第40話 来訪者

 年末の國松自動車整備工場は、世の中のご多分に洩れず慌ただしかった。



 爺ちゃんも今手掛けているのに加え、期限なしで余裕みて下さってるお客様の作業の合間にこの前お預かりした宮田さんのTのご依頼……3点式のシートベルト取り付けとブレーキシステムの刷新までなんとか年内に終えたい目論見の様。


「才子や、ちょっくら出てくるから店番よろしくの〜!」


 と、最後の冬休み間近の学校から帰宅して自転車のスタンドをガチャン!と立てたばかりの私にそう告げるとバタバタと軽トラに乗って出て行ってしまった。私は鞄を愛車の運転席に放り込むと助手席に腰をおろし座面前っ側下のレバーを持ちながらそのまま椅子を後方へスライドさせた。こうすると足元は随分スペースが出来て足伸ばしたり組んだりも出来るんだ。そして参考書を一冊取り出して捲ったりする。


 そう!忘れてはならん、私は受験生!やる事はやらねば!


 紆余曲折。悩み悩んだ挙句に吹っ切れた私なりの進路、目標設定も明確になり、取り敢えずそれに向かって邁進するのみなのだ!


 "なら居間か自分の部屋で机に向かってやれよ?"とソイツは私の決意表明に即座に合いの手入れるかの様に突っ込んだが、能動的スイッチが入ってさえいればそんな上辺などもう関係ない事は自分でよくわかってるから完全無視した。目的/目標が明確に定まった人間は強くブレない!それに何より私はこの空間スペースが大好き、だからたとえ乗って出れなくとも可能な限り一緒にいたい。そう言うこと……



「こんにちは」


 半分閉まった入口のシャッターのところでか細い声がした。振り返ると、前髪を短く切り揃えたメガネの制服姿の女子高生がポツンと佇んでいた。県内随一の私学の進学校、瑞雲学園の制服。


「は〜い〜?今、爺ちゃ……いや工場長外出してますが、何か?」


「あ、そうですか……お戻りになられますか?」


「多分、そんな掛からなく帰ってくると思いますよ〜。お急ぎ?」


「あの、宮田と申しますが先日預かって頂いた祖父の車のことで……」


「あ〜宮田さんの!こんにちは!」



「……あの、あなたは?」



 才子は、自己紹介とここ(國松自動車整備工場)の家の者で手伝いもやってる事、テクニカルな事以外なら伺います旨を告げた。少し躊躇した風の宮田(孫)は折角来たので迷惑でなければご挨拶も兼ね待たせて貰います、と。ポルシェから出た制服姿の才子は壁際の簡素なテーブルの方へ案内し温かい飲み物を淹れる為に居間から台所へ。



「どうぞ……」


「ありがとう国松さん。宮田征馨、瑞雲の3年」


 泡立てたミルクを多め淹れたコーヒー。砂糖は入れずに宮田(孫)は少し口にした。

 瑞雲と聞けば誰もが"ほぉ〜凄いね!"となるそんな存在の、全国でも指折りの超進学校。成る程、宮田征馨は端正な面立ちで眼鏡の奥の切れ長の目許が理知的でクールな印象を与える。如何にも賢そうな雰囲気に溢れ同じ高三なのに流石にそんな肩書きと容姿から気後れしてしまいそうだ。が、ちょっとシゲルコとの例もあったので強力な会話の共通項ツールになるであろう'車'=ポルシェの話題は初対面でも鉄板!特に惚れ込んであのTを引き継ぐ強者ツワモノとあらば殊更だろう。と、才子は満を持して切り出した、


「宮田さん……あ、お祖父じい様が言ってらした、あの911T、宮田さんが引き継ぐんよね?凄い綺麗でコンディションも最高だね?」


「……あ、そうね」


 あれ?何か思ったよりテンション低め? ちょっと予想外なリアクションだったので少し踏み込んでみた。


「私もこの前、免許取ってウチの……宮田さんのと同んなじ1968年のポルシェ乗ってるんだ。6気筒じゃなく4気筒だけど」


「ゴメンなさい、私あんまり詳しい事、解らないんだ」


「? 宮田さん ……征馨さんがもう凄っごいあのTに惚れ込んで譲って貰うって」


「ああ、そんな事になってるんだね?」


「? 」



「実はね……」


 宮田征馨はふうっと一つ溜息をついてから、少し間をあけてから話し出した。


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