Ex1 思春期勇者は女神を感じたい
ヤドルは15歳、思春期真っただ中である。
端的に言えば、性欲の塊で……今現在、商店街を一人であるきながら、あることを考えていた。
――俺とあいつって、『感覚共有』されているのは、痛みだけじゃないから……もしかして、俺がアレしている時も……。
ヤドルは左薬指につけた指輪を見つめる。
シンプルな形状のくせに、刻み込まれた術式によって外せないし、ペアで付けたカナと『感覚共有』されてしまう魔法のアイテム。
今までこの指輪のせいで不利益しか被っていないヤドルは、少しぐらい『いい思い』をしていいかなって思ったのだ。
「おやっさん、いい感じに長くて適度な太さの野菜ってありますか」
「おっ、このキョウリとかが……何に使うんだい?」
「…………いっいや、料理を」
「それにしても変な聞き方するねぇ君」
「うわぁぁぁっ。そっそれください、本当にただのお使いなんですって」
余計なことをたくらみ、それを店主に見透かされたと察したヤドルは、急いで商品を買いそろえ、帰路についた。
* * * *
――何度見てもやっぱいい感じの家だなぁ、大きいし。
ヤドルが戻った場所は、チェイス武具店ではなくカナとフェイルが住んでいる、ギル嬢の家であった。
ヤドルは、パーティリーダである癖に、ギル嬢にロクな挨拶ができていなかった。そのため、本日の夕食をヤドルが作り、ちょっとした話でもどうか……ということになったのだ。
ギル嬢……ギルドの受付嬢はそこそこ収入が良いらしく、独身貴族な彼女の家にはいくつかの空き部屋があり、カナとフェイルはそれぞれ一つ部屋を丸々貸してもらえている。
「おぉ、ヤドル。かなり買い込んできましたね……おぉ、これは新鮮な野菜、どれも大きくていいじゃないですか! ……ちょっと、私が今晩の夕食を考えますので、買い物袋をちょっとですね」
ギル嬢宅に入ってすぐの居間。
フェイルは自身の武器を手入れする手を休め、よだれを垂らしながら言った。
「お前って本当わかりやすいな。どうせ今渡せば、野菜生でそのまま食うんだろ……この前見ちまったんだが、お前が道近くのイモ引っこ抜いてたのみたぞ。いいから怒られる前に謝ってこい」
「そんな優しい顔をしながら言わないでください。というか、いつ見てたんですか! 変態ですか、ストーカ何ですか!」
「たまたま見かけたんだよ、夜ちょっと出かけてたら暗闇でごそごそしているのがいてな……」
「ヤドルこそ、夜に出かけて何してたんですかって」
「そりゃぁ……いろいろだよ……」
――俺、チェイスと同じ部屋で暮らしてるようなもんだから……やっぱ一人の時間が欲しいんだよ。たまには。
「いいんですか、そんな態度で! やる気ですか? 喧嘩売ってんですか!」
「どうしてそうなるんだよ。いいから仕舞え、その武器」
フェイルが持つ武器は、全長100センチのメイス。メイスと言っても、厳つい攻撃特化したようなものではなく、緻密な装飾がなされ、インテリアとして置いていてもオシャレなそれだ。
魔法を主体として戦うメイジ系のジョブが持つ杖と同じように、装備していると魔力の流れが良くなり、魔法においてアドバンテージを得られるといった代物でもある。
「はっ、ヤドルは知らないんですね。メイス何て、魔力制御のためだけにあるに決まってるじゃないですか。私には『ヒール』だけで十分、いや、それ以上なのです。誰が、メイス何ぞを攻撃に……あっ、ヤドル。待って、待って。あの、あの時のイモはちゃんと埋めなおしましたんですって!」
――イモ食おうとしてたのに変わりはないし……てか、証拠隠滅しようとして埋めなおすとか、余計アウトだろ……。
弁解を続けるフェイルをガン無視して、ヤドルはリビングを出た。
* * * *
リビングを出たヤドルが向かったのは、カナの部屋であった。カナは今、散歩に出かけているので、部屋にいなかった。
――よし、これで……
