イケメン教師は教え子のコスプレにしか興味がない!

悠聡

第1話 恩師との再会(よりによってこんな所で)

 あんなに心地よかった春の陽気が一気に熱気へと変貌を遂げた5月。ゴールデンウィークの大阪は全国から集まった旅行客でごった返している。


 だがそんなこと私には関係ない。熱気など跳ね返してしまわんばかりのむさ苦しいオーラを放つ好事家マニアたちの視線と歓声を集めながら、私は思い切り笑顔を振りまいていた。


 ここはインテックス大阪。幕張メッセや東京ビッグサイトに並ぶ、西日本きっての国際展示場だ。


 そして今日はオールジャンルの同人誌即売会『コミックメトロポリス』の開催日。屋内では漫画やイラスト集を販売するクリエイターが出店し、屋外ではコスプレイヤーが観衆の眼を惹きつけていた。


「マキナー、こっち向いてくれー!」


 カメラマンのひとりが叫ぶ。私はにこりと笑って振り向くと、裏声でかわいらしく答えた。


「はーい、神経性操作系統ニューロンギア発動!」


 ポーズを決める。途端カメラマンの男たちが「いええええい!」「うほおおおお!」と歓声を上げ、一斉にシャッターを鳴らす。


 ああ、この大勢から注目される感覚、病みつきになるわ。


 今第3期が放送中の大人気シリーズと聞いて最初から見直しただけの価値があった。通販で買ったフリフリのコスプレ衣装を自分の身体にフィットするようさらにアレンジし、ピンク色のウィッグも用意した。


 自分で言うのもあれだが、152cmと小柄ながらしっかりと出るところは出ている体型の私にとって、こういう可愛さ重視の少女キャラのコスプレは最もサマになる。おかげで心身ともに違和感無し、私は魔術と科学技術のハイブリッド、魔甲少女になり切っていた。


 そんな私の堂々たる振る舞いのおかげか、カメラマンたちもまるで『魔甲少女マキナ』の主人公、マキナ本人が目の前に降り立ったかのように興奮している。


「ふふ、あんたいつにも増してノリノリね」


 そんな私のすぐ後ろから、すっと背の高い学ラン姿のイケメンが声をかける。


月路つきじだって。学ランの改造に気合入り過ぎでしょ」


「今の僕は月路じゃないよ。辻風学園の生徒会長、星崎光さ」


 そのイケメンはキザっぽく微笑むとダンサーのようにくるりと一回転する。直後、「きゃー」「抱いてー!」と黄色い歓声が飛び交い、女性たちの眼を釘付けにした。


 なおこのイケメン、女性からの注目を一身に集めているが生物学的には正真正銘の女性であり、しかも私の大学の友達である。


 兄の古い学ランを改造して作ったという衣装をまとった彼女は原作ゲーム『辻風学園』の世界からそのまま飛び出してきたようなハマり様だった。それもそうだろう、私と違い171cmの長身に加えモデルのようにスレンダーな体型、男役をするために生まれてきたようなものだ。


「マキナさん、こっちもお願いします!」


「はーい!」


 観客の声に私は素早く応える。普段なら恥ずかしさが先攻してこんなこと絶対にできないだろう。


 平日の私はショートボブに眼鏡をかけ、流行に疎ければ化粧も薄い地味な20歳の女子大生だ。集団に馴染むのも気が引けるので、講義中も決して目立たないようダンゴムシのごとく隅っこに座っている。


 だが、コスプレをしている間だけはそんな自分を忘れることができる。衣装をまとえば陰気な自分の殻を打ち破り、世界を救う魔甲少女マキナに変身したと、心の底から思うことができるのだ。だからこそこんな大勢の前でも物怖じせずポーズを取れるのだ。


 そう、今の私は私でありながら私ではない。


 そんな風に悦に浸っていると、またも観衆からリクエストが届く。


「あの、超感覚系統ハイブレインギアのポーズもお願いします!」


「オッケー、超感覚系統ハイブレインギア、切り替……え?」


 くるりと振り返ったその時、私の口から言葉が失われた。


 まっすぐ私にファインダーを向けるひとりの男性。最前列でしゃがみ込んではいるものの、かなり長身のようだ。


 だがその佇まいに妙な既視感を覚え、ついじっと目を凝らす。そして相手もデジタルカメラを下げ、黒縁の眼鏡をこちらに向ける。


 願わずして、私とその男の目がまっすぐ合う形になってしまった。


「ん?」


 カメラマンが眼鏡のレンズ越しに眉間にしわを寄せる。見たところまだ若い、20代後半くらいだろうか。ちょっとだらしなく伸びた黒い髪の毛が気になるが、きりっと整った顔立ちのイケメンだ。


「んんんんん?」


 そのイケメンがさらに目を細め、上半身を突き出して私の顔を凝視する。


 だが私もまったく同じ顔をしていただろう。ポーズを決めたまま、喉の奥が一気に渇き、たらりと額から汗粒がしたたり落ちた。


 おいおいおいおい、まさかまさか!


