第134話
昭和十八年二月五日、私の誕生日にあたる日に世紀の皆既日食が観測された。
その四,五年前にも八,九分までの日食がみられたが、皆既日食は先ず日本ではなかなか見る事は出来なかった。其れが遂にこの目で見られたのである。本当に雪で屋根も道も白一色の二月にである。
日食は朝の七時から始まり丘の上の太陽は次第に欠け始めた。六分、七分欠けると、高台から西の方へ飛んでいた鳥が、慌てて山の方へ帰ってくる。
八分になると、ざわざわと風が噴出し、雪の上にゆらゆらと黒い筋が一面に動き出す。
シャドゥーとか記憶している。
星が・・・・星が・・・あちらこちらで星が動き出した。
今、皆既だ、皆既の瞬間である。
墨絵の黒さか、いやとても言い表す事は出来ない、其の大きく丸い墨絵に周囲に輝くコロナを見た。周りを囲む真珠色のコロナは左右に長く、際に明るく、先はぼかして ・・・・・ああ・・・・息をのむ。
一切が空か無か又は満か・・・云い得ず、書きえず。私の脳裏に今だけ残る感激のみ其の時間は三〇秒か一分か・・・と左上部がピカッと激しい煌めきが来た。
ダイヤモンドリングだ。地上の如何なるダイヤも其の前には光はない。
ピカッ、ピカッ、ピカッ・・・・と周囲にいわゆる後光がさして次第に明るさを増し、太陽は復円し雪の町に燦々と輝き出した。
その直後主人は「コロナの光でお前を見た時、実に美しかったぞ」と、
此の時一回のみ褒めて頂けた。この皆既日食こそ私の北海道に存在した三十五年間、子供を得た事と共に貴重な誇りの一つである。
“わか駒の競りにぎわう丘の上 今も伝うか春の呼ぶ声”S54年北海道清見ヶ丘を詠む
江美作
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