05.ヒール《回復魔法》で敵を倒すやつがどこにいるんだよ!
「再び会ったわね、ロッククラブたちよ。今、ここが貴様たちの墓場となることを……」
「お前何、魔王みたいなこと言ってんだよ……(てか、フェイルに『試験』としてやってもらうんだから、あんま派手なことして疑われんようにしろよ」
ヤドルがカナに小声で忠告する横で、フェイルは杖を何度も握り直しながら、ロッククラブの群れを見つめていた。
いつでも行けます!……と、言わんばかりの様子である。
「よし、フェイル。あれがロッククラブだ。今回のクエストの目的は、この洞窟にいるロッククラブを駆除すること。本当は俺たちがやるクエストだったんだが、お前の実力を測るためにこの場を設けた」
「ありがとうございます! まさか都会に来ていきなりヤドルさんのような方に出会えて、わたしのような田舎者に冒険者になるチャンスを頂けるなど……このフェイル・サクセス、全力で行かせていただきます!!」
鼻息を荒くしてフェイルは、杖を掲げながら高らかに宣言した。
初めてのクエストということで、フェイルのテンションはいつにも増して高くなっているだけなのだが……
――フェイルって、もしかして……騙されやすい系女子なのか?
そう思ったヤドルに反して、フェイルはふと、といった様子で、
「あの、思ったんですが……」
「何だ?」
「どうしてわたしに良くしてくれるんです? 普通こんなことはまずないって言われたんですけど……」
フェイルが田舎から冒険者を目指して出てきたのは、自分の意志である。
何故冒険者を目指したのかは、ここでは割愛するが、田舎出身の者が冒険者になれる何て夢物語、アメリカンドリームのような話であり、フェイルは地元で散々バカにされてきたのだ。
ところで、ヤドルたちの話はフェイルにとって都合が良すぎる。
少しずつフェイルの中で、ヤドルへの不信感は膨らんでいるのだ。
「あと気になったのですが……なぜそんなに2人ともボロボロなのでしょうか……?」
「……それはその、あれだ」
「あれ……とは?」
――やんべぇ、どうしよう。これ、バレたら色々終わるよな。
ロッククラブと一緒にこの洞窟に葬り去られる未来を想像し、冷や汗をだらだら流すヤドル。
ヤドルの様子に、フェイルは少し残念な気がしたが、ここでヤドルを疑っても仕方ないという思いと不信感の狭間に揺れ動いているのも事実。
自分にこの先冒険者になるアテはあるのか、と。
そもそも、この都会で生きるすべは有るんだろうか、と。
未だに返す言葉が見当たらず、あたふたするヤドルの様子に、
――まぁ、この人なら騙されてもよさそうな気がする。
フェイルはヤドルが『悪意のある嘘』を付いている訳ではない、と何となく感じ取った。ヤドルの人柄は、それほど悪い奴じゃない、と。
自分の直感を信じる……カナの長所であり、短所であり、彼女らしい気持ちの切り替えであった。
「えっとそのだな……」
「いいですよ。ヤドル」
「ふぇっ?」
「疑うようなことを言ってすみませんでしたって言っているのです」
「きゅっ急にどうしたんだよ……」
フェイルの急な言葉をヤドルの脳は全く処理しきれておらず……アホ面で固まるヤドルへと、フェイルは笑顔で、
「ふふ、信じてみようと思ったのですよ。ヤドル、あなたのことをね」
「ふぇっフェイル……」
――何、最近の女の子の教育何なの、小悪魔目指してんの? 心揺れ動きそうなんですけど!
