙の後、カーリはゆっくりと目を開く。
「場所は第九訓練場。時間は午後の授業。気温は…暖かくて昼寝したら気持ちよさそうだった。相手はレイオス。俺はあの時、レイオスに負けたくない。それだけだった……」
ポツリポツリと、初めての模擬戦でのことを思い出しながらこぼれるカーリの言葉。
「圧倒的な力の差を感じた。最初の一撃を食らって勝てないってのは分かった…けど負けたくなかった。悔しかった」
言葉と共に徐々にカーリの周囲が陽炎のように揺らめく。
「俺はレイオスに負けたくなかった。あの時も……今も…!」
強く、心から叫んだカーリの体をうっすらと金色のオーラが包む。
「素晴らしいですね!少しのヒントで正解に結びつけるその才能!いやはや、魔術の王と呼ばれた私も嫉妬しちゃいますよ!アハハハハ!!!」
「おぉ~!できた!できた!あの時より、色が少し薄いけど、できたよ!流石学園長先生!」
二人は手を取り合い、満面の笑みを浮かべながら、クルクルとその場を回ったり、飛び跳ねたりと大はしゃぎだ。
「それでは手合わせしましょうか!」
「え?」
「男とは新しい力を手に入れ、進化した時、すぐに試したくなるもの!私がお相手しますので、存分にやってください!」
ヒカルから唐突に提案された手合わせにカーリは戸惑いを隠せない。
腐っても世界を救った大英雄。
学園に来てからイメージが大幅に変わったが、昔から読み聞かされた憧れの英雄との手合わせ。
「はい!やらせてくれ…ださい!」
隠せぬ笑顔と、手のひらにじわりと滲む汗を握りしめ、カーリは強くヒカルに返事をする。
「それではいつでもかかってきてくださいな!」
二人は一定の距離を取ると、構えを取る。
カーリはこの半年でレイオスとの模擬戦を重ねたため、最初よりも様になった構えだ。
「行きます!」
掛け声と共に、カーリは姿が霞むようなスピードで学園長に近づきながら、ヒカルに近づく一歩手前で手のひらを学園長に向ける。
「【光よ 我が元に
カーリが使ったのは前の模擬戦でレイオスに使った閃光による、目くらまし。
訓練場全体が強い光によって白く染まる。
隙を作ったことで、カーリは今がチャンスとばかりに学園長の懐へ子供特有の小さな体を潜り込ませる。
そのまま体を捻り、学園長の顎へと拳を叩き込む。
「いいパンチですね!私、こういう生徒の成長を感じる瞬間が大好きなんですよね!」
学園長は指一本動かさず、カーリのアッパーパンチを受けて見せた。
痛みを感じているどころか、終始笑っている。
「なっ!」
完全に決まったと思ったカーリは驚きを隠せない。
顎に吸い込まれるように叩き込まれた拳は、カーリ自身も、少なからず手応えがあった。
だが、動揺している暇はない。
すぐに蹴りを先ほど拳を打ち込んだ顎へ放つ。
そこから、カーリのラッシュは止まらない。
寸分違わず、同じ場所に体重の乗った重い一撃を打ち込んでいく。
初めてレイオスと模擬戦した時とは別人と思えるほどの速さと威力。
カーリのそもそもの身体能力があの頃よりも上がっているため、金色のオーラによって強化されたカーリは普段のレイオス共タメを張れるほどのものだ。
カーリは確かな手応えを感じるも、徐々に不安に狩られていた。
(分厚くて、巨大な壁を殴ってるみたいだ…!)
「はぁぁぁぁぁ!!!!!」
休むことなく、叩き込まれるカーリの連続コンボ。
その衝撃で訓練場の土が舞い、砂埃がたつ。
「はぁ…はぁ…」
時間にして約五分。
カーリは自分の体力が続く限りの攻撃を加えたが…
「アハハハハ!!!素晴らしい!素晴らしいですね!!!」
学園長は最初に立っていた場所から一歩も動かず、カーリからの攻撃をすべて受け止めていた。
微かに顎の辺りがが赤くなっているものの、ダメージと思われるダメージはない。
「いや~!カーリくんがここまで成長するとはね!正直、予想外でしたよ!」
手を叩いて大喜びする学園長。
カーリは苦虫を噛み締めるたような顔をしている。
「強すぎる…!」
「カーリくんならば、今の私なんてすぐ超えられますよ!ま、全盛期の頃の私は夢のまた夢ですけどね!アハハハハ!!!」
ヒカルは、百年ほど前にとある大きな事件の時にで人質だった子供を庇い、大怪我を負った。
そのせいで体の中にある魔術を構築するための魔術回路と呼ばれる体内器官を損傷し、今では魔術をまともに使うことはできない体となっていた。
だが、レイオスの連続中級魔術を反魔術できるあたりを見ると、そこら辺にいる魔術師よりも遥かに強いと見えるが…
「こんなんじゃレイオスに…」
「大丈夫ですよ、カーリくんのその金色のオーラと、レイオスくんの【ギアス】とは全くの別物ですから」
「え?」
「カーリくんの金色のオーラは元々持っている力を増やす魔術。ですが、レイオスくんの【ギアス】は元々持っている力を解放する魔術。簡単に言えばこういう事ですね!」
