知らぬが仏 知るが鬼 EP1

乾辰巳

Ep1妄想と現実の境 序章1

                 序1

 いつもとは違う風が吹いている。冷たくも暖かくもない風である。まるで何かが心に住み着いているような重くて冷たく、暖かい感じである。―――

 「何してんの?」

 「ん?あ、黄昏てた」

 「どうしたの?頭大丈夫?」

 「うるさいなあ。別にいいだろ」

 いつもそんな彼女との他愛ない会話で学校の一日が始まったんだなあと改めて感じさせられる。いつからだろうか、彼女とこんなにも普通に話すことができるようになったのは。1か月前にはそんなにも話せていなかった。というより彼女は男慣れして言うといえばよいのか、男癖が悪いというのが正しいのかわからないが、とにかくいろんな男に手を出すような女だった。しかし、彼女は話がとてもうまく僕としても決して嫌いではなかった。

 「君ってさ、何か考えるとすっごい怖い顔するよね。」

 「え?そんなに?」

 「うん。で、何考えてたの?」

 「あ――。いや。そんな深いことじゃないよ」

 「えー、気になるじゃん。教えてよー」

 ここは正直に言うべきなのだろうか?いつもこのように考えるのだがつい彼女に乗せられて言わされてしまう。しかし、このことを言えば今後話すだけでなくどう接すればよいかわからなくなる。そう思ったとたん彼女はこう言った

 「でも、君にもどうしても言えないことがあるよね」

 僕はとても不思議に思った。いつもの彼女なら意地でも聞き出そうとする。しかし、彼女は初めて聞き出そうとしなかった。それでも僕は深く言及するつもりは全くなかった。

 「そう。俺にだって秘密はあるよ。ほら授業遅れるぞ。」

 笑いながら軽く流したのだが、心の雲は流れないままである。今日はいつもと違うことが多くまるで身体がついていけない。

 「さあ、授業を始めるぞ。今日は教科書――」

 先生の声がいつになく遠く聞こえる。心に住み着いている何かに引き込まれそうだ。何だろ――。


 「ここは、どこだ?」

 「どうしたの?そんな顔して」

 「ん?あれ?え?お前何でここに居んの?てかくっつき過ぎだろ!」

 「何言ってんの?私はずっとここにいたじゃない。あと、彼氏にくっついて何が悪いの?馬鹿なの?」

 「あ―。え、うん。ごめん」

 どういうことだ?こいつと付き合ってないしさっきまで授業中じゃなかっただろうか―。

 「だから何考えてんの?もう、もうちょっとかまってよ・・・」

 「は?お前そんな性格だったのか?」

 「るっさいなあ、黙ってかまいやがれ、この!」

 「うあ!やめっくすぐるな!」

 「ほんとにくすぐられるのに弱いんだね。」

 「るっさいぞ、そういうやつには・・・」

 「う、えっ?あはは!やめ、くすぐるな!」

 「お前も弱いじゃねえか」

 もはやこの時間、この空間を楽しむことがこれまでにない幸せである。夢なのだろうか。夢なら覚めないで――


 「キーンコーンカーンコーン」

 鳴り響くチャイムで不思議な世界から一気に引っ張り出された。さっきまでのことは夢とは違い深く、強く記憶に根を生やしている。何だったのだろうか。考えれば考えるほど答えが遠くなる気がする。考えようとも考えられないそのような世界。つまり現実と夢の境目『妄想』

 「また怖い顔してるけど、どした?」

 「いや、一つ聞いていいか?」

 「いいけど、なに?」

 「現実にないことが記憶に残ることある?」

「あるわけないでしょ。馬鹿なの?本当に頭大丈夫?」

 「だよな。悪い、変な質問した。忘れてくれ。」

 当たり前の答えが返ってきてほっとしたのとともに、なんとも言葉にしがたい気持ちになった。もう一度あの世界に戻って確認したい、もっと楽しみたい等、多数の気持ちが入り混じり自分が自分でいられなくなりそうで怖くなった。

 「熱でもあるんじゃない?それとも、、、恋か!」

 「は?恋ってお前なあ、、、」

 「だって君さっきから考え事ばっかりしてるじゃん。どうせ好きな人のことでも考えてたんじゃないの?」

 「んなわけ、、、ないだろ。」

 あながち間違いではない。しかし、彼女のことを好いているのもまた違う。彼女は何か深い闇を持っている、と散々感じさせられたことがあるからである。彼女は過去にたくさんの男と交際していた。それだけなら構わないのだが、何故か彼女は長続きしない。ある男とは3日しかもたなかったらしい。こんな女に好意は持たないはずである。いや、持ってはならないと思っている。が――私は彼女にひきつけられる何かがあると時々感じる。

 「動揺してんじゃん。まあがんばれ!」

 「ど、動揺なんてしてねえよ!」

 「あっそ。どうせ・・・」

 「え?」

 「何でもない!ほら、授業はじまる!」

 「あ、ああ、、、」

 最近彼女は何かを隠している。それは確かである。

 ―― きっと『あの世界』に行けば ――


 「・・・・」

 「なんだ?」

 「きみは・・・・」

 「誰だ、誰なんだ!何を言っているんだ!」

 「君は『この世界』をどこまで知っている?」

 「は?ココがどこかもわかんねえよ」

 「じゃあ君はここを『地元』と感じないのか?」

 「そういえば。何だろう、安心感がある?」

 「君は、最初に『この世界』に来て『妄想』と考えていたよな」

 「なぜそれを、」

 「ここは『妄想』ではない」

 「じゃあ何なんだ!」

 「現実と妄想が入り混じる世界、通称『現想』」

 「げ、げんそう?」

 「そう、現実妄想境界世界。略して『現想』。この世界で起こることは現実で起こる。まあ、未来空間みたいな感じか。ただし1つ大きく異なる点がある。現実に起こることを全部この世界で起きるわけではない。」

 「なぜ?」

 「言ったろ。この世界は妄想と現実の境目だって。」

 「どういうことだ?」

 「この世界で起きることを決めるのは君の妄想と現実と照らし合わせて厳選されるんだ。」

 「まて、なぜこの世界は俺の妄想が中心なんだ?」

 「まだ気付いとらんのか?この世界は君の心の『穴』に存在してるんだよ。だから君が中心、誰も操作できない、そんな空間なのさ」

 「心の『穴』・・・」

 正直気にしたこともなかった。いつからだろうか、自分を見捨てたのは。

 「自分が自分であるとき、、、」

 「ん?」

 「自分が自分であるとき、それは自分ではない。」

 「ああ、2年前君が自分を見捨てたとき言い放った言葉だね」

 そうだ2年前、そうだあの時――。

 「思い出したか。」

 「ああ、」


 2年前・・・

 

 「おい!立てよ」

 「きもいんだよ、くそオタクがよお」

 

 2年前俺は、いじめられていた。理由なんて考えたくもなかった。自分はオタク、それを隠し続けられる。と考えていた自分が悪いのだから。

 それ以来自分を捨てた。というよりもう一人の自分を作った。

 それがこの世界の始まり。

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