第38話 古谷悟の件(3)スタローンとシュワルツェネッガー、拉致に行く
なんだろう。ハリウッドの二大スターに挟まれているのに、なぜなんだ、こんなに華やかではないのは。
俺たち3人は都心から少し離れたビジネスホテルに着いた。
ルームサービスに食らいつくランボーと、背筋を伸ばし姿勢良く紅茶に飲んでいるスキンヘッドの革ジャン男。俺も、ルームサービスで運ばれてきたサンドイッチを齧った。
先程から俺を悩ませているのは、この革ジャンの男を、「シュワちゃん」と呼んでいいのか、「シュワちゃんさん」と呼べばいいのか、「シュワさん」と呼ぶべきなのか迷わせていることだ。そんなくだらないことを考えてしまうほど、ここには緊張感がない。
「新人、奥さんに電話したのか?」
「まだです。一応、LINEで今日遅くなるかもって入れたんですけど」
「遅くなるんじゃねえ。帰れねえぞ」
もう一つ悩ませているのは今日帰れない理由だ。本当のことは話せないし、どんな理由をつけても、いつも真っ直ぐ帰る俺が、急な外泊は不自然過ぎる。絶対浮気を疑われる。それに1泊ですまないかもしれない。
「小宮康弘といいます。通称『シュワちゃん』です。よろしく」
スキンヘッドはサングラスをしているので、目が見えない。顔がこちらを向いているので多分俺に言ってるのだろう。今更の自己紹介。
「偵知の必要ねえな。ありゃあ、クロだ」
「これから、どうするか、だな」
シュワちゃんこと小宮康弘は、服装だけでなく、わざとそうしているのか、この棒読みのセリフのような喋り方が、ターミネーターみたいな感じを醸し出している。だが、スキンヘッドで細身の体は、ランボー同じく似ても似つかない。
「やるなら、1人ずつの方が楽だけどな。別々にやるとなってくると、1人目はいいが、後がやりにくくなる」
「じゃあ、3人まとめて、沈めるか」
「まずは息子だな。息子を拉致しよう」
ランボーの携帯が鳴った。
澤村からだったようだ。やはり事務所に警察官が来て、俺とランボーのことを聞いてきたらしい。澤村は、古谷という人間からは依頼は受けていないということで通したらしい。多分、信用されていないだろうが。
「こう言う場合は、早く片をつけないと。息子拉致るぞ」
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ランボーの指示で、息子財前泰司の拉致はシュワちゃんが行くことになった。事務所に俺たちのことを聞かれたというのは、多分あの夫婦が依頼したことは警察に知られているということだ。俺たち2人と言っていたが、夫婦にも名乗っていないので、名前まではわからないはずだ。だが、万全を期して顔の割れていないシュワちゃん1人で、拉致しに向かうことになった。
ただ顔が割れていないにしても、サングラスに上下レザーの時点で、かなり怪しい人にしか見えない。
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俺とランボーはホテルで待っていると、1時間くらいで、シュワちゃんから電話がかかってきた。
「早いな」
ランボーは一言だけ言って電話を切った。
「シュワ、下で待ってるみたいだ。急げ」
「あのー、じゃあ、チェックアウトした方がいいですか?」
そう聞くと、逆に怪しまれるからそのまま行くぞ、と言われた。
ホテルの正面玄関を出ると、黒いワンボックスが停まっていた。俺たちは後部座席に乗り込む。
三列目のシートは跳ね上げ式のシートで、荷物が積めるタイプだ。そこへ、猿轡をされ、両手両足を縛られた高校生が体を捩ってジタバタしていた。財前泰司だ。
「臭えな。こいつションベン漏らしてるぞ」
ランボーが言うと、
「俺の、車、汚した。拷問してやる」
シュワちゃんのその言葉を聞いて、財前泰司は唸り声をあげ、暴れ出した。
「うるせえ!静かにしねーと、ションベン出ねーように、チンボウ切るぞ!」
ランボーが怒鳴ると、財前泰司はジタバタするのをやめ、小さく唸り声を出して泣き出した。臭え、と言ってランボーは車の窓を開けた。
しばらく走ると、まだそんなに東京から離れていないはずだが、窓の外が急に田舎くさい風景になってきた。周りが畑だらけで、民家が数える程しかない。
「ここ、どこですか?」
恐る恐るスキンヘッドのシュワちゃんに聞いてみた。「は?」と答え、ランボーは俺が聞いた理由がわかったらしく、彼が勝手に答えた。
「お前、出身どこよ」
「静岡ですけど」
「お前、東京っつったら、全部都会だと思ったんだろ。ここも東京だよ」
ブロック塀に囲まれた廃棄場に車は停まる。プレスされた鉄の塊が、まるで城壁のようにそびえ立つ。埃と錆の臭いが漂う。
大きなクレーンのフックが揺れていた。
「降りろ!」
ランボーは財前泰司の胸倉を掴んで、車から転がり落とした。後ろから財前泰司の両脇を抱えシュワちゃんに、そっち持て、と顎で財前泰司の足元を示した。シュワちゃんは、小便で濡れたスニーカーを見て、嫌だ、と言って先に工場の中へ向かった。
続いて俺が指名されると思ったが、
「お前は、車ん中から、カメラ持ってこい!リアシートの上にあるから!」
と怒鳴られ、ランボーは1人で暴れる財前泰司を引きずっていった。
俺は車からハンディカムを持ってきた。また、撮影係だ。電源を入れると、またモニターに「通信」という文字か浮き出る。
ここで『執行』が始まるのだと、覚悟を決めた。
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