ロシアW杯直前読み切り ちょっとサッカーの話  

幼卒DQN

第1話 求道者と勝負師

 ジーコは日本代表はチームとしての連携を熟成するための時間が短いと考えていた。レギュラーとサブをはっきり分け、固定化して戦術の多くは選手達の裁量に多くを任せた。

 ザックは裏表のない人間だった。悪く言えば策士ではなかった。ザックもレギュラーを固定化した。しかし一方でベストと信じる3-4-3には固執しなかった。当時、Jリーグはどこもかしこも4バックで日本人は3バックに適応できなかった。どちらかといえば求道者か。

 二人とも、パスサッカーを志向している。ジーコJapanとザックJapanのサッカーは能動的で、主体的だった。観客を楽しませた。視聴率が高かった。

 トルシエも求道者寄りか。最も優れたバックラインはハイライン3バックだと信じ譲らず(これに対しベルギー戦後、選手達が反乱)、小野伸二の攻撃力を活かすべくプレッシャーが少なくなるよう左ウイングバックに置いた。


 対して岡田監督は現実主義者だ。仏W杯は守備的布陣。しかしボールを奪ってカウンターしようにも有力な手段を見つけられず3連敗。

 南アW杯前の強化試合で連敗を重ね、サポーターからはこっぴどく叩かれ続けた。結局直前になって守備的布陣に収束。

 これは不本意だったはずだ。二度目のW杯に挑む者としては日本サッカー12年分の成長を見せるため、異なるアプローチをしたかったはず。しかし岡田監督は辛抱した。

 コートジボアールとの親善試合―TV中継の終わった後の3本目。と、同じくTV中継のないジンバブエとの練習試合で4-5-1、トレス3人のボランチを置いたシステムを試した。9人で2ラインを布いて愚直に守る。ボールを奪ったら1トップ本田に放り込んでそのキープ力にすべてを託す。


 この試合のフォーメーションはカメルーンに事前に察知されなかったようだ。カメルーンは面食らった。日本がハイボールで攻めてくるなんて夢にも思わなかっただろう。

 この試みは奏功し、大きな勝ち点3を得た。が、これだけが勝因ではない。


 最も大きかったのはこの大会のレフェリング基準だ。手を掛けて相手選手を引っ張るとすぐに笛が吹かれた。これは筋力に劣る日本に非常に有利に働いた。

 怪我する前の本田は日本人離れしたフィジカルを持っていた。そして彼の適正ポジションであるポストプレイヤーとして見事にフィットした。本田は前に向かうプレーより横か後ろに落とすプレーの方が向いている。使うならセンターフォワードに置くべきだ。本人は自分がMFだと思っているようだが。


 オランダ戦は順当に負け、しかしデンマークの突破には勝利が必要な状況を作った。日本は欧州のチームに相性がいい。もうハイボールに頼らず、力でねじ伏せた。

 パラグアイとの勝負は粘り強く守ってPK戦に。負けてはしまったが勝負強いチームだった。


 もしかしたら。岡田監督がW杯前の強化試合で連敗したのも、敢えて手の内を見せなかったため、と言う可能性すらある。だとしたら。岡田監督を叩き続けたサポーターは大変な愚を犯したことになる。

 えげつない暴言を浴び、へこんだ岡田監督は犬飼会長に進退伺いしている。もし、このとき解任されていたら日本サッカーはまったく異なる道を進んだはずだ。


 岡田武史という選択肢が残っていたなら、ハリル解任をもっと早く決断できた。少なくとも今よりもっと状態は良くできたはず。

 一方で同じく強化試合で苦戦したハリルを擁護する人が非常に多いのも面白いところだ。選手同士での戦術の相談を禁止する監督ってあり得ないと思うけど。


 もっとも、ここまで引っ張っておいて解任というのも遅すぎる。もう最後までハリルで行って結果を見るべきだった。解任するならせめてE-1選手権直後にやっておくべきだった。ホームで韓国相手にあんな惨敗を観衆に見せてはいけない。ロシアW杯後に、忘れずに改めてJFAに責任問題を問わねばなるまい。ロシアW杯がもし好結果だったとしてもだ。



 求道者と勝負師。どちらがいいかなんてわからない。


 求道者は理想主義者だ。最も高い到達点を求める。根治療法。選手の特性を活かしたサッカー。相手に合わせるよりも自分たちのスタイルを重んじ、最高のサッカーをすることに傾注する。いつの日になるかわからないが日本が優勝する可能性が高いのはこっちだ。日本が普通のやり方で頂点に立てるとは思えない。それは日本独自のスタイルを創造したときだろう。