――ふふ、ヤドルって面白い人だなぁ。
フェイルの笑顔にヤドルはドキマギとしていた。
だから、ヤドルは気づかなかった。さっきから、カナがずっと無言でヤドルとフェイルのことを見つめていることに。
――まって、何で? 何で、フェイルは名前で呼んでいるのよ……フェイルもフェイルよ、お互い呼び合っちゃって……ちょっと腹立つんですけど……
ふと、カナが視線を移すと、ロッククラブの群れが固まって休んでいる光景が目に入った。
「ねぇ、フェイルと言ったかしら。手始めにあのロッククラブの群れを倒してみなさい」
「あっ、あそこの敵ですね! 分かりました!」
八つ当たりギミのカナの様子にヤドルは、畑違いなことを考えており、
「おい、お前さ。腹でも減ってんのか? そうイライラするなって……そうだ、ヤドカリって確か食えたよな」
「……えっ……食べれるんですか!」
「確か火で炙れば殻からあいつ等を出すことが……てか、おい。フェイルなんでそんな食いつくんだよっ」
「あっいや、そういうことじゃなくてですね、ヤドル。別に、田舎を出てから路銀があまり残ってなくてここ数日全く食べてないとか、そういうことじゃなくてですね」
「理解したよ、フェイル……このクエストが終わったら一緒に飯食いに行こうな」
「いいんですか!! ありがとう、ありがとうございます!」
感無量といった様子で震えるフェイルの頭を、ヤドルがナデナデしていると、
「ああぁぁぁっ、ふんぬぅぅうぅ!」
「おっ、お前っ」
「ロッククラブ何ぞ、私が本気を出せば!」
いきなりロッククラブに突進を始めたカナを、取り押さえるヤドル。
「おい、フェイル。とっととやっちまってくれ」
「えっ、あぁはい!」
フェイルがロッククラブの群れの前に立ち、杖を高く掲げると、周囲の光が杖の先端に集まり始めた。
――おぉぉ! これが異世界の魔法っ!!
ヤドルが興奮していると、暴れるのをやめたカナが、
「ねぇ、あの子。ロッククラブを倒そうとしているはずよね……」
「あぁ、だから今、魔法を唱えているんじゃないか……あれ? あいつ今、呪文の中に『癒せ』とか言ったよな」
「うん、あの魔法は絶対……」
カナの予想は、見事に当たることとなった。
「『"すべての傷ついた者を癒せ"』……『ヒール』!!」
「「何故に、『ヒール』ッ!!!」」
驚くカナとヤドルに見向きもせず、フェイルの魔法によってロッククラブの周囲に緑色の光の粒子が集まったかと思った瞬間――爆発が起こった。
「「はぁぁぁ!!??」」
「なぁ、ヒールって回復魔法のはずだよな! お前、ヒールで敵倒せる訳ないとか言ってたよな!」
「うっうん。そうに決まっているじゃない」
「じゃぁ、あれは何なんだよ! ヒールでロッククラブ全滅させるとか何なんだよ!」
混乱するヤドルとカナの様子に、フェイルは満足気である。
――よし、今の『ヒール』はこん身の出来です! これでヤドルからの評価もウナギ上りな気がする!!
「ヤドル、今の見てくれましたか!」
「えっ、あっあぁぁ」
――そんな嬉しそうな顔されてもなぁ……
フェイルがこれで冒険者になれると確信してしまったかも知れない、とヤドルは申し訳なくなった。
本当は冒険者ではないことを、自分が嘘をついていたことを正直にフェイルに伝え、いっちょ殴られるなりしよう。
そうしようとヤドルが考えていると、……フェイルが真剣な声を鋭く発した。
「逃げてください! カナさん!!」
「えっ、」
油断していたカナの真後ろには、一匹の大きなカニが迫ってきていた。名をロイヤルクラブ。
それは、同じヤドカリのような姿だが、ロッククラブとは明らかに異なる姿をしている。
緑色のクリスタル原石でできた硬質な殻をし、右のハサミは本体よりも一回り大きく、そのハサミに挟まれると即死は必須であろう。
「フェイルっ、実をいうと俺とカナはドチャクソ弱いんだ! 本当は冒険者ですらない。嘘を付いていたんだ。 でも、お願いだ。フェイルを助けてくれ!」
「やっぱりそんなことだろうと思いましたよ! やってみますが、魔法が間に合いませんっ」