イシシ、と女子から嫌われそうな『キモイ』笑いを浮かべるヤドルは、部屋にある手鏡を見て、ここがカナの部屋であることを再度確認するとともに、今の自分の表情に気づき、素の顔に戻そうとした。
が、どうにもニヤケを止めることができない。それもそのはず。ヤドルは今、
――カナが『アレ』したら、俺にも『共有』されるはずだよな。
と、考えていたのだ。
アレとは、アレである。夜とかに、一人でするアレである。
ヤドルは、カナのベットの上にさりげなく本を置いた。もちろん、アレに使う用の本である。
つまり、エロ本。まがいなき、BL本である。
――BLなら、俺が置いたとは思われないだろ。流石に。
カモフラージュも完璧なヤドルである。
ヤドルが用意した太く長い野菜たち。これらは、本日の夕食の材料にひそかに紛らわして買った品物だ。
ここまで順調すぎて、ヤドルは今夜が早く来ないか腕をワキワキとさせていた。
* * * *
ギル嬢の帰りが遅かったので、ヤドルたち3人だけで先に食べ始めたことを除けば夕食はつつがなく進行した。
カナがスープを口に運びながら、
「これ、本当にあなたが作ったの? すごくおいしんだけど」
「まぁな。料理はできる系男子だからな、俺。昔、誰かは思い出せないんだけど、料理とか色々教えてもらったんだよ」
「へぇ……そうなんだ。私、料理にはそこそこうるさいんだけど、完全に私好みの切り方とかだったし、味付けもそれっぽい気がしたからビックリしたわ。その料理教えた『誰かさん』にはぜひ一度話してみたいものね」
その『誰か』というのは、意外とものすんごく身近な人だということを、ヤドルとカナは思い出せていない。
そんな二人を眺めながら、フェイルは、
――ヤドルもカナも、変なところで気が合うようというか……それにしても、結構いつも喧嘩しているなぁ……
と、思ったが、口に出したのはもう一つ気になっていたことであった。
「ヤドル。ずいぶん野菜が野菜が余っていたようですが、あれはどうするつもり何ですか? ヤドルが担当するのは今日の晩御飯だけですよね」
「あぁ、それはな」
ヤドルが若干の冷や汗をかいていると、食卓に通じるドアが開いた。
入ってきたのはもちろん、この家の主、ギル嬢である。
「あぁ、いい匂い……やっぱ帰ってご飯あるのうれしい……」
「ちょっ、大丈夫ですか。フラフラしてるじゃないですか」
「あぁ、そういうの良いから…………もっと若くなって出直してぇ」
「あれ?」
ギル嬢はふらふらしたまま、自身の部屋に帰ってしまった。
困惑するヤドルに、フェイルが、
「ギル嬢はいつもあんな感じなのです。連日のギルドでの業務に、言うことを聞かない冒険者たちの管理、冒険者になるための推薦状がないのに「冒険者にしてくれぇ」と突撃してくる人の相手とか……彼女の気苦労は、計り知れないものがあります」
「一部心当たりがあるから、それは申し訳ない……というか、最後の『もっと若くなってから出直してぇ』の部分について聞きたいのだが」
ギル嬢が連日冒険者(主に男、それもおっさん)の相手をしているため、どうもショタコンの気があるということをフェイルは知っていたが、言おうか言うまいか迷っていた。
フェイルが急に黙ったので、ヤドルは適当に自分の食器を片付けようとして、
「あれ、あいつはどこ行った?」
「カナのことですか? それなら、ギル嬢の部屋に水持って行ってたわよ」
「意外と気が利くやつで……あれ?」
ヤドルはそこで、今まで見落としていた重大なミスに気が付いた。
「やべぇ……」
「どうしたんです、ヤドル。そんな有り金すべて賭け事で溶かした私の父みたいな顔して」
「なっ、なぁ。カナって部屋に一回帰ってたよな」
「そうですが……それが何か?」
ヤドルの中で、予想は確信へと変わり……そして、
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「ぷはははっはっ!!」
ギル嬢の怒声とカナの笑い声で、それは事実へと確定した。
――やべぇ、あいつの部屋じゃなくて、ギル嬢のとこにエロ本置いてきちゃったっ!
