アレハンドラの懸念

 ベネト村に入ったイーグル・フラッグスの面々は、ヒューゴが村長ダビドに依頼していた宿泊施設に滞在することとなる。宿泊施設と言っても、四人住めるような家が山側に並んでいるだけだ。百名以上が住むための施設なので、三十軒近くの家がある。人の出入りがさほど無いベネト村にとってその数の家が一度に増えるのは珍しいことだった。


 イーグル・フラッグスのベネト村ので仕事は、周辺地域の偵察と保安である。

 これは飛竜を使えば簡単な仕事だ。だが、それでは隊員の訓練にならない。

 そこでチームを組み担当割りされたエリアを毎日巡回している。


 また、食用の魔獣を狩るのだが、狩猟を生業としている者達と狩猟地域が重ならないようにするため、主にベネト村より頂上側、もしくは隣の山で狩っている。その他、人手が足りない家の農作業の手伝いなどを行い、ベネト村の人手不足解消に役立っていた。


 人員の配置等の管理はイルハムとセレナが行っている。ヒューゴはと言うと、新たな武器や防具の開発を兼ねて、リナの父ヴィトリーノと共に鍛冶作業に勤しんでいた。

 箱馬車の強化、武器……特に槍と弓の改良、隊員のうち支援魔法を使える者達の協力を得て防具への防御系魔法の付与や軽量化に尽くしている。

 味方の攻撃力と防御力の強化は、頭数の少ないイーグル・フラッグスにとって重要な任務であった。


 また、二つ羽のうち治療系魔法が得意な隊員で、治療院を作った。これまではジネットやイライザ、リナなどの強力な治癒魔法を使える者の家へ個別に依頼していた。それを、通える程度の怪我や病気の人は治療院へ訪れて貰うようにし、訪問治療する鳥紋所持者の負担を軽くした。

 イーグル・フラッグスに所属している治癒魔法を使える者は二十名近く居る。

 それらの人員が増えたことで、ベネト村の医療環境が格段に向上した。


 他にも、育児に手をとられて困っている家庭で、子供の面倒を見たりお使いするなどを村の子供達と協力してカディナとサーラが行ったため、イーグル・フラッグスのベネト村加入は好意的に受け入れられている。


・・・・・

・・・


 ズルム連合王国ゼナリオの元王子アレハンドラ・アル=バブカルは、ルビア王国で情報収集している隊員からの連絡をまとめてヒューゴに報告する役目を担っている。特別注意を喚起すべき情報がなければ五日置きに届く。

 偵察任務に就いている隊員の一人が飛竜で戻ってくるので、情報を受け取り、また注意すべき人物や地域をアレハンドラが伝えて送り戻している。

 情報を受け取った日の夜は、ヒューゴの家で報告していた。

 

「……ディオシスが宰相を降りた後のルビア王国は、帝国内乱の際に失った兵力の回復に努めているようです」


 囲炉裏に座りヒューゴへ報告する。


「それはこちらの想定内ですね。他に気になる話はありましたか?」

「……はい……、実は旧ズルム連合王国の地域なんですが……」

「それは大陸南西部ということでいいですか?」

「そうです。出没した魔獣を討伐するのではなく捕獲してどこかへ連れ去っているようなんです」

「どこかとは?」

「詳しくはまだ判らないのですが、ディオシスが就いた魔獣番が管理している森があり、そこへのようです」

「ルビア王国は魔獣を使役して兵力に加えているから、不思議ではないですね」

「そうなのですが、餌をどうしているのか気になるのです」

「気になるというのは?」

「はい。ルビア王国の金龍が戦争に駆り出されていた時期が長く、大陸西側の土地はさほど豊かではありません」

「うん、それで?」

「家畜のための牧草地は限られていますし、農地も同じく広くはない」

「……」

「戦力の補完に使うのですから魔獣同士で共食いさせるようなことはしない。ならば、魔獣を育てるための餌が相当量必要になるはずで、それはどこから調達しているのか気になるのです」


 ヒューゴもアレハンドラが何を気にしているのか理解し顔色が変わる。ヒューゴの隣で話を聞いていたリナは口に手を当てて真っ青な表情をしている。


「まさか……」

「ディオシスが宰相当時、ちょっとした盗みでも処刑させていましたから」

「罪人や……もしかすると……弱者で不要とされた人達を……」

「私もそこまではと思いたいのですけれど」

「危惧していることは判った。早急に調べてくれ」


 「はい」と応えてアレハンドラが席を立つ。玄関へ向かう彼を見送るため、リナが後を追った。


「もし仮に、アレハンドラの予想が当たっているとすると、悠長なことしていられないな」


 パチパチと音を立てる薪を見つめ、不安げにヒューゴはつぶやく。

 

「ヒューゴさん、そこまでするのでしょうか?」


 アレハンドラを送ってきたリナが戻ってきて訊く。


「判らない。でも、僕は無紋ノン・クレストというだけで殺されそうになったし、仲間はアイナを残して殺された。だから可能性は十分ある」


 忌まわしい古い記憶を思い出してヒューゴの視線はきつくなる。リナはヒューゴの心情を思い、痛ましく感じていた。


「多くの魔獣を飼育しているなら、餌の量も相当必要になる……。軽い罪を犯した人を含めても、罪人はそう多くない……。では、どこから……。アレハンドラの懸念を聞いておいて良かった」

「事実なら、許せませんね」

「ああ、絶対に許さない。僕が生まれたところで、非道なことが行われていないことを祈るよ」


 隣に座ってヒューゴの膝に手を置くリナの表情にも怒りがあった。

 

「でも、まだ懸念というだけだからね。そんなに怒らなくてもいいよ」


 優しいリナが怒るところをヒューゴはできるなら見たくない。肩を抱き寄せ、頬を彼女の髪にあてる。


「ええ、ホントに懸念で終わるといいですね」

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