 勝負師は目の前の試合にすべてをける現実主義者だ。勝利至上主義。対症療法。内容よりも結果。今回のように短い準備時間での成果を上げるならこちらだ。


 JFAのブラジルW杯のレポートにはこんな文言が書いてあるかもしれない。

「W杯前に手の内を見せすぎた」

 岡田監督と比較すると、ザックは同じ戦術に終始した。南アW杯が成功体験として認識されれば、そういう結論に行き着く。


 そんなレポートを読んだとしたらハリルと西野監督は本命のフォーメーションを見せないように腐心した、しているかもしれない。西野監督の3バックだって本当にやりたいかわからない。あまり本気ではなく情報戦スカウティングの的を絞らせないためにやっている可能性さえある。時間は少ないのに新しいことに挑戦するなんてちょっと奇妙だ。今、日本の武器は見せない方がいい。今は負けてもいいのだ。ザックのときは本番前に勝ちすぎたかもしれない(勝てているだけすごいけど)。日本の戦術は筒抜けだった。

 基本的に4バックで。今までのやり方を踏襲することになるだろう。



 こう書いていくと勝負師型の監督の方が優れているように見える。特にメディアはそう書きたがる。だが、上で書いたように南アW杯でのGL突破はそれだけが要因ではなかった。 

 また、勝負師型の監督のように試合ごとに戦術を変えていくと当然習熟度は上がりにくい。何をどこまで変えるか、何をベースにするか、監督は味付けを考えていく。


 例えばブンデスリーガはバイエルンミュンヘンの力が圧倒的だ。バイエルンはブンデスに所属するチームから選手を取りたがる。バイエルンは高い給料が払える。強いチームではより試合に勝てるようになるし、優秀なスタッフがサポートし、優秀な選手の恩恵に預かることもできる。高い舞台に立てる。オファーを断るのは難しい。

 選手が移籍すると、そのチームは代わりの選手を探す必要に迫られる。選択を誤ればチームは弱体化、バイエルンはライバルを潰せる。

 移籍した選手がたとえ国外の選手であったとしてもブンデスのサッカーに対応できていることが証明されておりドイツ語そしてドイツ文化への適応含め、活躍の可能性は高い。バイエルンにとってはいいことずくめ、6シーズン続けてシャーレを掲げている。


 一方で、ブンデスリーグ全体でのエキサイティングな優勝争いの可能性は減る。これはブンデスの魅力を明確に損なっている。しかしメリットもしっかりあって、バイエルンに所属する優れたドイツ人同士の連携がドイツ代表に持ち込めるのでドイツ代表にとってはプラスになっている。ドイツ代表は安定して強い。ゆえにバイエルンのフロントの横暴? は看過されている。各国の代表監督はドイツが羨ましいだろう。


 連携や戦術を作っていくのは時間がかかる。テストしたい。だけどライバル国には全部は見せたくない。短時間でチームを作らなければならない西野監督は本当に大変だ。スペインぐらいやることが決まっていればどうとでもやれるかもしれないが。

 



 ブラジルW杯、日本はコンディショニングと宿泊地の環境に問題があった。フィジカルコーチは個々の選手の状態を気に留めず高い負荷を掛けた。試合会場は宿泊地よりずっと暑く、選手達の体は重かった。今回はきめ細かいチェックが為されているようなので仕上がりが楽しみだ。


 日本は南米勢に弱いと言われる。南米の選手は敏捷性とインテンシティが高く、日本のボールホルダーに考える時間を与えない。日本人はフィジカルコンタクトに弱い。コンタクトをこらえて前に出て行くプレーが苦手だ。

 ボールを奪えれば南米勢はそこからカウンターを狙える。アフリカ勢も同様だが、こちらは集中力に欠けるところがあってパスワークで突破されることがある。

 

 日本を攻略しようとしたとき、まず、激しく体をぶつけ肉弾戦を挑む。削り、損傷を与える。日本人はおとなしく、やり返して来ることも少ないので遠慮なく削るといい。

 例えばコロンビアが点を取りに来るとき、やはり激しくプレスを掛けるだろう。

 

 日本が山口を起用するようならそこがボールの奪いどころだ。日本のバイタルエリア付近まで日本を追い込む。山口は軽率なプレーをすることがある。ボールを奪ってショートカウンター。キーパーに戻させてロングボールを蹴らせても競り合いになり日本は不利だろう。


 よって山口は控えにすべきだ。競り合いは苦手だが柴崎や大島の方がいい。是非試してほしいのはアンカーに酒井高徳。4バックなら右は酒井宏樹の方がいいのは誰の目にも明らかだ。(個人的には2年前、高徳の成長に期待していたが)


 そこを日本にかいくぐられたら、時間稼ぎディレイしてリトリートしてスペースを消す。日本人は即興でパスワークを生む創造性に長けている。

 例えばセネガルであれば、スプリント力を活かしてロングカウンターを狙うべきだ。プレスに行かず徹頭徹尾リトリートでいい。プレスに行って収穫なしだとスタミナを浪費することになり、守備に穴を空けてしまう。

