第15話 セーラー服と(空冷)機関

「毒蛇っ!」


 駐車場に入って来たのはアルファロメオ・ジュリア。こんな田舎町、そうそう同じ色の高級外車が居る訳じゃないだろうからきっとあの時の産業道路で爺ちゃんのポルシェを煽ってきて自爆したあの性悪に間違いない!


 ドアを開けて出てきたサングラスをした大学生と思しき如何にもお金持ちのいいトコのボンボンっぽい雰囲気を纏った男…...それもどちらかと言えばこれ見よがしのブランドに身を包んだタイプの……は、辺りをキョロキョロとしてある方向に手を振った。


 その先には……


 丁度、景子と何人かで自転車を並んで引きながら「お腹空いたしマック寄ってから行こうか〜?」とか話してた私のところへ菜々緒が歩を進めて話しかけてきたところ。


「才、あなたこれからどうすんの?彼とお茶行くけど久し振りだし一緒にどお?」


「彼?」


 菜々緒は手を振った毒蛇の男にチラと視線をやった。


 薄っすらと……香水のいい匂いがその場に仄かに漂った。痩身ですらりとした長い足がチェックのスカートから伸び、背の高いモデルかと見紛うかの様なこの女は、きっと車に乗った大学生の大人な彼を私に自慢したいのだろう?と、長い付き合いだから瞬時にピーン!と来た。勿論、話したいのは本音だとしてもね?


「ん〜?汗かいてるし、自転車だし。これからみんなでマック行ってから教習所なんよ。また今度ゆっくり彼紹介してよ、菜々P」


 正面に相対した端正な面持ちの菜々緒。才子はふと、束ねた長い髪を解いて少し濃い目のリップを引いてサングラスをした姿を思い浮かべてみた。もともと顔立ちの綺麗な大人っぽい佇まいは化粧して着飾ればとても高校生には見えない。


 あ!と言うことはあの時横に乗ってたのは菜々P??


「教習所?」


「そう、今、免許取りに教習所通ってんだ」


「ふ〜ん?免許ねぇ?」


 少し間をおいて……


「才、車運転するんだ?車なんて卒業してからでも大学行ってからでもいいんじゃない?どっか行くなら誰かに乗っけて貰えばいいわけだし…


 と、チラと再び視線を毒蛇の男に向ける。


 既に菜々緒の姿を目認した男は、女子高生達の会話を邪魔しに入るつもりもないらしくボボボボボ……と低いアイドリング音を響かせる毒蛇の傍で手持ち無沙汰に携帯を弄りながら片手で器用にタバコに火をつけた。その挙動を確認すると彼女は再びこちらに向き直って才子のなんらかの反応を上目線で待った。


 お嬢育ちの菜々緒は根本、フツーの一般家庭育ちとは感覚も何も違うのだ。しかしだ!……うん、ここは幼馴染みのよしみでひとこと言っといてやらねばならんやろう?あの時の仕返しの意も少しだけ込めて。私は仰々しく自転車のスタンドをガチャン!と立てて一歩近づいた。


「菜々P、あの彼の車こないだ派手にぶつかった割には判らんくらいに綺麗に直ったな?」


「この間?…


「ん、山の産業道路で」


「え?才、なんで?なんであそこで事故ったって知ってるの?」


「……その場に居ったから」


「その場って??」


 菜々緒は顕著に……あからさまにわかる位に動揺してパッと頬を染めた。


「あんたの彼氏が追い立ててた前の車、乗ってたんよ」


「あのボロ……古い車に?才が???」


 端正な顔は更にみるみる真っ赤に染まっていく。きっと彼女はあの時の所業がToo Muchな恥ずべき行為であった事と認識してて、その挙句にガードレールに貼り付いた事をもっと格好悪いとわかっているのであろう。と、その表情に看て取った(長い付き合いだから……)だからそれ以上皮肉を言うのも止めた。


「……そ」


「菜々P、菜々Pの彼氏と会った直に事ないし喋った事ないから実際ようわからんしどんな人か知らんけどさ……」


 呆然と口を開いて目を丸くしたまま菜々緒は固まってる。そしてハッ!として口をついて出た……


「け、K(恵)介はね……」


 と言う彼の名前と思しき一言と、続くであろう彼の肩書きやなんかを才子は遮る様に菜々緒の肩をひき寄せ顔を近づけて耳元で、


「悪いこと言わんから車乗って性格変わる様(よ)な年寄り労らん男はやめとき!」


 と囁いた。


「……」


 おし黙る菜々緒。私はふうっ……と一息ため息をついて、


「あんたが誰と付き合おうと私の知ったこっちゃないし、あんたの勝手やけどな?その、まぁ幼馴染みのよしみってか?なんちゅうか?お節介やけど……それだけ。車はただ気持ちよかったから、自分で運転してみたいだけなの。」


「……それに制服、セーラー服着て車乗れるの高三のこの何ヶ月かだけやろ?」


 と付け加えてボソッと呟いた時、気恥ずかしそうに俯いてた菜々緒はちょっと顔を上げ何か急に閃いたかの如く眼が一瞬キラッ!と輝いた様な気がした。そしてふんっ!と鼻を鳴らしていつもの高飛車な表情を取り戻し、


「あの車に?骨董品よね?」


「…いいわ、忠告はありがたくいただいとくわ。幼馴染のよしみでね。じゃ、また今度」


 と言って踵を返した菜々緒は、しずしずと青い毒蛇のもとに歩を進めた。


 わらわらっと景子達が近付いてきたが、私はニコッとして何事もなかったかの様に彼女達を即す様にガチャ!ンと勢いよく自転車のスタンドを上げ


「あ〜お腹減った!さ、フィレオのセット!イコイコ!」


 といつもの調子で笑顔を向けると、また形成された小規模なゴンズイ玉はわきゃわきゃと沸き立ってスカートを翻して自転車に跨って一斉に漕ぎ出した。


 ……


 そんな一団へ遠くから虚ろな視線を送って見送る 毒蛇の助手席に収まった菜々緒は振り返らずに隣の男に静かに訊いた。。


「ねぇK介?この間、山で事故った時追いかけっこしたあの白いボロ車。アレなんて名前のクルマ?」


「あ〜アレ?古〜いポルシェだな」



「ふぅん?ポルシェ……」















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