敗戦覚悟のギリアム(ギリアム本隊迎撃戦)
ドニート隊が予定を変更してギリアム本隊と合流したのは、ヌディア回廊出口でルビア王国軍と合流する前日だった。ドニート隊は、本来、ギリアム隊より遅れて到着し、戦線の状況に応じてルークが率いる部隊の後背へ回って挟撃するはずであった。
だが、ギリアム本隊と合流したドニート隊は、既に千名を切っていた。
現在ギリアム本隊が被っているような連日の夜間襲撃をうけ、疲労が相当溜まっていたところへ攻撃された。その後、夜間の襲撃は止まったものの連日逃亡兵が多量に発生した。逃亡兵が出ないよう監視を強めようとしても、監視役と連れたって居なくなる。ドニートは、最後は将官の一部しか残らないと覚悟していたという。
「閣下、申し訳ありません」
暗く沈んだ緑色の瞳を向け、跪き頭を垂れてドニートはギリアムへ謝罪する。
「頭をあげ立つがいい。こちらも……後ろに南西方面基地部隊が控えているから逃亡兵はまだ出ていないが、投降勧告でも出たならどうなることか……」
ギリアムは馬上から降り、疲労困憊しているドニートに言葉をかける。現在同じ目に遭い、手を打つこともできないギリアムには、ドニートの気持ちが理解できた。責めることなどできようもない。
それにドニートは指揮官としては優秀で、ここで叱責し離反などされては、ギリアムは困る。
ギリアムから叱責をうけることはないと感じたドニートは、率直に意見を言う。
「帝都へお戻りになられては?」
「それも考えておる。だが、一戦もせずに戻ったなら、皇位継承争いの先は見えたと、我が方の貴族は次々に離れていく。そうなっては再起も望めまい」
「では、被害の少ない間に撤退を?」
「最善はな。だがそれも、ちょっとした小細工をしてからだ。それで皇太子か士龍を亡き者にできれば、今後の展開も変わるだろう」
「小細工……でございますか?」
「ああ、どこで誰から漏れるか判らぬゆえ、おぬしにも話せん。判ってくれ」
ドニートにも話せないという小細工。
これは誰かに聞かれて敵にバレたら困るというのも本音だろう。だが、それ以上に、恥を意識していると、その言いづらそうな様子からドニートは察した。
「判りました、敢えて伺いません。それで、これからどうするので?」
「ルビア王国軍と接触する。その後、ドラグニ山へ向けて移動する」
「ディオシスは信用できるので?」
「信用? 信用などせぬよ。お互いに利用価値のあるところだけ利用させて貰うというだけだ。ディオシスも士龍だけは邪魔だろうからな」
現状、八万ほどの兵力も疲労で数ほどの力を発揮できそうにはない。この際、ルビア王国軍だろうと利用しようというのはドニートにも判る。しかし、ルビア王国軍にはルビア王国軍なりの目的があり、こちらの思い通りに動くはずもない。その程度のことはギリアムも承知しているはず。
しかし、自信ありげに利用すると言う。
「具体的にはどのように利用するのですか?」
「ベネト村は……いや、グレートヌディア山脈をルビア王国の領土と認める」
「は? それではヌディア回廊は……」
「そうだ。ルビア王国の領域となるだろう。グレートヌディア山脈の村々もな。だが……」
「!? ヒューゴ等は当然ながら認めない。しかし、ガン・シュタイン帝国とルビア王国が実態も伴わないのに、グレートヌディア山脈をルビア王国領土と認めたところで……」
グレートヌディア山脈はどこの国にも属していない。そこに存在する村は他の地域への侵略等を行わず、生活を脅かす者への防衛に徹してきた。魔獣や賊との戦いが生活に組み込まれている村人達は強く、その軍事力は帝国にとって侮れないものであった。特に、何らかの力で守られていて竜が入っていかないドラグニ山にあるベネト村は、これまで帝国軍とルビア王国軍の両方からの侵攻を跳ね返すほどであった。
大陸統一を目指すルビア王国とギリアムにとってヌディア回廊の支配は重要であり、その際の邪魔になるベネト村は占領しなくてはならないと考えられている。
重要な地域でありながら領土とできずにいたのが、グレートヌディア山脈である。それは大陸中が知っている。
ここでギリアムがルビア王国の領土だと認めたところで事実は変わらない。
なのに何故? とドニートが疑問に思うのも無理はない。
「ああ、現状と何も変わらない。だがな? 自領と公に認められた地域が、支配を受け入れず抵抗しているというのは国家の統治能力を疑われる。ルビア王国は、ディオシスが宰相になってから厳しい政策で国民を締め付けている。国民は不満を募らせている。そこに統治能力を疑われる事態が生じると不満は爆発しやすくなる」
「つまり、ディオシスとしてはベネト村とウルム村の占領に力を入れないわけにはいかない。ヒューゴ達を排除しなければならない状況になると?」
「こちらの期待通りに動けばそうなるな」
「しかし、国民はどう思うでしょうか? ……帝国とルビア王国の両方でですが」
「国民にとっては、生活に直接関係のないことの事実などどうでもいいのだよ。我々がグレートヌディア山脈はルビア王国の領土と公言し広めればいい。状況は何も変わらないが、人の意識だけは変わる。統治において大事なことの一つだ」
貴族も平民も直接の利害に影響しなければ、領土がどうであれ気にしないのかもしれない。家族が兵であれば別だろう。領土を意識しているのは統治する側だろうとはドニートも何となく理解した。
「ベネト村はどう反応すると思われますか?」
「どこの国にも属せず独立していると言うだろうな。事実そうなのだから。だが、その声は帝国国民からは無視される」
「それも日常生活に関係ないからですか?」
「帝国の領土がルビア王国の領土に……というなら話は別だろうがね」
領土という本来国民にとって曖昧なものであっても、自国となれば失うと問題だと意識するのは危機意識を刺激するからだろう。それが例え、状況的に何ら従前と変わらないとしても、失うという状況からくる刺激がそうさせるのだろう。
「私には判断がつきませんが、閣下のお考え通りに」
ベネト村はルビア王国の領土とギリアムが認め公言したからといって、飛竜を使役しているヒューゴ等にルビア王国軍が勝利しベネト村を占領できるわけではない。それよりも、ベネト村の立場をどうこう言える立場ではないギリアムが公に認めたら、ベネト村がギリアムに対して敵対的になる可能性もある。
そもそもディオシスの反応がどうなるかすら判らない。
ドニートはギリアムの話を聞き、いくつかの疑問と危険を理解していた。だが、不利な現状を打開する策も今後の展望も思い浮かばず、ギリアムの方針に従うほかにないと考えた。
ギリアム自身、希望による憶測が多く入った策だと判っている。だが、ドニート同様に他に打つ手が思い浮かばず、自身の発言の妥当さを信じ込もうとしていた。
「……とにかく明日だ」
ギリアムは残り少ない気力を振り絞るようにつぶやいた。
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