第57話 義父の独白(1)

 ホテルに戻ってこれたのは、午前3時頃だった。深夜の高速道路の上りは空いていたが、飛ばしてきたつもりでも、やはり3時間以上かかってしまう。


 部屋に戻ると、全員が起きて待っていた。この部屋はバスルームが2つあるらしく、ランボーとロイホが先に入っていた。ダンゴムシとジバンシーは、既にシャワーを済ませていた。

 ダンゴムシは俺たちを見ると、大きな欠伸をして、自分の腕を枕にして横になった。

 澤村は、俺とミントに向かって言った。


「今のところ、すぐには動けない。しばらくの間、香川の警備会社、香川警備保障と財前恵美子の動向を調べることになった。とりあえず、今日のところは休もう」


 2人がシャワーから出ると、シュワちゃんは、ミントに先を譲った。俺は後でいい、と澤村が言うと、シュワちゃんとミントは別々のシャワールームに消えた。

 既に誰かの寝息が聞こえてきた。


 澤村が俺の前に、缶ビールを2つ持って座った。ちょっと付き合え、澤村は俺に1本差し出し、自分の缶ビールを開けると、柿の種の袋を開け皿に出した。俺も缶ビールを開け、一口飲んだ。

 それからしばらくの沈黙。柿の種を砕く音だけが続く。澤村が話し始めたのは、缶ビールの2本目を開けた時だった。


「お前とは、親子なんだよな」


 真面目バージョンの声なのか、初めて会った時の低い声だった。俺は、頷く。


「どこから、話せばいい?」


「じゃあ、最初からお願いします」


「産まれたとかの重さは3.121グラムで......」


 澤村は冗談を入れたが、自身もその先続ける気力はなく、自嘲気味に笑って話し始めた。


 澤村は神田の下町で育ち、父親はテキ屋のような仕事をしていた。澤村の父親は、世話焼きで気が短いという気質で、よく町の揉め事に首を突っ込んでいた。子供の頃から、困っている人がいたら助けろ、と育てられたらしい。町の人が金を騙し取られたといっては報復に出向き、怪我をして帰ってくることも多かった。

 澤村は小さな頃から父親の独学の格闘技などを教えられて育った。そして父親は、知り合いの露天商が縄張り争いで揉めて屋台を荒らされた報復のため、相手先の組に乗り込み、殴られて倒れたところ、打ち所が悪く亡くなったという。


 そんな父親のことを誇りに思うのと同じくらい愚かだとも思った。人助けをし、自分の家族のことを顧みない。自分や母親のことをなんだと思っているんだ、と嘆いた。

 物心ついた時から、人を助けることを教育されてきた澤村は、高校を卒業すると自然な流れで警察官になった。だが、今は緩和されているが、昔の警察は点数稼ぎや他管轄との軋轢、派閥争いなど、人助けには程遠く、嫌気がさしてしまった。捕まえても出所して、すぐに再犯。なにも解決しない、誰も助けられていない。澤村は警察を辞め、数少ない警察学校の同期の友人に相談し、人助けのためにと安易な考えで探偵事務所を立てた。その頃、交際していた女性がいた。交際相手に保険外交員と嘘をついて付き合っていた。その交際相手というのが、義母の和江だ。和江は、澤村の父親が亡くなった事件の露天商の娘だった。


 最初の頃は、くだらない依頼しか来ない。ペット探しに浮気調査、くだらないとは思っても、困っている人を助ける、報復するだけが人助けではない。小さい依頼を地道に引き受けた。地味だが、警察官の時より充実感があった。

 しばらく続けていると、ある依頼に遭遇する。娘が強姦された事件、その両親からの依頼で、心身喪失で無罪になった加害者が、本当に心身喪失だったか調べて欲しいという内容だった。刑事責任能力のない人は処罰の対象外とする、または刑罰を軽減する、つまり刑法第39条が適用された事件だった。


 調べてみると、この加害者は地元代議士の後援会長の息子で、2週間もしないうちに警察病院からは退院し、普通に生活していた。裏で根回ししていたことは明白だった。

 自分のことではないのに、許せなかった。その頃には澤村と和江は結婚していて、楓が3歳、樹が生まれたばかりだった。同じく娘を持つ父親として、この加害者にとてつもない憤りを感じたという。


(復讐しませんか?)


 調査報告をした後、依頼人である被害者の両親に、思わず言ってしまった。

 この事件は、無罪が確定してしまい、よほどの証拠が出ない限り再審は無理だろう、たとえ証拠が出て再審の結果、有罪と出ても、こういう輩は4〜6年くらいの刑で、出所してまた繰り返すかもしれない。

 法で裁けない、徹底的に制裁を加えなければならないのだ。人格を、殺さなければならない。

 その両親は、澤村の提案に同意したという。


 その対象者、つまり加害者は、対峙してみると想像以上に最低なやつだったらしい。事件の話をふると、精神異常なフリをし、殴り蹴倒すうちに、泣き叫んだり、あいつの方から誘ってきただの、うちの親父を知ってるのかだの、どうなるかわかってるのかだの、お決まりのパターン。失神した後も、自分を失い殴り続けて、相手が動かなくなった時、ようやく取り返しのつかないことをしたと気づいた。


 我に帰った澤村は、その生きてるか死んでるかわからない男を車に積み、どこかに埋めよう、と車を走らせた。車を運転している間、幻聴のようにパトカーのサイレンの音が聞こえていたらしい。

 人気の無い深夜、明かりがついている診療所が視界に入った。その診療所を見つけた時、後部座席の男が、小さい呻き声を漏らした。まだ、生きている。

 無我夢中でその診療所の扉を叩くと、ヨレヨレの汚れた白衣を着た図体のでかい男が、ウイスキー片手に出てきた。それが、「ドクター」だった。


 ドクターは、その男を担ぎ込み、酔っているのにあっという間に治療してしまった。


 ドクターは散らかった診療室で、澤村にウイスキーを勧めたが、彼は断った。あの男を助けてしまった。回復すれば、顔は覚えられているだろうし、もう後戻りできない。

 澤村は、自分を警察に突き出して欲しい、と懇願した。ドクターは、まず何があったのか説明しろ、と怒鳴った。澤村は懺悔のように全てをドクターに話した。


「それで、警察行って、務所行って、お前の家族はどうすんだ?」


 澤村は何も考えてなかった。自分の家族を置き去りにして、なにが人助けだ。自分の愚かさに初めて気づいた。まるで、やっていることは自分の父親と同じだ。


「それに、お前が自首したら、お前に依頼したことになるその家族もどうすんだ?そんなことしたら、その家族すら助けられてねえじゃねえか」


 自分のことを父親以下だと思ったそうだ。


 その頃、自分の手術が原因で妻を亡くしたドクターも、自暴自棄になっていた時期だった。人の命を救うために医者になったのに、自分の妻すら救えない。ドクターも、澤村を見てなにかしらのシンパシーを感じてしまったのかもしれない。


「あいつを徹底的に更生させろ。そうしないと、お前に依頼した家族も救えない」


 そうして、澤村とドクターの「殺し屋」が始まった。そして同じような境遇のダンゴムシ、ランボーと引き入れ、今に至っているという。


 それから後は義母から聞いた話と同じだ。俺の両親の依頼から、「殺し屋」の仕事がバレて、離婚に至った。自分の父親と同じように、自分の娘と息子に、独学の格闘技を教えていたことも、離婚理由の1つだったという。


 澤村は、自分の昔話を一気に話して疲れたのかソファで横になった。








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