幕間(ヒュドラの狙い)
ルビア王国ディオシス・ロマーク邸。
月の明かりもまったく見えないほど厚い雲が空を覆い、闇と呼ぶしかない夜。
寝室で就寝済みのディオシスの背から濃いオレンジ色の光が鈍く放たれていた。
紋章はその力を発揮する時輝くが、所持者の意識がないと通常は機能しない。
では、ディオシスに意識があるのかと言えば、彼は現在夢の世界の住人である。
一般的に言えば、紋章が輝くことはないタイミングで輝いている。
紋章のうち、ディオシスの魔獣紋や統龍紋は、使役する魔獣や統龍の意識が所持者に流れ込む時も輝く。つまり、今現在、ディオシスが使役しているはずのヒュドラの意識が彼に流れ込んでいることになる。だが、所持者の意識がないタイミングで、ヒュドラの意識が流れ込んできたのには、所持者であるディオシスも知らない魔獣紋の秘密に理由があった。
ヒュドラは、ディオシスに気付かれぬようにほくそ笑む。
――可愛いディオシスよ……おまえは龍の世界を終わらせられるか?
まあ、終わらせられずとも良い、この身を紋章に封じた皇龍が再び現れる前に、我を解き放てられればな。
おまえは知らぬことだが、人間の感情を乱し、恐怖、不安、恨みなどは我の餌を増やしていることなのだ。
それらの餌を食らい。我、そして我の眷属は紋章の鎖から近々解き放たれるだろう。解き放たれたとき、おまえと我は一つとなり、世界を我が物のように闊歩する龍との戦いが始まる。次こそは我が眷属全ての力をもって、龍族を討ち滅ぼしてくれよう。
……その結果生まれる世界は、おまえが願い描いている姿とは異なるかもしれん。
今この時も、我の餌がおまえに集まり、それを喰らい解放に向けて力を蓄えている。
これでも、おまえのおかげだと感謝しているのだぞ?
おまえのような人間に発現できたことに、ヒュドラの私が感謝しているのだ。
紋章の鎖から解き放たれるまで、魔獣紋が復活していることを統龍どもに知られてはならない。おまえにはすまぬが、統龍の気配を感じたとき、我の力が発現せぬのは、我自身が抑えているからだ。紋章から解放されねば皇龍の前で力を使えぬのは本当だがな。
しかしこの借りは、解放されたとき、我と同一存在となる資格を与えることで返そう。
……それもおまえは望まぬことかもしれんがな。
だが、魔獣紋の本当の姿を知るとはそういうことだ。
知らずにその時を迎えさせてやるのは、我なりの慈悲。
ディオシスよ。幸福の背後には必ず不幸があり、逆もまたそうなのだ。
……我と一つになったとき、おまえに人としての感覚が残っていれば……そして正気でいられたなら、我の言うことが判るだろう。
更けた夜の漆黒の闇が覆い隠したように、深い眠りの住人でアルディオシスの背から光りも消える。
窓から光は射してこない。
寝室の闇は静かにそして深い。
◇ 第三章 完 ◇
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