ヤドルが逃げる前に階段を全力で降りて、ヤドルの肩を掴んだギル嬢。
――そんな顔しちゃうから、独身なんだよっ! てか、疲れてたんじゃないのかよ!
心の中で叫ぶヤドル。声の震えを必死に抑えながら、
「…………あっ、あのどうしました? ギル嬢」
「私の部屋にBL本置いたのは、どういう理由?」
「……えっ、そっそんなこと、俺知らないですよ。ほら、俺がBL本なんてわざわざ買うと思います?」
必死にはぐらかそうとするヤドルに、カナが悲しい事実を笑いながら伝える。
「あんたね、ふふっ。この世界のえっちぃ本はね、無断複製を防止するために、登場人物の名前とか性格の一部が、購入者と同期されるのよ。ほら、見てみな。あんたが、「そっ、そんなに早く動かさないでっ」って半泣きで懇願しているシーン。ここだけで、一生分の笑いとれるレベルね、ふはっ」
カナが机に置いた、エロ本をざっと見たヤドルは……この世の理不尽さを嘆き、ほぼ半泣き状態のまま、ギル嬢に揺さぶられ、ボッコボコにされた。
* * * *
日頃のうっぷんも同時にヤドルで発散したギル嬢は、満足げに風呂を浴びに行った。
「ふぅ……やっと落ち着いた。それにしてもクッソ痛かったなぁ、ギル嬢の攻撃」
「そうね……どうして私まで」
「天罰だな」
「いや、今回は私悪くいないでしょ。10:0で、完全にあんたのせいでしょうが! 音読するわよ、この本!」
「そっ、それはやめてくだせぇ」
指輪の『感覚共有』のせいで、とばっちりを受けたカナは机に置いたはずのBL本を探して、
「あれ、あの本どこ行ったのかしら? ここに置いておいたはずなんだけど」
「気づけば、フェイルもいないな……」
「…………ねぇ、ズッキーニみたいな野菜なくなってる気がするんだけど」
カナの指さす方向を見ると、確かに野菜の一部がなくなっていた。
カナは以上の状況から、あることを察した。そして、カナはヤドルが一瞬ニヤケたのを見て、
「あっあぁんた、今変なこと考えたでしょ! フェイルがそのアレとアレ使って、アレしてるって!」
「おいおい、ちょっと待ってって。アレしか言ってねぇじゃねぇか!」
「ズッキーニとBL本のことよ! それ使って、変なことしてるって!」
「俺はフェイルのことだから、どうせ生のまま食ってるんだろって思ってただけだって! お前こそ何を考えとんじゃ!」
「なっ生ですって! BL本を食べる人がどこにいるのよ! それに、さっき何でニヤケたのよ!」
「食い意地張ってるのがフェイルらしいなって思って、ほほえましくなったんだよ。てか、食うのはズッキーニの方だって、ばかやろう!」
「わっ、私にあんたのズッキーニを食えって」
「おい、一回落ちつk……」
カナとヤドルが大声で騒いでいると、風呂上りのギル嬢が一言。
「おい、静かにしろ。カナ……あと、ここにはいないが、フェイルもな。お前ら全員、明日から部屋かさないから。この家で寝ていいのは、今夜まで。明日、自分らで家見つけてこいよな」
冷たく冷静に。
ギル嬢は、カナとヤドルの「なっ何だって!」という呆然とした顔を見つめながら、髪の毛を再び拭き始めた。
後日。
野菜はフェイルが生のまま少し食べていたことが判明するのと。
BL本は、フェイルではなくギル嬢が大事に保管し……ギルド受付窓口に飾るとは、だれが想像できただろうか。
ヤドルはカナによく「お前って学習しねぇな」とよく言うが。ヤドル自身はちゃんと『学習』できているのか……しっかりと確認し、彼は心改めなければならない。
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