この世界の貴族にはそれぞれの家で役割があり、その役割に富んだ能力や個性、魔術がある。
レイオスのフィエルダー家は王国建国よりも以前より、初代国王の右腕として戦場の前線で戦ってきた。
その役割は今でも変わらず、フィエルダー家は他国との戦争や、魔獣討伐の前線に立っている。
そして、その経験を代々受け継ぎ、長年の時を経て作られたのが【ギアス】と呼ばれるフィエルダー家の固有魔術。
人間は普段、体を動かす時や考える時に潜在能力を全て出し切れてないという話は有名だろう。
これを知ったフィエルダー家は少しずつ、この潜在能力を全て出し切れるような環境…つまり、己の限界を越えなければ乗り切れないような戦場などに身を置くことで、少しづつ、子孫の繁栄と共に体を進化させていった。
常に百パーセントの潜在能力を使えように。
そして今から百五十年ほど前に、潜在能力の全てを出し切れるように体を進化させたフィエルダー家はその力を存分に使った。
だが、ほとんどの人間が短命に終わったという。
この原因を考えたフィエルダー家は一つの結論にいたった。
人間が潜在能力を全て出せないのは、全て出し切ったとしても、体の方が負荷に耐えられないというものだ。
それからフィエルダー家は潜在能力を抑える【ギアス】を五つ作った。
生まれてから体を鍛えていき、自分の体に合った【ギアス】を解放して戦うという形に変わったのだ。
「と言っても、どれだけ優秀な人材でも三つ、短い時間、四つ目を解放するのがやっとだったそうだよ。レイオスくんのお父さんも二つがやっとだと耳にしたことがある」
「え、えーっと…」
「全力だと体が持たないから、わざと押さえ込んで自分の体に負荷がかからない程度解放して戦うって言った方がわかりやすいかな?」
「なるほど…?」
「まだ、完璧には理解してないみたいだけどそういうもんだってことが分かっていればいいんじゃないかな!」
「は、はい!」
ヒカルも途中からカーリの理解が追いついてないと分かり、面倒になった説明を投げ出した。
「ちなみにレイオスくんはあの歳でギアを三つまで完璧に使いこなしてるみたいだよ。短い時間であれば最後の四つ目のギアを解放できるみたい」
「一つ解放しただけで、俺の金色のオーラと同じ…いや、それ以上なのに…」
下を向き、体を小刻みに震えさせて悔しがるカーリ。
「まぁ、レイオスくんの金色のオーラは元の力を強化するものだから、元のレイオスくんが強くなれば、比例して強くなると私は思うよ!だから、君の可能性は無限大さ!!アハハハハ!!」
「あの!学園長はギアを四つ解放したレイオスと戦ったらどっちが勝ちますか!?」
「んー、難しいところだね~」
カーリだって本当は聞きたくなった質問。
だが、聞かなければならない質問。
自分が手も足も出なかった相手に、自分のライバルは勝てるのか。レイオスは自分のどれだけ先にいるのか、カーリはそれを知らなければならなかった。
「今戦ったら、互角か、レイオス君の方が強いんじゃないかな?」
「なっ…!」
「貴族ってのは、長い年月を掛けて強い血統を作り、どんどん強くなっていくものだんだよ。レイオスくんはその中でも飛び抜けて優秀。まぁ、言い方を変えれば天才。神童ってやつだね!私も、全力になったレイオスくんとは一度、手合わせしてみたいものだけどね!!」
嬉しそうに告げるヒカルからの言葉はカーリにとって、死を意味する言葉よりも重く感じられた。
ライバル意識をしている同年代の少年との実力差があまりにも大きい事に改めて実感し、唇をギュッと噛み締めるカーリ。
「学園長先生!俺、強くなりたいです!」
揺るぎない瞳は決意の証。
涙を堪え、力強い目でヒカルを見つめるカーリ。
「そのための学園だ!君はもっと強くなる!その可能性を秘めている!」
「はい!」
「私が、君を強くしてあげよう!明日から、放課後、いつものレイオスくんとの模擬戦が終わってら私の元にくるといい!私が直々に稽古を付けてあげるよ!」
「ほ、ほんとですか!?」
「いや、嘘。」
「え!?」
「アハハハハ!冗談さ!じゃあ、今日はこれくらいにして、今日はもう寮に戻りなさい。送ってあげよう!」
「あ、ありがとうございます!支度してきます!」
冗談を交えながらも、ヒカルは感じていた。カーリの可能性を。
カーリはいずれ、レイオスを超えるだろうと。
心底嬉しそうに、慌てて訓練場を出ていくカーリを見つめるヒカル。
「さてさて、レイオスくん。彼は強くなるよ。うかうかしてると危ないかもね~!アハハハハ!アハハハハ!!!」
訓練場に響き渡る学園長の笑い声。
完全に危ない人である。
…今更かもしれない。
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