第34話 お金の使い道(3)

 園長は小さく咳払いをして話し始めた。


「私たち養護施設は、国から資金を賄い運営しております。寄付の場合、報告の義務があります。素性のわからない方からは、いただくことができないケースが多いのです」


 思い切り怪しまれている。それはそうだ、金を寄越せという人間は悪い人間だが、金をくれるという人間は怪しい人間だ。


「裕福な著名人の方が、節税のために寄付することも少なくありません。ですが、たいがいそういう方は、もっと知名度のある大きな施設に寄付なされます。悲しいかな、好感度を上げるためになさる方も多いようです。

 私どものような小さな施設では、なにか世に出せないお金などを寄付してくる方もいます。自分で持っているには心苦しいお金、つまり悪いお金など、寄付という形で浄化させたい、それで自らも救われたいと思うのでしょうか」


 まずい、完全に疑われている。不審者が不審な大金を持って来れば不審でしかない。もしかしたら他の職員が警察に通報し、警察が来るまでの時間稼ぎのお喋りなのか。

 きっと金曜日、見られていたに違いない。殺している現場を目撃されたのか。それとも、あのUターンした時に顔を目撃され、砂浜で死体があり、俺が犯人だと判断したのか。

 でも待てよ、そう言えば、あの死体ってどうなったんだ?人を殺した現場にいたというのに、あまりの衝撃で逆にリアリティーがなく、あの後どうなったかを気にしていなかった。あの後、毎朝ニュースを見ていたが、そんな事件は出ていなかった気がする。俺が見落としていただけかもしれない。


 メガネの職員が、お茶を持って現れた。


「失礼します。どうぞ」


 園長は上品な笑みを漏らした。


「ごめんなさい。なにか説教じみた話になってしまいましたね。貴方がそういう人だと決めつけてるわけじゃないんですよ」


 メガネの職員が持ってきた湯呑みは、3つともいびつな形をしていた。


 子供たちが作ったものです、とメガネの職員が言った。


「陶芸工房で働いている施設出身者がいます。彼がボランティアで子供たちに教えに来てくれたんです。普通の家庭で育てば、当たり前のようにスマホやテレビゲーム、いろんな玩具で遊んでいると思います。ここの子供たちにはそういうものは満足に与えてあげるだけの余裕はありません。でも、ここの子たちは湯呑みを作るだけでも本当に楽しそうでした」


 園長は目を瞑り、微笑みを携えながら頷いて聞いている。


「わたしもここの出身者です。ここには現在、24人の保護児童がいます。国からの援助もありますが、その子たちを育てるためにはそれだけでは到底資金が足りません。

 だからここの出身者たちが、園長に恩返しがしたくて社会に出て働いたお金で支援しています。園長はなかなか受け取ってくれないんですけどね。多分今までのお金を使ってないんだと思います。一生懸命働いたお金なんだから自分のために使いなさいって」


 俺はバックからあの100万を出し、テーブルの上に置いた。


「だったら、これを使ってください。僕にも子供がいます。ゲームも玩具も買ってあげてるし、普通に育てられてると思います。だからこの子供たちに何かしてあげたいというと偽善かもしれません。その、なんて言ったらわからないですが。これは僕が一生懸命働いたお金ではありません。あまり良いお金ではないのは認めます。たまたま居合わせてしまったというか。僕は自分の意思が弱く、気がついたら悪いことに手を貸していたというか。だから、このお金が何かに役に立てば、っていうと狡いですかね。すみません、意味わかんないですよね」


 つい懺悔の言葉が出てしまった。園長が修道服を着ているせいか、誰にも言えなかったことが、溢れた。


 園長とメガネの職員は顔を見合わせた。やっぱり昨日と同じですね、メガネの職員が小声で言い、園長はそれに頷いた。


「不思議なんです」


「不思議、ですか?」


「なぜ、うちみたいな小さな施設に、寄付しにする人が続くのかなあと、思って。昨夜も貴方と同じような方たちが来ました」


「同じような方たち?」


「ご夫婦でしょうか、カップルでしょうか、お2人で」


「そのカップルが寄付しにきたんですか?」


「具体的に金額は言えませんが、たくさん置いていかれました。その方たちも、貴方と同じようなことを言ってました。泡銭だから使ってくれ、って。自分たちはあまりいい生き方をしてないから、役に立ちたい、って言ってました。もしかしたら関係者の方かなあと思いまして」


 あ、ここへ来た男女(?)というのに心当たりがあるかと言えば、ないとは言えない。


「男の人って、おでこ怪我してました?」


「あぁ、やっぱりお知り合い?おでこに大きな絆創膏つけてましたよ」


 ダンゴムシとフジコだ。

 俺は、彼らが人を殺したということを忘れて、彼らのことを称賛したいというか、敬服したというか、むしろ自分が彼らと一緒にいたことを誇りに思う気持ちまで湧いてきた。
















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