「くっそがぁぁぁ」
魔法を唱えるフェイルの横をヤドルは全力で駆けた。
カナはというと、急に振り向いたことで足を取られ尻もちをついてしまっていた。
「…………っ!」
ロイヤルクラブのハサミがカナを切り裂こうとしたところに、
「うぉぉぉぉぉ!! ふんがぁぁぁぁ!!」
カナを守ろうと、ヤドルはロイヤルクラブのハサミの両端を両手で思いっきり抑えた。
が、ヤドルを振りほどこうとロイヤルクラブはハサミを振り回し、ヤドルは何度も地面に叩きつけられる。
「ちょっ、あなた何をしているのよ! 早く逃げなさいって」
「それはこっちのセリフだ! とっとと離れろ!」
「私をかばってあなたが傷つくの、何かこう……ものすごくイヤなのよ!」
「俺だってよくわからんが、お前を助けないといけない気がしたんだ!」
ヤドルの必至な姿に、カナは不思議と懐かしさを感じていた。
しかし、懐かしさが湧き出る原因を探る暇はなく、次の瞬間にはヤドルはロイヤルクラブに吹き飛ばされてしまっていた。
この時、必死に行動していたヤドルとカナは気づかなかった。感覚共有の魔法が作動せず、ヤドルが感じている激痛はカナに届いていなかったことに。
それはヤドルたちが付けている指輪の特性であり、正常な動作ではあるのだが、その特性を2人は知らないのである。
吹き飛ばされたヤドルは叫んだ。
「フェイル!」
「よいしょー! わたしに任せておきなさいっ。『ヒールッ!!』」
緑色の光を発しながら爆発が巻き起こり、ロイヤルクラブの殻は砕けた。
殻が砕けたロイヤルクラブの動きはとても鈍く、ハサミを振るう様子もなかったので、反撃とばかしにカナの膝蹴りが炸裂し、ロイヤルクラブは消沈した。
* * * *
戦いが終わり、3人は洞窟から出て少し休むことにした。
「ねぇ、フェイル」
「何でしょう、カナさん」
カナはフェイルとヤドルの距離がいきなり近くなったことに、最初はちょっと機嫌を悪くしていたのだが、ヤドルに守ってもらったことで少しご機嫌である。
「あの、私も回復魔法は使えるのだけど、どうしてかあいつには使えなくて……フェイルって本来の『ヒール』は使えるの?」
ロイヤルクラブとの戦闘で傷ついたヤドルを回復させようとカナが回復魔法を唱えたのだが、指輪が干渉してしまうのか、うまく魔法が作動しなかったのだ。
そこで、カナはフェイルに代わりにヤドルを癒してくれないか頼むことにした。
フェイルのジョブはクレリック、回復魔法と支援魔法が本業であるはずなので、使えない道理はないはずである。
「はい、もちろん使えますよ」
「えっ、マジで。やめてくれ!」
「そんな酷いこと言わないでください、ヤドル」
フェイルの返答から、不穏な空気を察したヤドルが全力で否定する。
それも仕方ないことだろう。ヒールで敵を倒すやつがどこにいるんだよって話だ、普通は。
それに……
「こう見えて私、地元では『あの回復魔法はフェイルにしか使えない』とか『フェイルは村最強のクレリックだ』とか、『あんなやつ、村にはおいておけねぇ奴だ!』とか言われたんだから!」
「それ絶対誉め言葉じゃないやつだと思うんだけどっ!! みんな絶対お前のこと理解してるよ、ちゃんとあぶねぇ奴だって」
「『"癒し、それは緑の光。すべてを包み込む母なる自然よ……"』」
「詠唱始めんなって!!」
ヤドルは逃げようとしたが、ロイヤルクラブとの戦闘で全身を強打してしまった身体は言うことを聞かず、頭から転げてしまった。
必死に言葉と目でフェイルに訴えかけるも、フェイルの詠唱は止まることはなく。
「『"我が望むすべてを癒し、救いたまえ"』……『ヒール』っ!!」
ヤドルと目を合わせながら、自信満々に唱えたフェイルの回復魔法はヤドルの周囲で……
「「「あっ……」」」
――ものの見事に爆発を巻き起こしたのであった。
その爆発はヤドルが無事、死に至るまで十分なダメージ量であったのは言うまでもないと、ここに補足しておこう。
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