 先取点を取れれば日本はDFラインを上げてくるはず、コロンビアやポーランドもロングカウンターを狙えるだろう。 




 西野監督はポゼッション、パスサッカーをさせようとしている。なるべくなら自陣バイタルエリアでのパスワークは避けたい。

 西野Japanに足りないのはボールホルダーの選択肢を増やすフリーランニングだ。傍観しているだけではダメ。絶えずハードワークしてマークを剥がす。パスコースを作る。パスの受け手候補が走っていれば、それに対して相手もリアクションを迫られる。相手も走らなければならない状況をつくる。イニシアチブを日本が握る。頭脳戦だ。そこで負けるようなら、勝ち目はない。


 プレッシングはリスクを伴う。ポゼッションのメリットは相手を疲弊させることと相手の攻撃機会を減らすことにある。プレスを空振りさせられれば優位になれる。相手の足が止まったら、日本のターン。


 ザックJapanはペップバルサのコピーだった。危ない状況でもなるべくショートパスをつなぐ。もちろん、ショートカウンターを浴びる危険をはらむ。そこを捌ききれれば日本のチャンスになる。が、リスキーではある。


 西野Japanはリスクがあればあっさりクリアーを選択している。大迫と本田を起用しているのはロングボールを競り合ってほしいからだ。

 ボール保持率は下がる。悪く言えば中途半端。相手のショートカウンターにつながるボールの奪われ方をしないように神経を使う。理想主義者だが、現実主義を甘受する。


 中庸と言う言葉はいい意味で使われることが多いがこのやり方が正しいかどうかはわからない。このやり方でいくとポゼッションのメリットは乏しい。相手にプレッシングさせて体力を奪ったり空いたスペースから攻撃をしかけることが難しくなる。


 結果がすべて? 寂しいね。さもしいね。仕方ないね。時間がないから整備しきれない。UAEに負けたときハリルを解任してよかった。どのみち日本に合ってないことは明白だったのだから。

 



 不安なのが西野監督がガンバ時代の教え子、宇佐美を重用するかもしれないところだ。フェイク、つまり情報戦であることを祈りたい。宇佐美は特に守備力が絶望的で左サイドに起点を作られるリスクが高い。

 W杯、日本勝利の鍵は乾だ。スイス戦は常に2人以上が乾の前のスペースを消して彼の攻撃力を封じていた。

 ここを1人にしたい。


 日本が攻め入り、相手がスペースを消そうと中央を閉め、左サイドが手薄になったとき、乾の時間を期待する。彼のドリブルはリーガで通用している。ハリルを見返してほしい。

 率直に言って乾を控えに回してまで宇佐美を起用するメリットは感じられない。

 


 コロンビア戦。相手のプレッシングからショートカウンターしようとする意図を外す。センターフォワードには武藤がいい。素早いフォアチェックは嫌がられるはずだ。そのプレッシングと連動させるセカンドトップに岡崎。コロンビア戦はこの2人をお勧めする。ビルドアップを妨害し低く構えて守り切る。

 昨日の試合でパラグアイには勝ったが向こうはオフ夏休み直前で若手のテスト。前半9分で代表引退するGKをベンチに下げるのどかな試合。後半早々に運動量が落ちた。コンディションが悪く、あまり参考にならない。まあ、直前に勝って本番に突入するという意味では日本の目論見通り。

 もちろん、コロンビアはこんなものではない。


 日本にとって南米コロンビアは相性が悪い。ポゼッションはリスキー。守備的に行くべきだ。スコアレスドローを狙い、コロンビアが勝ちに来ようと前に出てきたらカウンターを狙う。コロンビアは勝ち点3を取りに来る。


 西野監督はセネガル戦も守備的に行くつもりでいる。セネガルに対してカウンターは難しいだろう。守備的に進めながらなるべくポゼッションして相手を走らせたい。

 もちろんポーランド戦のスタイルはそこまでの経過次第。

 スイスはプレッシングして来るチームだったが、ポーランドはそこに特長を持たない。デンマーク同様、日本にとって与しやすい相手だ。パス回しから正攻法で点を取りに行く。

 高さがあり、クロスを放り込んでくるかもしれない。植田を使うべきだ。



 ロシアの結果はどうあれ、水面下で次の代表監督候補としてパスサッカーを志向する指導者をリストアップしていると予想する。日本人の指導者はパスサッカー好きが多く、ロングボールを蹴れと叫ぶハリルに対する嫌悪感もJFA界隈では多かったはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロシアW杯直前読み切り ちょっとサッカーの話   幼卒DQN @zap

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