「もしかして……東野ひがしの?」


「ちょ、ちょっと!」


 イケメンが口を開くが早いか、私はポーズを解くとその男の腕をがっしとつかむ。そして腕を引っぱたまま、そそくさと歩き出した。


 観客が何事かと道を開け、私は俯いたままそこを突っ切る。


「かなえ、どこ行くのよ!?」


 後ろから月路の声が聞こえる。だが私は振り返ることもできず、速足で建物の陰まで回り込んだ。


「こ、ここなら誰もいません!」


 日陰の下、私はぜえぜえと息を切らす。バックンバックン鳴り止まぬ心臓を必死で抑え、熱くなった頭を冷ましていた。


 だが当のイケメンは目を丸くしたままじろじろと私の足先から髪の毛まで舐め回すように鑑賞すると、納得したように大きく頷いたのだった。


「東野、驚いたよ。お前コスプレの趣味があったんだな」


 やっぱりぃぃいいいい!


 私は頭を両手で押さえた。頭痛と熱とで脳みそが飛び出してきそうだ。そしてすかさず噛みつくように訊いた。


「驚いたのはこっちですよ! どうして藤谷ふじたに先生がここにいるのですか!?」


「どうしてって、『魔甲少女マキナ』好きだからな。それ以外に理由あるか?」


 ああもう、知りたくなかったそんなこと!


 どうしてこんな最悪な場面で、かつての恩師と再会せなあかんねん!


 藤谷先生は高校3年生の時の担任だ。高身長かつ端正な顔立ちで、女子高という特殊な環境のせいもあっただろうが、生徒の間ではファンクラブもできていたほどのモテっぷりだった。普段は抑揚なく淡々と振る舞っているが、会員曰くそこが知的でクールでカッコいい、ともっぱらの評判だったのも覚えている。


 私自身もファンクラブに入るほどまではなかったものの、昔から愛読していた少女漫画『自堕落先生』の主人公にそっくりで、授業中に何度も「いいなあ」なんて思ったこともあった。


 そんな憧れのイケメン教師が、どういうわけか今日コスプレしている私を熱心に撮影している。


 せっかくマキナになり切っていたのに、一気に現実に引き戻されてしまった。こんな姿を見られて恥ずかしいという気分、先生の裏の顔を知ってしまってなんだか深く傷ついてしまった気分、いろんな感情がどっと押し寄せて私は頭を抱えてしまった。


「しかし東野、本当に似合ってるな。アニメから本当に飛び出してきたのかと思うくらい可愛いぞ」


 だがそんなマイナスの感情も、先生の一言にすべてひっくり返されてしまう。


「あ、ありがとうございます。そう言われると……ちょっと照れくさいです」


 撮影されている最中はいくら「可愛いよ」とか「結婚してくれ!」とか言われても気にならない。だが普段のコスプレしていない私を知る男性にこう言われると、恥ずかしさと嬉しさが同時にこみ上げてくるのが不思議だ。


「で、でもまあ、こうやってまたお会いできたのは嬉しいです。先生もアニメお好きだったのですね、親近感湧きました。では……」


 そう言って駆け出そうとした私を、先生が「東野」と呼び止める。


「は、はい、何でしょう?」


 愛想笑いとともに振り返った私の眼に映ったのは、じっとこちらを見つめ、ほんのわずかに顔を赤らめる藤谷先生。感情を表に出さないはずの先生がこういう態度を取るのは滅多に無いどころか、今まで一度も見たことが無かった。


「今日のお前は今まで会ってきた人の中で、一番かわいい。良かったら俺と……付き合ってくれないか?」


「へ、へえええええええ!?」


 私は絶叫した。あまりに突拍子もない展開に理解が追いついていなかった。


 これはいわゆる告白というやつでは!?


 学校でもバイト先でも、若い男性と無縁な私には縁がないと思っていた世界の……いや、そもそもドラマや漫画の中だけの存在で、実在していると実感したこともなかった愛の告白が、今まさに私に向けられているというのか!?


 なんでよりにもよってこんなオタクイベントの真っ最中、しかもコスプレしているかつての教え子に愛の告白をしてくるんだこの人は!?


 もうツッコミが追いつかない、脳内をいろんな言葉が湧き出ては充満し、顔を真っ赤に染め上げて目がぐるぐると回り出す。ノー勉で挑んだ試験以上のパニックに、私は正常な判断力を喪失した。


「お前こそ俺の探し求めていた女性ひとだ」


 そんなかつてない混乱に陥る私を、トドメを刺すように先生はまっすぐと見つめている。


 こ、こっちを見るな! どうしても……あの自堕落先生と重なってしまうではないか!


「は、はいいいいいい、ふ、ふちゅちゅか者でしゅが!」


 なんということだろう。咄嗟に私の口から飛び出していたのはOKの返事だった。

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